表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
180/493

再生の継ぎ目、神造の片鱗

 クロは静かに端末を操作し、軍用大型輸送艦として登録されていた情報を更新。“民間大型輸送艦『ランドセル』”として新たに命名し、ID切り替え申請と必要な支払い処理を済ませた。


 これで正式に、新たな“相棒”が手に入った。


 ようやく一息ついたクロが帰路につこうとしたその時、シゲルが片手を上げて制した。


「おい、クロ。もう一つだけ付き合え」


 その声に、クロが足を止めると、シゲルは端末を操作しながら右舷後方へと視線を向けた。


「ストームシュトルムなんだがな。こっちに運んで、ちょいと構ってみたんだが……意見を聞きたくてな」


 促されるままに、クロはアヤコと共に右舷の積載スペースへ向かう。そこには、ドローンで吊り下げられた状態の一機――かつて“ウイング”と名乗る男が使用していた機体、ストームシュトルムがあった。


 鈍い光を反射するその機体には、ところどころ修復の跡が見られるが、依然として沈黙を保ったままだ。


 シゲルは腕を組み、溜め息混じりに言う。


「こいつなんだが……正直、修理はできん。使ってるフレームも、配線も、部品の規格すら違いすぎる。データベースにも載ってないし、スキャンしても該当なし。俺の知識じゃ、どうにもならん」


 それは、経験豊富な技術者としての率直な“限界の認識”だった。


「……お姉ちゃんは、どうですか?」


 クロの問いに、アヤコは肩をすくめ、両手を上げながら首を横に振る。


「無理だった。システムにアクセスしようとしたけど、接続そのものができなかったよ。試したプロトコルも、全部通らない。信号形式も何もかも……未知数」


 アヤコは困ったように苦笑し、言葉を継いだ。


「結局ね、分かったのは――“何もわからない”ってこと。それが結論」


 アヤコが肩を落とすように言うと、クロは小さく頷きながら答えた。


「なるほど……ですが、ふたりで分からないのなら、私にできることはないでしょうね」


 そう冷静に返すクロに、シゲルは首を横に振った。


「わからなくてもいい。お前の持ち物で、なんか使えそうなもんはねぇのか?」


 問われて、クロはストームシュトルムをじっと見つめる。重力のない空間に吊るされた異形の機体は、まるで眠っている獣のように無言の圧を放っていた。


(神の造った機体……本当に、俺に修復なんてできるのか?)


