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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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結晶の巨影、静かなる邂逅

 クレアと別れたクロは、ゴーグルに表示されるルート情報を確認しながら、自転車のペダルを静かに踏み込んだ。


 風を切って街を抜ける。最初こそ人の気配が多く、道路にも交通が流れていたが、ある交差点を境に、様子が一変する。


 立入禁止のバリケード。警告を繰り返すホログラムの標識。路肩には無人の警備ドローンが並び、薄く警告音を鳴らしていた。


 クロはソラを止め、バリケードに近づくと、表示されていた警告文に目を通す。


「区域封鎖中……立ち入りには、軍または関係機関の認証が必要……?」


 小さく眉を寄せたクロは、警告を無視するように端末を操作し、制限区域の先へと視線を向けた。


「なるほど……“バハムートが出た”というのは嘘ですが、何かが起こってるのは間違いではないみたいですね」


 声に感情はなかったが、その奥にある警戒心は強く、鋭かった。


 クロはふたたびソラに跨がり、ゴーグルを操作して簡易ルートの再計算を行う。


 封鎖区域の外縁を迂回するルートが即座に表示されると、それを辿るように走り始めた。通る道には人の姿がほとんどなく、空気までもが張り詰めていた。


 都市の喧騒が次第に遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは、タイヤが地面を擦る音と、わずかな風のうなりだけ。道沿いの建物も減り、広がるのは緩やかに傾いた地形と、無人の工業施設のような灰色の構造物ばかりだった。


 しばらく進むと、前方に小さな影が現れる。


 黒い毛並みが風にそよぎ、待っていたかのように足元へと歩み寄ってくる。


「……早かったですね」


 クロが声をかけると、小さな狼の姿をしたクレアが、きちんと姿勢を正して答える。


「クロ様。お待たせしました」


 律儀な声音に、クロは小さく微笑む。ソラから静かに降り、周囲に人影がないことを確認すると、自転車を別空間へとしまい、車体が空間に溶けるように消えた。


「本体は、どのあたりですか?」


 クロが問いかけると、クレアは自慢げにぴんと背を伸ばし、真上を見上げた。視線の先には雲の流れる高空――だがその背後に、彼女の言葉が続く。


「空間跳躍の要領で……今、この真上にいます」


「……それはまた、ずいぶん大胆な発想ですね」


 クロは感心したように頷き、軽く視線を宙に泳がせる。そして一歩、地を蹴って言った。


「ちょうどいいタイミングです。――乗せてください」


「はいっ!」


 クレアが軽やかに跳び上がる。その動きに続いて、クロも跳躍――した、瞬間だった。


「……っ」


 ごつん、という硬質な音が周りに響く。視界が一瞬で白く跳ね、頭の中にじんわりと鈍い衝撃が広がる。クロの額は、見事な角度で“何か”に激突していた。次の瞬間、体勢を崩した彼女の身体が、放物線を描くように地へと落下――どさり、と音を立てて地面に大の字に倒れ込む。


「…………」


 空が、まぶしいほどに晴れわたっていた。その空のすぐ下、透明化していたヨルハの体に、正面から激突していたのだ。そのころ、上空を確認していたクレアが異変に気づく。


「……クロ様っ!?」


 小さく叫ぶと、すぐさま舞い戻り、大地に横たわる主の元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか!? 今の音、まさか頭を……っ」


 覗き込むクレアの声には、本気の焦りと心配が滲んでいた。その視線の先――クロはゆっくりと上体を起こし、額を押さえながら、どこか遠い目で空を見ていた。


「……ええ。大丈夫です。ただ……少し、想定よりも近くにいたようで」


 淡々とした口調だが、その言葉の端に微かな照れがにじむ。


「透明化の罠ですね。……痛みで学びました」


 ぽつりと呟いた言葉に、クレアは一瞬きょとんとした後、思わず吹き出す。


「……クロ様でも、そんなことあるんですね」


 笑いを堪えきれない様子で、前足で口元を押さえるクレア。クロは苦笑いのまま眉をひそめ、視線を戻す。


「今度は、ちゃんとクレアのあとをトレースします」


 クロは再び空を見上げ、今度は慎重に助走をとった。クレアが跳び、クロがその軌道をなぞるように再跳躍。ふたりの姿は音もなく、透明化されたヨルハの背に吸い込まれるように着地した。クロが身を低く沈め透明化する中、クレアは擬似コックピットに入り、意識をそっとヨルハへと重ねる。


「目の前に見える山岳地帯が目標です」


「了解しました。すぐに向かいます」


 ヨルハの声が響くと同時に、静かに姿勢を傾け、風を巻いて加速する。空気を裂くように一気に走り、そのまま高空から山岳地帯へと進路を取った。


 クロはヨルハの背に身を低く沈めながら、眼前の地形を冷静に見極めていた。切り立った尾根、蛇行する山道、その先に点のように見える構造物。


「やはり……厳重な封鎖がされている」


 クロはゴーグル越しに映し出される警戒線と警備ドローンの配置を見やりながら、眉をわずかにひそめる。広域にわたる遮断バリケード、その周囲を巡回する兵士たち――交通どころか、人の影すら見当たらない。


 制圧されたように静まり返った山道。その先、封鎖線の向こうに目的地である加工輸送施設が姿を見せていた。


 眼下に広がるのは、ひと気のない無人の建築群。その中央――加工施設の天井を突き破るように、異様な存在が鎮座していた。


 透き通るような外殻。陽光を浴びて七色の輝きを放つその姿は、幻想から抜け出してきたかのように非現実的で――それでいて、あまりにも“実在感”に満ちていた。


 四肢は硬質な刃のように鋭く、翼は繊細な結晶の羽ばたきを思わせる構造で、長い尾が空気を切るように緩やかに揺れている。


「……クリスタルの……ドラゴン?」


 クロの声に、わずかな警戒と困惑が滲む。装飾には見えなかった。演出や造形の域を越えた、圧倒的な“質量感”と“存在”がそこにあった。ただ光を反射しているのではない。その身体の奥には、わずかでも意志――“思考”に近い何かが息づいている。そんな錯覚すら抱かせた。


 模造か、それとも――


 クロの視線が、鋭さを増す。ヨルハの背に乗ったまま、風を切りながらゆるやかに高度を落としつつ、その目は一瞬たりともクリスタルの巨影から逸れることはなかった。


「ヨルハは、ここで待機。私の合図があるまで動かないように」


 短くそう告げて、クロはふわりと身を翻す。次の瞬間、空中から静かに飛び降り――そのまま、結晶竜の目前、施設の屋根の縁に着地した。


 着地の瞬間、静かに“透明化”を解除する。風が髪を撫で、陽の粒が肩に降る。姿を現したクロは、真正面からクリスタルのドラゴンと向き合った。


 そして――その双眸が、ゆっくりと動いた。


 虹色。曇りのない輝きが、クロの瞳を真っ直ぐに捉える。機械ではありえない、“感情”とも呼べる揺らぎが、その目の奥に確かにあった。

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