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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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侵蝕の声と、祈りの退避

 クロは静かに口を開いた。


「……とりあえず、コックピットに乗ってみましょうか」


 その一言に、アヤコが思わず顔をしかめる。


「ちょっと待って。危なくないの? 中、何があるかも分からないのに……」


 だが、シゲルは淡々と首を振った。


「他に確認する手段がねぇ。コックピットを開けたままにしておけば、何かあってもすぐ降りられる」


 納得したクロは、軽く頷くとクレアに視線を向ける。


「クレア、お姉ちゃんのところへ」


「はい、クロ様」


 クレアは軽やかに肩から飛び降り、アヤコの元へと駆け寄る。アヤコは苦笑しつつクレアを抱き上げ、そっと撫でた。


「クレアって、いつもこんな感じなの?」


「割と、ですね」


 そんな会話の間にも、クロはワイルズシリーズの首元に手をやり、マスクとフードを展開。宇宙服モードに切り替える。


 そして、ストームシュトルムのコックピットに静かに乗り込むと、操作パネルを見渡してつぶやいた。


「……起動スイッチが、どこにあるか分かりませんね」


 アヤコがやや身を乗り出し、指さした。


「たぶん、そこの点滅してる――右側のレバーのところじゃないかな」


「了解です。一応、離れておいてください」


 アヤコが数歩後退するのを確認し、クロはそっと点滅するスイッチに指を添えた。


 ぴ、と軽い電子音が鳴った直後、機体内部に仄かな灯りがともり、コックピットパネルが順々に起動していく。


(動かせそうですね。ただ、何か違和感が――)


 その瞬間だった。


 クロの脳内に、異質な“声”が叩き込まれる。


『殺せ。すべてを破壊しろ。お前の使命は破壊のみ――さあ、ゲームの続きだ。暴れ狂え、ウインド』


 どこからともなく響く“声”――否、圧だ。脳髄を抉るような、洗脳めいた衝動が、容赦なく意識を侵食してくる。


『これはゲームだ。この世界は造り物。お前は主人公。好きなだけ壊していいんだ――』


 矢継ぎ早に叩き込まれる言葉の波に、クロの表情がみるみる曇っていく。


 眉が寄り、視線が空ろになり、感情の色がゆっくりと――剥がれ落ちていく。


 その異常を察したのか、シゲルが素早く一歩を踏み出した。


「……おい、クロ!」


 声を荒げながらコックピットへ駆け寄ろうとしたその時――


「ダメです、お父さん!」


 静かだが、鋭く遮るような声が響いた。言ったのはクレアだった。


 彼女の瞳は真剣そのもので、肩に乗っていたはずのアヤコのもとからすでに地面へ飛び降りていた。


「……クレア? 何言ってやがる、あのままじゃ――」


「すみません、説明はあとです。今は……近づかないでください!」


 その声には、普段の小さな身体からは想像できないほどの強い抑止力があった。


 シゲルはその場で足を止め、歯噛みしながらも言葉を飲み込む。


 異変に気づきつつも、誰も動けない。ただ――コックピットの中、曇り切ったクロの瞳だけが、ゆっくりとクレアを見据えていた。


「はい、クロ様!」


 その瞬間、クレアの目に宿る光がわずかに鋭さを帯びた。小柄な身体に似合わぬ、獣の直感に突き動かされるように、彼女は足を返してアヤコとシゲルの方へ駆け出す。


「おふたりとも、いったん――ここから離れましょう。自宅に戻ります」


 きっぱりとした声音だった。その言葉には、普段の穏やかな印象とはかけ離れた緊迫感がにじんでいた。


「でも……!」


 アヤコが叫ぶ。すぐそこにいるクロを心配する気持ちが、言葉に滲んでいた。だが、その不安の声を、シゲルが静かに、しかし力強く断ち切った。


「アヤコ!」


 シゲルはアヤコの肩を掴み、その瞳をまっすぐに見据える。


「……これは緊急事態だ。今はクレアの判断に従うべきだ。ノアに連絡を入れておけ。それが最優先だ」


 その言葉に、アヤコはしばらく躊躇していたが、やがて苦渋の表情のまま小さく頷いた。


「……わかった。でも、無事でいてね、クロ」


 その声は祈るようにかすれていた。


 クレアはふたりの前に立ち、静かに頭を下げた。


「……クロ様を、今は信じるしかありません。私たちは――退避しましょう」


 その声は静かだったが、どこかで震えていた。小さな身体に込められた決意は確かでも、その心の内では別の感情が渦巻いていた。


(嫌です……クロ様を置いていくなんて、したくない。今すぐ、駆け寄って隣にいたい……けど)


 視線の先、コックピットの中で微動だにしないクロ。目の前にあるのに、手が届かない。そのことが、何よりもクレアを苦しめていた。


 だが――


(でも……いま、私が傍にいることでクロ様の集中を乱してしまったら……)


 その思いが、足を動かさせた。主のために、主の命令のために。その一歩一歩に、クレアは己の“怖さ”を押し殺していた。


 アヤコは目を見開き、一歩前へ出ようとするが、クレアに止められる。


「……大丈夫です。クロ様は、絶対に負けたりしません。私たちは、それを信じて待つべきです」


 アヤコは唇をきつく結び、震える声で応じた。


「……わかった。お願い、クレア……」


 クレアはしっかりと頷き、踵を返す。


 そしてシゲルとアヤコの後に続き、静かに――だが確かな足取りで、その場を後にした。

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― 新着の感想 ―
うわぁ、常にこれかよ……道理で降りたところで印象が違いすぎるわけだ……。
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