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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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来訪者の影

「――答えは?」


 静かに放たれたクロの問いに、受付嬢は一拍だけ間を置いて、ふっと口元を歪めた。


「お答えできません。拘束させていただきます」


 その言葉と同時に、軍人たちが一斉に銃口を構え直す。だが――


「……お断りします」


 その言葉が放たれた瞬間、空気が裂けた。


 クロの身体が地を蹴ると同時に、空気が一変した。


 一瞬。ただの一瞬の間に、受付嬢が銃を構えていた腕は掴まれ、視界が急激に歪む。


「っ――!」


 彼女が声を上げる間もなく、クロの膝が腹部に正確に撃ち込まれた。柔らかい肉の奥まで衝撃が届く、ごふっと息を詰まらせビームガンとクロの端末が落ちたその瞬間――


 クロは彼女の腕を固定したまま、静かに後方へと跳躍。体勢を崩すことなく、腕を捻り上げて受付嬢を人質のように引き寄せる。そして、空中に開いた小さな亀裂からリボルバーを抜き取ると、その銃口を彼女のこめかみに、そっと添えた。


「申し訳ありません。手荒な真似は、できればしたくなかったんです。目的はただ一つ――注文していた“花”を受け取りに来ただけでして」


 クロの声は静かで、どこまでも淡々としていた。だが、その余裕の裏には“容赦のなさ”が明確に潜んでいる。


 苦痛に顔を歪めながらも、受付嬢はなおも歯を食いしばり、唸るように言葉を絞り出した。


「ぐっ……信じられません……どうやって……封鎖されていた道を抜けて来たの……!」


 受付嬢の言葉には、動揺と警戒が滲んでいた。だがその瞳には怯えはない。屈辱でもなく、敵意でもなく、ただ“任務を全うする者”としての静かな意志だけが宿っている。


 クロはその目を横目に見つめ、わずかに頷いた。


「……なるほど。そう思うのも当然です。あなたは、間違っていません。こちらこそ、突然の訪問と不躾な行動、謝罪します」


 言葉は穏やかだったが、銃口の角度は変わらない。その態度は、対話と警戒の絶妙な均衡を保っていた。その時、クロの端末に一つの反応が表示された。


「ですので――今から、ひとつ提案させていただきたい」


 クロは声の調子を変えず、静かに言葉を継ぐ。


「現在、“敵勢力”がこの施設へ向けて接近中です。大気圏を突破し、降下を開始していますね?」


「……敵?」


 受付嬢が目を細め、警戒をあらわにしながら低く問い返す。


 クロは首を傾けるようにして、地面に転がる自分の端末を顎で示す。


「そこに落ちている私の端末――反応、検出しているでしょう。頭上付近、高速で降下してくる熱源。……そちらでも、確認できますよね?」


 受付嬢が一瞬、手元のデータリンクを確認する仕草を見せた。


「……確認しました」


「では、お聞きします。その機影は、あなたたちの所属ですか?」


 数秒の沈黙。そして――受付嬢は短く首を振った。


「違います。こちらの識別コードには一致しません」


「ちなみに、私のものでもありません」


 クロは一歩引いて肩をすくめる。


「――そうなると、答えは一つです」


 空気が、張り詰めた糸のように震えた。受付嬢の表情が、硬く引き締まる。


「……敵、ということですね」


 苦しげに呟く受付嬢に、クロは静かに頷いた。


「ええ。目的は、クリスタルドラゴンか、偽情報として流されたバハムートでしょう。ただ、私の端末にはハンター情報が入ってます」


 言いながら、クロはリボルバーを下ろし、ゆっくりと別空間に仕舞う。受付嬢の拘束を解き落ちている自分の端末に歩みを進めるが、他の軍人たちの銃口が一斉に彼女に向けられていた。それでもクロは淡々と端末を手に取り、操作を始める。


「戦艦クラスですね。確認した所この付近で活動中のハンターはいません。……さて、どうやってこの惑星の警戒網を突破したんでしょうか」


 その声には、明らかな探りが混じっていた。――まるで“内側”に協力者がいるのでは、と告げるように。


「何であれ、彼らは既にこの空域を侵犯しています。そして、まもなく到達するでしょう」


 静かな口調のまま、クロの眼差しだけが鋭さを増していた。視線は、すでに戦場を見据えていた。


「我々近衛に裏切り者がいるとでも!」


 苛立ちを込めた怒声が、緊迫した空気を鋭く裂いた。だがその直後、短く鋭い声が飛ぶ。


「バカ者!」


 クロの背後から受付嬢が叱責する。しかし、その一言には、明確な意図があった。


 言ってはならないことを口にした――そんな空気が場を支配する。誰もが一瞬、口をつぐんだ。


 クロはそれをよく理解した上で、淡々と続ける。


「さて、時間がありません。あなた方に、戦艦クラスと交戦できる装備がありますか?」


 それは、確認ではなく通告。選択肢など、最初から存在しない。迫る現実が、答えを一つに絞らせていた。

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