再生の継ぎ目、神造の片鱗
クロは静かに端末を操作し、軍用大型輸送艦として登録されていた情報を更新。“民間大型輸送艦『ランドセル』”として新たに命名し、ID切り替え申請と必要な支払い処理を済ませた。
これで正式に、新たな“相棒”が手に入った。
ようやく一息ついたクロが帰路につこうとしたその時、シゲルが片手を上げて制した。
「おい、クロ。もう一つだけ付き合え」
その声に、クロが足を止めると、シゲルは端末を操作しながら右舷後方へと視線を向けた。
「ストームシュトルムなんだがな。こっちに運んで、ちょいと構ってみたんだが……意見を聞きたくてな」
促されるままに、クロはアヤコと共に右舷の積載スペースへ向かう。そこには、ドローンで吊り下げられた状態の一機――かつて“ウイング”と名乗る男が使用していた機体、ストームシュトルムがあった。
鈍い光を反射するその機体には、ところどころ修復の跡が見られるが、依然として沈黙を保ったままだ。
シゲルは腕を組み、溜め息混じりに言う。
「こいつなんだが……正直、修理はできん。使ってるフレームも、配線も、部品の規格すら違いすぎる。データベースにも載ってないし、スキャンしても該当なし。俺の知識じゃ、どうにもならん」
それは、経験豊富な技術者としての率直な“限界の認識”だった。
「……お姉ちゃんは、どうですか?」
クロの問いに、アヤコは肩をすくめ、両手を上げながら首を横に振る。
「無理だった。システムにアクセスしようとしたけど、接続そのものができなかったよ。試したプロトコルも、全部通らない。信号形式も何もかも……未知数」
アヤコは困ったように苦笑し、言葉を継いだ。
「結局ね、分かったのは――“何もわからない”ってこと。それが結論」
アヤコが肩を落とすように言うと、クロは小さく頷きながら答えた。
「なるほど……ですが、ふたりで分からないのなら、私にできることはないでしょうね」
そう冷静に返すクロに、シゲルは首を横に振った。
「わからなくてもいい。お前の持ち物で、なんか使えそうなもんはねぇのか?」
問われて、クロはストームシュトルムをじっと見つめる。重力のない空間に吊るされた異形の機体は、まるで眠っている獣のように無言の圧を放っていた。
(神の造った機体……本当に、俺に修復なんてできるのか?)
一瞬、真剣な眼差しを浮かべたクロだったが――ふと、口を開く。
「……勝手にくっついたりしませんかね。接着剤とかで」
その場が一瞬沈黙し、次いでシゲルが大きくため息をついた。
「バカか、お前は。そんなんで直るなら、技術者なんざ要らねぇわ!」
呆れたように言い放つと、隣のアヤコも苦笑しながらクロを見やる。
「だよね……クロ~、冗談じゃなくて、何か本当にないの?」
促され、クロは改めてストームシュトルムの全体に目を走らせた。少し思案したあと、ひとつの案を提示する。
「……では、これを試してみましょうか」
そう言って、別空間から取り出したのは――金属製の小さな輪だった。
「これは再生の腕輪と呼ばれるものです。本来は人用の装備ですが対象に装着すれば、致命傷でない限りは治ります。試してみる価値はあるかと」
クロはそう説明しつつ、腕輪をコックピットの操縦レバー部分にそっと掛ける。
「……この状態で、右腕の断面をここに合わせてみましょう」
その意図を察したシゲルが、無言で頷きながらドローンを操作。切断された右腕を、慎重に本体の断面へと寄せていく。
「もし再生が始まるなら、この切断部分が発光するはずです」
全員の視線が一点に注がれる。
だが――
数秒の沈黙のあとも、何の変化も起きなかった。
切断部分は、光ることもなく――ただ沈黙を保ったままだった。
「……まあ、人間用ですから。無理だとは思ってました」
クロがあくまで淡々と、どこか他人事のように言い添える。
「だったら最初からやるな!」
シゲルが全力のツッコミを返すと、アヤコが苦笑しながら腕輪を外し、クロへと手渡した。
「でもさ。これでもダメなら……もう、片腕だけで動かすしかないのかな?」
クロは無言で腕輪を受け取り、指先で一度だけ見つめてから、ゆっくりと空間に収納する。
そして、あきらめたような口調で呟いた。
「それか、外部装備で補うしかないですね」
「……無理だな」
短く、シゲルが即答する。
「接続マウントがねぇ。フレームそのものが独自すぎる。互換パーツを繋ぐ余地もねぇよ」
その言葉に、クロもアヤコもわずかに表情を曇らせた。
「……仕方ない。しばらくは保管しておくしかねぇな」
シゲルはそう言いながら、ドローンの制御パネルに手を伸ばす。機体はゆっくりと吊り上げられ、切断されたはずの右腕も、そのまま――自然に接続された状態で運ばれていく。
「ああっ!? おい、今……くっついてねぇか!?」
シゲルの驚きに、アヤコも目を見開いた。
「ちょっと、今の……直ってる? クロ、その腕輪、本当に効いてなかったの?」
矢継ぎ早の問いに、クロは即座に首を振った。
「ありえません。腕輪が発動していれば、切断部分に光が伴うはずです。……それがなかった以上、効果は出ていません」
三人は顔を見合わせ、沈黙したまま頭を悩ませる。
そのとき――
ふわりとクロの肩から飛び降りたクレアが、するすると接合部に近づいていった。
そして、断面の継ぎ目に顔を近づけると、ぴくりと耳を揺らし、小さく鼻を動かす。
「クロ様……この匂い、以前嗅いだ“木の匂い”がします。あの、世界樹とかいうやつの……」
その一言に、クロはわずかに眉をひそめ、小さく首をかしげた。
「クレア? 私は匂いにはかなり敏感な方ですが、今も何も感じません。それに、これまでにもその機体から嗅いだ記憶も……。本当に今、初めてなのですか?」
問いかけに、クレアは真剣な表情で頷いた。
「はい。恐らく私の方が嗅覚は鋭いかと……狼ですので。この接続部分からだけ、ほんのかすかにですが、確かに――世界樹に似た香りがします」
「……どういうことだ?」
シゲルが眉をひそめたまま唸るように言う。
「世界樹の匂いがするってことは、こいつ……木でできてるのか? まさか……」
困惑した声に、アヤコも戸惑いながら首を振る。
「う、嘘。まさか、あれ金属だよね? それが木なんて――あり得ないよ……」
クロは無言で頷き、手をひと振りして別空間から小さな苗木を取り出した。
それは以前二人に見せた、世界樹の苗――その葉を一枚そっと摘み取り、その取った部分にそっと当てる。
「……いえ。世界樹そのものではないですね。見ての通り、くっつきもしません」
クレアがクロのもとへ戻り、世界樹の苗に顔を寄せて香りを確かめる。
「……違います。似ているようで、違います。根幹の香りは確かに世界樹と同じ系統ですが……たぶん、育った場所がまったく別です。空気の味、土の匂い、その全部が違います」
クレアの言葉に、アヤコは息を飲み、震える声で呟いた。
「……なら、この機体って……一体、どこで、どこで造られたものなの……?」
その問いは、まるで空に消える吐息のように、静かにその場に沈んだ。
誰も答えなかった。
クロもまた、何も言わなかった。
彼女だけが知っていた――この機体が、“神”の手によって作られたものであることを。そしてそれが、本来ならば“この世界を滅ぼすため”に存在していたという事実を。
その真実を、今ここで語ることはできない。
ただ静かに、沈黙だけがその場を支配していた。