断罪の顕現、バハムート進軍
ヨルハは新たに目覚めた力をその身にまとい、まるで舞台の主役のように、華麗に、鋭く、戦場を駆ける。
だが、その姿を見届けたバハムートは――わずかに顔をしかめた。
「……似合わんな。カッコいいはずなんだが、何かが違う」
そう呟きつつ、片手に握ったフレアソードをひと振り。軌跡を描いた刃が、複数のデストロイヤーをまとめて切り裂いていく。
「もっとこう、ヒーロー的なアレをだな……突撃して吹き飛ばして、爆発を背にキメるとか」
蹴りを一発放てば、質量だけで異形を粉砕する。
「いや、メスだから美しく舞うのは“アリ”なんだが……」
飛びかかってきた個体を、蚊を払うように左手でまとめて弾き飛ばす。
「……ってことは、あれか? カッコいい擬態をさせた俺の責任か?」
冗談交じりに呟いたその瞬間、ワームホールが再び震え、より濃密な“群れ”が溢れ出す。空間そのものを圧迫するような異形の密度。集中する殺意と敵意は、明らかにバハムートの存在を狙っていた。
「っと……少しよそ見してたら、囲まれてたか」
その刹那、四方八方から降り注ぐ破壊光線、腐蝕弾、超振動波、電磁裂爪。あらゆる攻撃がバハムートを中心に集束し、空間を光と衝撃の嵐が埋め尽くす。
「よし、本気で殺しにきてるな」
皮肉めいた笑みと共に呟いたバハムートの巨体へ、さらに異形の群れが殺到する。
爆発と閃光の中から現れた鋭利な外骨格が突き刺さり、牙が喰らいつき、節足状の肢が体を削り取ろうとする。眼球状の器官からは緑色の腐蝕液が噴き出し、背部には地雷のように跳び乗った個体が、自らを爆発させて撹乱を仕掛けてくる。
だが、ダメージは皆無だった。
異形に覆われ、まるで黒い海に沈む巨岩のようなその姿でも、バハムートの芯に揺らぎはない。
「……気持ち悪い。滅べ」
静かに告げると同時に、バハムートの全身から漆黒の閃光が噴き上がった。
「――フレア・バースト!」
それは最初に放った“フレア”。破壊の意志を宿した純粋なる黒き炎。
全身から噴き出した破壊の奔流は、まとわりついていたデストロイヤーを一体ずつ、確実に塵と化していく。爪も牙も装甲も、断末魔を上げる間もなく焼き尽くされ、黒煙となって宙へ散った。
だが、それでも――消えきらない。
なおも動きを止めない異形が、確かに、そこにいた。
「……効きにくい。なら、効くまで放つさ。“フレア”でな」
怒りではない。確信と、挑む意志。
バハムートにとって、これは戦いではなかった。己の力を試し、証明する――それだけの舞台。
漆黒の炎はなおも噴き上がり、粘りついていた異形は次々と黒煙に変わっていく。そして、あれほど耐えていた強靭な個体たちさえ、限界を超え、塵となって散った。
炎に焼かれ、捻じられ、押し流される。“災害”と呼ばれた存在の一端が、確かにこの空間から消えた。
だが――終わりは見えない。ワームホールは唸りを上げ、次なる異形を、次なる“災害”を容赦なく吐き出し続けていた。
その光景を前にして、バハムートはふとヨルハへ視線を向ける。
彼女の戦いは止まらない。その舞はさらに冴え、纏う嵐の質量が、密度が、確実に力の使い方を判ってきているのが見える。
「……ヨルハは大丈夫そうだな」
小さく呟き、視線をワームホールへと戻す。
「もしかすると、女神が言っていた“破壊の派閥の神”の意志が、この先に――」
闇の奥――この“災害”の根源。その先にあるのは、女神が語った“破壊の派閥の神”の片鱗なのかもしれない。ならば――
やることは、ひとつ。
バハムートは、ゆっくりと、一歩、前に踏み出す。
「……真面目にやるか」
低く絞った声が、戦場全体を震わせる。
「――災害よ。俺はバハムート。貴様らを塵と還す、“破壊の顕現”だ」
両手に握られたフレアソードが、高く掲げられる。黒き刀身が光を掴み、空間を鋭く裂いた。異形の群れを見下ろすその光景は、まるで神が審判を下す刹那。
「我が力の一端――少しの間、ご照覧あれ」
その言葉は、ただの宣言ではない。
――これは、“断罪”の始まり。災害に与えられる最初の“審判”だった。