空の一閃、信頼の名乗り
受付嬢は、わずかに顔をしかめると、苦渋をにじませながら命じた。
「……全員、銃を下ろしなさい」
「しかし! 隊長、それでは――!」
「命令だ。私たちには今、迎え撃てる装備がない。……頼るしかあるまい」
そこで初めて、部下たちが彼女を「隊長」と呼んだ。クロもまた、静かにその事実を受け取るように視線を向ける。
受付嬢――いや、隊長としてその場に立つ彼女は、クロを正面から見据えた。
「……出来るんだな」
問いかけに、クロはわずかに頷く。
「ええ。一瞬で、片づけます」
淡々としたその言葉には、虚勢も誇張もない。
その言葉には、誇りも虚勢もなかった。ただ事実だけが、静かに置かれていた。
クロは隊長の横をすり抜け、扉の先――空の見える外へと歩みを進める。
「ヨルハ。上の“ゴミ”を塵にしてきなさい」
その命が響いた瞬間、透明化を解いたヨルハが姿を現す。主の命を受けた彼女は、小さく頷くと地を蹴って駆け出した。金色の双眸は、すでに上空に浮かぶ赤い閃光――摩擦熱を帯びた戦艦を捉えている。
「あれはどこから!? ステルスシステムの検出なんて……なかったはず……!」
隊長がクロの背を追って外に出る。その視線は、すでに空を翔けるヨルハを見上げていた。
「見ていてください。一瞬で終わります」
クロの声は静かだった。そのまま、空に向けて真っすぐに顔を上げる。
ヨルハは指示を受けた瞬間から、迷いなく標的へと向かっていた。空に浮かぶ戦艦は、赤い尾を引いて降下中。摩擦熱に包まれながら、未だ進行を止めようとしない。
「クロ様の命により、“ゴミ”を始末します」
淡々と告げる声とともに、ヨルハの口もとに漆黒の球体が生まれる。以前よりも小さくなっていたそれは、彼女の学習と成長の証でもあった。
「……質を上げれば、大きさは不要」
凝縮された存在消滅の球は、ヨルハのひと言と共に解き放たれる。
「フレア」
その瞬間、空に浮かぶ赤い戦艦は避ける間もなく直撃を受けた。漆黒が一気に広がり、艦体を呑みこむ。構造も装甲も意味をなさず、内部構造ごと塵へと変わる。残ったのは微細な粒子――それすらも、高熱によって燃え尽き、跡形もなく消え去った。
地上で見上げていたクロと隊長は、上空の戦艦がヨルハの一撃によって――本当に一瞬で――完全に消滅したことを確認する。
「……終わりましたね」
クロは肩の力を抜くでもなく、まるで天気でも伝えるように、いつも通りの調子で呟いた。その横で、隊長は言葉を失っていた。
衝撃という言葉では足りない。見上げる空には、もはや何も残っていない。ただ風が流れているだけだった。
(一撃……爆発ではなく、跡形もなく消滅……あれは、兵器ですらない。この少女とあの“ロボット”は……いったい、なんなんだ……)
思考がまとまらないまま、隊長はただ唖然と立ち尽くしていた。目の前にいる少女が、ほんの数分前まで銃口を向けられていた存在だとは、もはや思えなかった。
「……これで、敵ではないと納得していただけましたか?」
クロの問いかけに、隊長は一瞬、我を忘れていた。だがすぐに顔を引き締め、状況を飲み込むように応じる。
「ああ――お前たちは大丈夫だ。脅威は去った。全員、大丈夫だ。皆に伝えろ」
その言葉と共に、周囲に緊張の解ける気配が広がった。軍人たちは通信に戻り、警戒態勢を解くようにゆっくりと息を吐く。その一つ一つが、ようやく訪れた安堵の証だった。
「ところで、隊長さん。……お名前を伺っても?」
クロが少しだけ肩を傾けて問うと、隊長はわずかに息を詰めたのち、穏やかに名乗った。
「……私はノーブル。さっきは、すまなかった。クロ」
そう言いながら、ノーブルはまっすぐに手を差し出す。クロはためらうことなく、その手を取った。
――その手が、思った以上に小さく、そして温かかったことに、ノーブルは気づいていた。数分前まで銃を向けていた相手が、今や最も信頼すべき存在となっている。その事実に、内心で小さく息を呑む。
――と、その瞬間。
空から黒い影が静かに降りてくる。ヨルハが、クロのすぐ頭上に降下し、忠実に主の上空へと位置を取る。
その異形とも言える姿に、ノーブルと軍人たちは思わず息を飲んだ。威圧と美しさを併せ持つその存在は、もはや“ロボット”という言葉では表現しきれない神秘をまとっていた。
「ヨルハ、ちょっと近いです。もう少し上にいてください」
クロの何気ない一言に、ヨルハはしゅんとした様子でわずかに高度を上げる。ほんの少し、名残惜しげに振り返りながら――。