灰燼と再起、そして誤解の迎撃
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白い世界の一角で、紙のような人型が、音もなく白い炎に包まれていた。
瞬間、閃光と共にそれは燃え尽き、灰となって空間に舞う。
その様子を目の当たりにしたのは、緑色の髪を持つ青年だった。目を見開き、顔を引きつらせながら、愕然と立ち尽くしている。
「……嘘だろ。あの式神、死にやがった……?」
彼の前には、人型の紙が何枚も整然と並べられている。その中で、最も強力なひとつ――特別な神力を宿す一枚が、今まさに灰と化したのだ。
言葉にならない衝撃を胸に、青年は膝をつき、その灰をそっと拾い上げた。
目を閉じ、集中する。何が起きたのか、何に破壊されたのかを探ろうとする。しかし――。
「……クソッ! 根幹から破壊されてやがる。痕跡が読めねぇ……。わずかに、破壊の神の残滓が残ってるだけか」
握り込んだ拳が震える。
次の瞬間、彼は怒りに任せ、その灰を床に叩きつけた。飛び散る粒子が、無惨に光を吸い込んで消えていく。
その眼には怒気が宿っていた。維持の派閥の一員でありながら、自ら裏切りの道を選び、転生者を操るための手段として式神を生み出した。
そのために使ったのは――ユグドラシルの若木。その神聖な存在を器に変え、この世界に適応する姿へと加工し、式神に与えていた。
「あのガキの願いを叶えて、世界最高級の機体を与えてやったのに。なのに……破壊の派閥の奴に、あっさり殺されたってのか!」
吐き出された言葉に、悔しさと苛立ちが滲む。
その眼には怒気が宿っていた。だがそれ以上に――。
「破壊の奴らめ……! 俺の式神をよくもッ! 誰のために、ここまで準備してやったと思ってやがる!」
激情に駆られ、怒声が空間に迸る。気配が渦を巻き、周囲の空気が一瞬、重く濁ったように感じられた。
だが――次の瞬間、青年の瞳に理性の色が戻る。
「……いや。もし逆だったとしたら……」
呻くように、低く呟く。
「俺の存在が、“あちら側”にとって邪魔だったとしたら――俺の方こそ、排除される対象だったということになる」
冷えた思考が、怒りの熱を鎮めていく。
その目に浮かんでいたのは――焦燥。そして、かすかな恐怖だった。
「……落ち着け、俺」
自らに言い聞かせるように低く呟き、青年は大きく息を吐く。
「まずは静観だ。焦っても仕方がない……情報を集める」
怒りを押し殺しながら、思考を巡らせる。
「――俺が“上”に行くための踏み台。どちらを選ぶべきか……今こそ、それを見極めるだけだ」
声にならぬ呟きとともに、その姿は空気に溶けるように消えていく。
だが――。
その一部始終を、静かに見つめる存在があった。
何も語らず、ただその背を――女神は見つめていた。
内部世界の構造が崩れ落ち、ストームシュトルムの深奥に広がっていた異質な領域は、音もなく霧散していく。同時に、クロの意識は本体である分身体へと回帰し――その瞼が、ゆっくりと開かれた。
「……いるんだな、あんな小物感丸出しのテンプレボスって」
呟きながら、彼女はコックピットの中を見渡す。もう脳内に無遠慮な干渉はない。あの、底知れぬ声の響きも――完全に、消えていた。
クロはレバーを操作し軽く右腕を持ち上げてみる。かつてバハムートに切られた部位は、何事もなかったかのように元の動きを取り戻している。
「切れてた右腕も問題なし。全身も……特に異常なし」
静かに確認しながら、ストームシュトルムの灯を落とす。そして、ワイルズシリーズのフードとマスクを取り外し、宇宙服の機能を解除する。
ゆっくりとコックピットから身を起こし、外へ降り立ったクロは、一度だけ後ろを振り返った。
「……まったく。変態が巣くってたとはな。ノアも狂うわけだ」
皮肉めいた笑みを浮かべる。その声には疲労も怒りもなく、ただ冷静な諦観と静かな怒気だけが混じっていた。
そして――見た目に変化はないものの、どこか神秘的な気配を纏い直したストームシュトルムを見上げ、一つだけ、肯く。
クロは歩を進め、転移シャッターへと向かっていった。
そしてシャッターが開いた瞬間――
そこに待ち構えていたのは、ビームガンを構えたシゲルとノア。その背後には、グレゴとギールの姿もある。全員が真剣な眼差しでこちらを睨んでいた。
「……物騒ですね」
そう呟いた瞬間、シゲルが警告するように一喝した。
「お前は誰だ!」
迷いも躊躇もない声音。わずかでも不審な動きを見せれば即座に撃つ構えだ。
クロは、その鋭すぎる反応に、思わず顔を引きつらせる。
(……しまった。これは、さすがに疑われるか)
「クロですが……さすがに、その、物騒すぎません?」
弱々しい弁明にも、グレゴは眉間に深い皺を刻んだまま、一歩たりとも警戒を解こうとしない。
「……本物か?」
問いの鋭さに、クロは内心で悩む。
(どうしたものか……言葉で説明しても信じないだろうし)
少し考えた末、彼女は――最も分かりやすく、しかし最も不用意な選択肢を口にしてしまう。
「本物ですよ。でも、証明しろって言うなら――バハムートになりましょうか?」
「なるなこのバカが!!」
間髪入れず、シゲルの怒声が炸裂した。
力が抜け銃口が下がる。その勢いに釣られるように、グレゴも構えを解き、ギールとノアも視線で二人を追いながら、しぶしぶビームガンを下ろした。
シゲルはため息を吐き、頭をがしがしと掻く。
「……ここまで頭の悪いことを言うなら、まあ本人で間違いねえ」
グレゴもため息まじりに頷いた。
「全くだ。常識のある偽物なら、そんな発言は絶対にしない。……本物だろうな、間違いなく」
クロは、さすがに傷ついた顔で言い返す。
「……その判断基準、納得したくないんですけど。なら、いっそビームガン撃ってみます? 効きませんから」
「そこなんだよ!」
シゲルの突っ込みが鋭く返る。
張り詰めていた空気が、ほんのわずかに和らいだ。




