断罪の白光
「……楽しめたか?」
低く、地を這うような声が闇を裂く。
「たったひとりの人生を壊しかけておいて……その口ぶり。まるで“上から目線”の神にでもなったつもりか?」
冷ややかな黄金の瞳が、じわりと細められる。
「お前の一挙手一投足が……全部、虫唾が走るほど気に入らない。“俺は偉い”“お前は下等”……そんな気取りが、まるでテンプレの小物のようでさ」
黒き影は、じわりと広がっていく。人の姿をしたそれが、境界も意味も飲み込むように肥大化していく。
「そもそもな――分身体を乗っ取ったところで、意味はないんだよ」
宇宙が闇を呑み、星々を映す。空間そのものが、彼女の領域に染め上げられていく。
「分身体を消せば、お前も一緒に消える。それだけの話」
すでに、この空間は“神の支配”ではなかった。すべてが塗り替えられ、すべてが変質していた。その中心に立つ“それ”が、鋭く問いかける。
「で――もう一度、聞いてやるよ」
低く、重く、空間の奥底を這うように――その問いが響いた。
「お前は、今ここに“いる”お前は本物の神か? それとも――ただの抜け殻か?」
返答はなかった。ただ、静寂だけが続く。その中で、“神”を名乗る存在は、ようやく“気づいた”。
支配していたはずのこの虚無の闇は、いつしか静かな宇宙へと姿を変えていたことに。星々がきらめき、空間そのものが――“誰か”の領域へと書き換えられていたことに。
見下ろしていたはずの少女を、いつの間にか“見上げて”いたことに。そして――その少女が、すでに“破壊神”へと変貌していたことに。
そこに在るのは、ただ一つ。意志でも、威光でもなく――圧倒的な“存在”。
宇宙の中心で、その巨躯ですべてを見下ろすかのように君臨するその姿。
それは本来の姿、神を、目の前の愚か者を拒絶する、真なる力。
――バハムート。
その名が空間に染み込むように響いた瞬間、“神”を名乗る存在の声が上ずる。
「ば、ばかな……あり得ん! なぜ、我らの仲間がここに! お前は、なぜこの世界に存在している……!」
震えながらの問いに、バハムートは冷ややかに言い返す。
「勝手に“仲間”扱いするな」
その声音は重く、鋭い――そして、一切の抑えを持たぬ拒絶だった。
「……吐き気がする」
その一言とともに、空間がきしむように歪み、黒い波紋が押し寄せていく。
支配者だったはずの“神”が、たったひとことに押し返されていく。
「し、しかし……! 同じ“神”の系譜、我らの派閥の一員……その力、その気配は確かに――」
言いかけた声が、空間の圧に押し潰される。
理解と恐怖と混乱がないまぜになり、“神”の言葉はもはや空回りしていた。
そんな中、バハムートの声が静かに――だが、確実に追い詰めるように響く。
「さて……俺はお前の手中にあると言ったな。消し飛ばすとも、地に這いつくばれとも、依り代にするとまで――随分と威勢がよかった」
言葉のひとつひとつが、冷たく重く、神の虚勢に突き刺さる。
「……で、結局それが全部、できなかった。なあ、それで“神”か?」
その問いかけに、老人の姿をした“神”がわずかに身を震わせる。
「いやっ……そっ、それはっ! まさか、まさか貴様が……仲間の派閥の存在だとは思わず……!」
混乱に満ちた声が、空間に反響する。
「しかし、それでもおかしい! バハムートが我に敵対するとは――あってはならん! 仲間のはずだろう!」
叫ぶように吐き出されたその言葉は、恐怖を必死に否定しようとする“神”の断末魔だった。
だが、バハムートの声は変わらず冷静だった。
「――破壊の力を宿す俺が、お前と同じ派閥のわけがないだろ」
その声音には、怒りもなければ、憐れみもない。ただそこにあったのは――“断罪”の意志だけだった。
「自分のことは棚に上げ、好き勝手に振る舞っておいて。此方に攻撃をしておいて、いざ立場が悪くなれば、今度は同族だと泣きを入れる……」
ゆっくりと構えを取るバハムート。
その口元に、淡く、そして絶対的な白光が集い始める。どの白よりも純粋で、何色にも染まらない――“破壊”そのものの輝きだった。
「まっ、待て! 儂は……手を引こう! な、なあ、ここは引き分けということで……! 同じ派閥で争っても、得はないだろう!?」
哀願のように叫ぶ“神”。
だが、バハムートは静かに問いを重ねる。
「お前は――破壊側ではないのだろう。維持か、中立か……この派閥が、異世界から人を転生する事ができるんだよな? だからウインドがいる」
問われた“神”は言葉に詰まる。ほんの一瞬、その顔に動揺が走る。
「い、いや、その……儂は……」
しかし、その未練がましい弁明すら、バハムートの言葉が遮った。
「――どちらにせよ、俺の敵に変わりはない」
集束する白光が、もはや光源ではなく“存在そのもの”へと昇華していく。虚無の宇宙に、白い輝きが広がり、鼓動のように波紋を打った。
「わ、分かってくれ……頼む……っ」
その声は、二度と空気を震わせることはなかった。
バハムートは一切の感情なく、ただこう返す。
「終わりだ」と口にしたその瞬間――バハムートは、静かに口を開いた。
静寂を切り裂くように、光が閃く。
白く――全てを拒むほどに純粋で、あまりにも静かな光。
“神”を名乗った者の存在は、瞬く間にその奔流に飲まれ、無音のまま掻き消えていった。
「――ホワイトブレス」
名を告げるその声には、もはや怒りすらなかった。ただ、終焉の宣告だけが、虚空に残された。