宇宙を貫く剣
バハムートは、その巨躯に似合わぬ速度で戦場を駆けた。
フレアソードを振るえば、無数のデストロイヤーがまとめて断ち割られる。漆黒の刃が空間を裂き、敵の群れに深紅の裂傷を穿つ。
さらに、左腕を突き出す動作に合わせ、圧縮された暴風が咆哮とともに解き放たれるシュツルムナックル。旋回する嵐の弾が一直線に敵群を呑み込み、捻じり切るように爆散させた。
双翼が一度羽ばたけば、粒子を巻き込んだ小規模なフレアが空中に無数出現し、雨のように降り注ぐ。レインフレアは、“効きにくい”フレアであっても、容易く異形の肉体を貫通し、消し飛ばしていく。
「効きにくいなら、効く威力まで上げればいいだけだ。――質は、さっきより数段上だぞ」
静かに呟きながら、再びフレアソードを振り抜く。その勢いを殺さず、バハムートの尾が宇宙を薙ぐようにしなり、真横から敵をなぎ払った。
打撃と斬撃が連動する複合の動き。その巨体とは裏腹に、まるで舞うかのように流麗で、だが一撃ごとに確実な破壊を伴う。
空間の至る所で消滅が連鎖するたび、異形の群れは崩れ落ち、しかしワームホールは止まることなく新たな災害を吐き出し続けていた。
だがバハムートは、そのすべてを歓迎するかのように笑みを浮かべていた。
「いいぞ、どんどん来い……俺に“力”を使わせろ」
彼は片手に握っていたフレアソードを宙に放り、次の瞬間には別空間へと格納する。
そして、両手を打ち合わせた瞬間、閃光のような青白い揺らめきが拳から立ち上がった。燃え上がるのではない。熱すら感じさせぬ、だが確実に“焼き尽くす”と理解させる、冷たい蒼炎。
バハムートの両腕にその青白い炎が宿り、まるでその意志に応えるように、両肩、両脚、そして双翼の外縁にも同じ光が灯る。
一歩進むたびに、空間が低く軋み、敵の群れがその圧に押し潰されるように崩れ始めた。
前方から飛びかかるデストロイヤー――それを迎えるのは、蒼炎を纏った拳。
振り抜かれたその一撃は、接触した瞬間に対象を“熱”ではなく“存在”から断ち切った。爆発も叫びもなく、ただ崩れ落ち、炭のように砕けて消えていく。
次の瞬間、バハムートはその巨躯を軽やかに宙へ躍らせた。空間を抉るような跳躍。旋回しながら両足に青白い残光が集束し、回転軌道を描いて加速する。
「――消し炭になれ!《蒼炎旋嵐脚》!」
蹴り抜かれたその一閃は、空気すら焦がす暴風の刃となり、ワームホールから出現しかけていたデストロイヤーの群れに直撃する。
瞬間、空間が軋んだ。群れは一斉に圧縮され、内から破裂するように炸裂。耳を劈く轟音と同時に、散り飛んだ残骸はすでに命の輪郭を持たぬただの黒塵となって霧散した。
そのまま着地せず、バハムートは滑空の勢いを殺さぬまま、群れの中心へと突入していく。
拳を振り抜けば、燃え盛る青の炎が空間を抉る。蹴りを放てば、軌跡に沿って災厄が消し炭となって吹き飛ぶ。尾を振り下ろせば、衝撃波が縦横に走り敵を粉砕し、双翼を羽ばたかせるたびに、広がる蒼炎が乱舞するように宙を焦がした。
進行方向に、もはや何も残らない。ただ青白い残光と焦げた空気だけが、破壊の爪痕を焼き付けていた。
その姿を横目に、ヨルハは心中でつぶやく。
(我が主は……無茶苦茶だ。でも――それこそ、我が主)
苦笑すら浮かべずに、彼女は前へ出る。飛びかかるデストロイヤーを鋭く爪で裂き、口から放った火球が群れを爆炎で包む。さらにストームアーマーを強化して突進すれば、直撃を受けた敵は嵐に巻かれ、粉々に吹き飛んでいく。
冷静に見れば、彼女の戦いもまた異常だった。ただ、比較対象が“バハムート”というだけの話。
「さて……まだまだ力を試したいところだが、いい加減、同じことの繰り返しじゃ退屈だな」
呟きながらも、前方のデストロイヤーを片手でなぎ払い、再び虚空からフレアソードを召喚する。瞬間、その刃が空間に現れたのと同時に、バハムートは一気にワームホールへと加速した。
無数のデストロイヤーが、それを阻むかのように総攻撃を仕掛けてくる。破壊光線、腐蝕液、炸裂弾――あらゆる攻撃が放たれる中、彼はそのすべてを正面から受け止め、しかし一歩も退かず突き進んでいく。
「災害よ……お前たちは確かに人類にとって脅威だ」
静かな声でそう言いながら、両手でフレアソードを高く掲げる。
「だが――相手が悪すぎたな」
次の瞬間、フレアソードの刀身が漆黒へと変貌していく。それは光をも呑み込む、どこまでも黒い、重力のような黒――純粋なる“闇”の凝縮。刃は音を失い、周囲の光すら歪めながら伸びていく。その長さは惑星の軌道をすら貫くかのような圧倒的な質量を帯びていた。
そして――バハムートは、静かに宣告する。
「ワームホールの向こうにいる者よ……お前の敵は、“最恐”だ」
低く、だが確かに響くその言葉とともに、両手に握られた漆黒の刃が宙を唸らせ、振り下ろされる。
「――《塵滅の終断剣》!」
叫びと共に、純黒の剣が空間を縦に切り裂く。次いで、横一線に――交差する断線が生み出したのは、空間そのものの“断絶”。
軌道に沿って生じた歪みは、物理法則を否定するかのように捩れ、音のない悲鳴が戦場を満たす。ワームホールの縁は削れ、抉られ、崩壊の余波は螺旋状の奔流となってあたり一帯を飲み込んでいく。
「……決まったな。俺の必殺技」
呟きながら、バハムートはその場に静かに立ち、戦場の中心で吹き荒れるエネルギーを見下ろした。だが――
「ッ!」
崩壊するワームホールの奥。その闇の裂け目から、“何か”が覗いていた。
目。
一対の巨大な眼球が、燃えるような怒りと濁った憎悪を宿して、バハムートを見据えていた。
その視線に、バハムートは微動だにせず、構えたままのフレアソードの先端をまっすぐに突き出す。
「……俺の日常を邪魔するな」
低く、鋭く。
「邪魔するってんなら、何度でも潰す。……いずれお前も、“塵”にしてやる」
静かなる宣戦布告。口調に怒気はない。あるのは、揺るぎなき確信と――“圧”。
ワームホールの崩壊が臨界を迎えた瞬間、あの“目”もまた、螺旋の奥へと沈み、かき消えるように消滅していった。
その瞬間、群れていたデストロイヤーの全てが、一斉に崩れ落ちる。
まるで糸を失った人形のように、バラバラと、何の抵抗もなく。
災害は終わった。戦場に、ようやく静寂が戻っていた。