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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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帝国の正体と量子エンジンの力

 帝国領の辺境に浮かぶ小さな惑星を目指し、バハムートは漆黒の巨体を静かに透明化させながら、一気に加速した。その速度は音をも光をも凌駕し、常識的な距離感や航行ルートなど、彼にとっては意味をなさない。


 途中、星屑を帯びた隕石群が広がっていた。さらにその先には、まるで蝶の羽根を思わせる光彩を纏った、全長数十メートル級の昆虫型生命体の群れが漂っている。だが、バハムートは軌道を変えることなく、直進した。進路上のすべて――硬質の岩塊も、鋼のような羽根を持つ異形の生物も――ただ無言で粉砕され、塵と消える。


 右肩には、いつも通りヨルハが収まっていた。だがその瞳には、驚きと、ほんの少しの呆れが混ざっていた。この世界の景色が高速で後方へ流れ去っていくなか、ただ一つとして進路を妨げるものは存在しない。何もかもを「意に介さない」という姿勢そのものが、彼の在り方だった。


「……それにしても、あのグレゴがジンの誕生日にプレゼントとはな。見た目に似合わず、マメなんだな」


 バハムートの声が低く響いた。どこか笑みを含みながら、意外性を面白がっているような調子だった。


「バハムート様。マメ……とは、野菜のことですか? まさか、グレゴさんは野菜人だったんですか?」


 ヨルハは風景の移ろいに目を輝かせながらも、真剣な顔で問いかけてくる。


 その言葉に、バハムートは吹き出すように笑った。


「野菜人か……怒ると金髪になりそうだな」


 からかうように言うと、ヨルハはわずかに首をかしげた。意味が通じていないらしい。


「すまん、冗談だ。“マメ”ってのはな、見た目に反して勤勉で、よく気が利いて、誠実で、こまめに行動する人のことを言う。それに――愛する奥さんにちゃんと贈り物をするような人間を、そう呼ぶんだ」


 説明を終えたバハムートの声には、微かな尊敬の色が滲んでいた。


「なるほど。野菜人は、マメな人間なんですね」


「……野菜人じゃなくて、“マメな人”な」


 どこかあきれたように、それでも優しく訂正しながら、バハムートは進路を維持する。冗談まじりの会話は、宙を渡るこの旅に穏やかな余韻を添えていた。


「バハムート様、ひとつ聞いてもいいですか?」


「ん? なんだ」


「“帝国”って、何です?」


 素直すぎる問いに、バハムートはしばし沈黙する。そして、意識の一部をクロへと戻し、端末を操作し検索を開始した。


「えーっとな……説明文によると、“皇帝が支配する国家”、あるいは“広大な領土や複数の民族を支配する国家”のことらしい」


 平坦に読み上げる声に、ヨルハは静かに頷く。


「なるほど……ここは、何という帝国なんですか?」


 ヨルハが素朴な疑問を口にすると、バハムートは即座に答える。


「えっとな、ゲイツ=クァントス帝国だ。ゲイツ一族が皇帝として、この国家を統治している」


 そのまま淡々とした調子で、バハムートは端末に映る情報を読み上げるように続けた。


「その一族が開発した“量子エンジン”ってのがあってな――当時の推進技術の数倍の性能を持ってたらしい。もともとは辺境の小国だったが、それを足がかりに一気に領土を拡大していった」


 語り口こそ冷静だが、その裏にある現実――「技術がすべてを変える」という事実が、言葉の節々に滲んでいた。


「星間戦争でも、他国を圧倒して次々と勝ちを重ねた。今でこそ量子エンジンは普及しているが、現在主流なのは――アヤコやシゲルも言っていた“微量子エンジン”、MQEだ」


「それって……量子エンジンよりすごいんですか?」


 ヨルハが首をかしげる。素直な問いに、バハムートはうなずいて応じた。


「すごいなんてもんじゃない。消費は少ないのに出力は上がって、しかも安定してる。技術的にも完全に次の世代の推進機構だ。今じゃ、まともな航行艦ならほとんどがMQE搭載だな」


「なるほど……そんなすごいものを、帝国が作っちゃったわけですね」


 ヨルハの感嘆に、バハムートは端末をちらと見ながら肯定する。


「そういうことだ。しかも、それを真っ先に実用化して、軍に組み込んだ。だから、他国じゃもう追いつけない。帝国が一歩――いや、二歩も先を行ってるってのは、そういう意味だ」


 淡々としたその語りに、抑えきれない現実の重さが滲む。


「とくにこの前、俺たちが手に入れた輸送艦――あれを製造している“クォンタム社”は、皇帝直轄の国営企業だ。つまり……国家の中枢そのもの、というわけだな」


「なるほど。恐ろしい国ですね」


 ヨルハは真剣な顔で頷き、小さく息をのむ。


「今は星間条約が結ばれて、かつてのような侵略戦争は減ってきている。だが……フロティアン国のような小国が相手なら、本気を出されれば一瞬で終わるだろうな」


 そう言って、バハムートは静かに情報を映した端末を閉じ、一部を預けていた意識を本体へと戻した。


 その隣で、ヨルハがふと思いついたように問いかける。


「バハムート様と、帝国……どっちが強いんでしょう?」


 一拍の沈黙のあと――


「比べるのもおこがましいが……俺だな」


 自信と揺るぎのない事実を込めて、バハムートはあっさりと答えた。


 その言葉に、ヨルハの金色の瞳がぱっと輝く。


 そうしているうちに、彼らの前方――虚空に浮かぶ、目的の惑星が静かに姿を現し始めていた。

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