偽情報の帳、結晶龍の真実
クロはクリスタルドラゴンの双眸を見つめた。その瞳――透き通る虹彩の奥に、確かな“意思”が宿っているのを感じ取る。
(――反応はある。だが……攻撃の意志はない)
クロはゆっくりと前に出た。すると、クリスタルドラゴンの身体が微かに動く。それに伴い、表面の結晶層が色を変化させ、淡くきらめく。だが、それ以上の動きはない。咆哮も威圧も、攻撃の予兆すらなかった。
(……なるほど)
クロは足を止めると、しばしのあいだ視線を交わしたまま、静かに踵を返す。その背を向けて歩き出しても、クリスタルドラゴンはただ黙って見送るのみだった。
攻撃の意思がない――それは確信に近い。
クロは屋根縁から飛び降り、地上の入口から施設内へと足を踏み入れる。中は驚くほど整然としていた。無人かと思われた空間に、受付カウンターが据えられている。その奥には、制服姿の女性――受付嬢がにこやかに立っていた。
「いらっしゃいませ。クォンタムクリスタル社へようこそ。アポイントメントはお取りでしょうか?」
クロは足を止め、そのまま女性をじっと見据えた。
「アポイントはありません。それより、あれが真上にある状況で、よく平然と営業できますね」
その言葉に――受付嬢の表情が、音もなく変わる。目が細められ、手元のパネルに指が走った次の瞬間。数秒の静寂を破って、背後の通路から数名の軍服姿が姿を現す。全員が重装備の武装兵。無言のまま、クロを囲むように四方に展開し、銃口を突きつけた。
受付嬢もまた、袖の下から小型のビームガンを取り出し、クロへとその銃口を向ける。
「大変失礼いたしますが――これより、身元の確認をさせていただきます」
口調こそ丁寧だが、空気は明らかに緊迫していた。クロの周囲を囲む武装兵たちの構えは、迷いのない実戦仕様。銃口は一斉にクロへと向けられ、少しの動きも見逃さないよう視線が張り詰めていた。
受付嬢は視線を逸らすことなく、淡々と告げる。
「これより、腰の端末を拝借いたします」
そう言いながら、彼女は自らの手で腰のホルスターから端末を引き抜くと、そのまま銃口を一寸たりとも逸らさぬまま、クロの目前へと差し出した。
「ロックを解除してください」
クロは無言のまま頷くと、自身の端末に軽く触れて認証を解除する。画面が明るくなり、すぐに受付嬢の端末が自動接続され、情報が転送されていく。
数秒の読み込みの後、受付嬢の目がわずかに動いた。
「――ハンター、クロ。階級・認証番号、登録済み……本物ですね」
僅かに声の調子が緩むが、依然として銃は降ろされない。
「ここに来た目的を教えてください」
クロは表情を変えず、平坦な声で答えた。
「街のクォンタム・クリスタル・クォーツ専門店に注文していた花が届かず、確認に来ました。店員から、この施設が“バハムートに占拠された”と聞き、事実かどうかを確認するためです」
その言葉に、受付嬢の眉がぴくりと動く。
だが返答はなく、沈黙が落ちた。まるで次の判断を――この施設にとっての“正解”を、探るかのように。
誰もが言葉を選んでいる。下手に動けば、何かが決定的に崩れてしまう――そんな“探る”空気だった。
その空白の中で、クロは静かに口を開く。
「……申し訳ありません。こちらから、ひとつ推測を述べてもよろしいでしょうか?」
受付嬢は一瞬だけ目を細めたが、すぐに抑えた声で返した。
「……どうぞ」
「まず、あのクリスタルドラゴンですが――あれは、花ですね。街で見た“クォンタム・クリスタル・クォーツ”と同じ構造に見えました」
周囲の兵士たちがわずかに動く。動揺か、あるいは緊張か。クロは続ける。
「そして、これだけの武装。それに“クォンタム”という社名。察するに、この会社は帝国、もしくは領主の直轄。一般企業を装っていても、実質的には国の管理下にある施設でしょう」
言葉に裏打ちされた冷静な分析。誰も否定しない。というより、否定できなかった。
「……おそらくですが、“偶然”だったのでは? クォーツを成長させる過程で、ある種の結晶変異が起きた。通常の花ではなく、あの“ドラゴン”が生まれてしまった。それを破壊せず保護したい目的があって――」
クロの視線が受付嬢に向く。その目には、揺るぎない確信が宿っていた。
「……“危険な存在=バハムートが巣くっている”という偽の情報を流すことで、外部の干渉を防ぎ、“保護”していた。違いますか?」
受付嬢は答えなかった。