 一瞬、真剣な眼差しを浮かべたクロだったが――ふと、口を開く。


「……勝手にくっついたりしませんかね。接着剤とかで」


 その場が一瞬沈黙し、次いでシゲルが大きくため息をついた。


「バカか、お前は。そんなんで直るなら、技術者なんざ要らねぇわ!」


 呆れたように言い放つと、隣のアヤコも苦笑しながらクロを見やる。


「だよね……クロ~、冗談じゃなくて、何か本当にないの?」


 促され、クロは改めてストームシュトルムの全体に目を走らせた。少し思案したあと、ひとつの案を提示する。


「……では、これを試してみましょうか」


 そう言って、別空間から取り出したのは――金属製の小さな輪だった。


「これは再生の腕輪と呼ばれるものです。本来は人用の装備ですが対象に装着すれば、致命傷でない限りは治ります。試してみる価値はあるかと」


 クロはそう説明しつつ、腕輪をコックピットの操縦レバー部分にそっと掛ける。


「……この状態で、右腕の断面をここに合わせてみましょう」


 その意図を察したシゲルが、無言で頷きながらドローンを操作。切断された右腕を、慎重に本体の断面へと寄せていく。


「もし再生が始まるなら、この切断部分が発光するはずです」


 全員の視線が一点に注がれる。


 だが――


 数秒の沈黙のあとも、何の変化も起きなかった。


 切断部分は、光ることもなく――ただ沈黙を保ったままだった。


「……まあ、人間用ですから。無理だとは思ってました」


 クロがあくまで淡々と、どこか他人事のように言い添える。


「だったら最初からやるな!」


 シゲルが全力のツッコミを返すと、アヤコが苦笑しながら腕輪を外し、クロへと手渡した。


「でもさ。これでもダメなら……もう、片腕だけで動かすしかないのかな?」


 クロは無言で腕輪を受け取り、指先で一度だけ見つめてから、ゆっくりと空間に収納する。


 そして、あきらめたような口調で呟いた。


「それか、外部装備で補うしかないですね」


「……無理だな」


 短く、シゲルが即答する。


「接続マウントがねぇ。フレームそのものが独自すぎる。互換パーツを繋ぐ余地もねぇよ」


 その言葉に、クロもアヤコもわずかに表情を曇らせた。


「……仕方ない。しばらくは保管しておくしかねぇな」


 シゲルはそう言いながら、ドローンの制御パネルに手を伸ばす。機体はゆっくりと吊り上げられ、切断されたはずの右腕も、そのまま――自然に接続された状態で運ばれていく。


「ああっ!? おい、今……くっついてねぇか!?」


 シゲルの驚きに、アヤコも目を見開いた。


「ちょっと、今の……直ってる? クロ、その腕輪、本当に効いてなかったの?」


 矢継ぎ早の問いに、クロは即座に首を振った。


「ありえません。腕輪が発動していれば、切断部分に光が伴うはずです。……それがなかった以上、効果は出ていません」


 三人は顔を見合わせ、沈黙したまま頭を悩ませる。


 そのとき――


 ふわりとクロの肩から飛び降りたクレアが、するすると接合部に近づいていった。


 そして、断面の継ぎ目に顔を近づけると、ぴくりと耳を揺らし、小さく鼻を動かす。


「クロ様……この匂い、以前嗅いだ“木の匂い”がします。あの、世界樹とかいうやつの……」


 その一言に、クロはわずかに眉をひそめ、小さく首をかしげた。


「クレア? 私は匂いにはかなり敏感な方ですが、今も何も感じません。それに、これまでにもその機体から嗅いだ記憶も……。本当に今、初めてなのですか?」


 問いかけに、クレアは真剣な表情で頷いた。


「はい。恐らく私の方が嗅覚は鋭いかと……狼ですので。この接続部分からだけ、ほんのかすかにですが、確かに――世界樹に似た香りがします」


「……どういうことだ?」


 シゲルが眉をひそめたまま唸るように言う。


「世界樹の匂いがするってことは、こいつ……木でできてるのか? まさか……」


 困惑した声に、アヤコも戸惑いながら首を振る。


「う、嘘。まさか、あれ金属だよね? それが木なんて――あり得ないよ……」


 クロは無言で頷き、手をひと振りして別空間から小さな苗木を取り出した。


 それは以前二人に見せた、世界樹の苗――その葉を一枚そっと摘み取り、その取った部分にそっと当てる。


「……いえ。世界樹そのものではないですね。見ての通り、くっつきもしません」


 クレアがクロのもとへ戻り、世界樹の苗に顔を寄せて香りを確かめる。


「……違います。似ているようで、違います。根幹の香りは確かに世界樹と同じ系統ですが……たぶん、育った場所がまったく別です。空気の味、土の匂い、その全部が違います」


 クレアの言葉に、アヤコは息を飲み、震える声で呟いた。


「……なら、この機体って……一体、どこで、どこで造られたものなの……?」


 その問いは、まるで空に消える吐息のように、静かにその場に沈んだ。


 誰も答えなかった。


 クロもまた、何も言わなかった。


 彼女だけが知っていた――この機体が、“神”の手によって作られたものであることを。そしてそれが、本来ならば“この世界を滅ぼすため”に存在していたという事実を。


 その真実を、今ここで語ることはできない。


 ただ静かに、沈黙だけがその場を支配していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