嵐の踊り子
バハムートの拳が穿った空間には、粉々に刻まれたデストロイヤーの残骸が漂っていた。そのあまりに苛烈な破壊力に、ヨルハはしばし絶句する。
だが、敵は終わらない。恐怖を知らないのか、あるいは理解してなお突き進む意思なのか。異形の群れは、進行速度を緩めることなく次々とワームホールから現れ、間断なく迫ってくる。
「行くぞ、ヨルハ。色々試してみろ。お前がこの程度で終わる存在じゃないこと――俺は知っている」
静かでありながら、確かな力を含んだその声に、ヨルハは深く頷いた。
(そうだ……私は、バハムート様の眷属。恐れる理由など、どこにもない)
自らに言い聞かせるように、その胸の奥に灯る決意を握りしめる。
「たかが、破壊の力が通りにくいだけ。ならば――どうするか」
バハムートの問いかけに、ヨルハは鋭い視線で前方の群れを見据えた。
「己の牙と爪。そして、まだ眠っている力。ここで、開花させます!」
もはやその声に迷いはなかった。
「その意気だ。俺のことは気にするな。――絶好の訓練のチャンスだ。数は減ることがない。思いつく限りすべて試してこい」
「ハッ!」
短く気合を返し、ヨルハはバハムートの肩から飛び降りると、一直線にデストロイヤーの群れへと突撃していく。
同時にバハムートも動いた。
先ほどと同様、暴風をまとわせた両の拳――だが、今度のそれは桁違いだった。バハムートの腕すら軋ませるほどの嵐が、拳に宿っている。
「くらえ、ダブル・シュツルム・ナックルッ!」
両腕から交互に叩き出される嵐の渦。空間を殴るかのごとく突き抜け、その勢いを加速させる。バハムートはさらに追撃とばかりに、フレアソードを抜き放つ。
放った嵐が暴れまわる様子を見届けながら、彼はふと呟いた。
「突き進んでも吸引力は息切れしない。俺の技は変わらない。ただ――“ひとつの力”だ」
どこかのCMを思わせるような軽口とともに、
「さて――綺麗になった先は、お掃除タイムだな」
その言葉と同時に、バハムートも戦場の渦へと飛び込んだ。
宙を満たすのは、いまだ勢いを緩めぬデストロイヤーの群れ。だが、ヨルハの動きに迷いはなかった。
「――燃え尽きろッ!」
鋭く叫ぶや否や、ヨルハの口元から灼熱の火球が放たれる。濃密なエネルギーが凝縮されたそれは、一直線に群れの先頭を捉え、次の瞬間、爆発。
膨れ上がる紅蓮の炎が、半径十メートルの個体群をまるごと焼き払い、その熱波に周囲の異形すら溶けて崩れ落ちていく。
「これは……私にもともと備わっていた力。――通用する!」
ヨルハは確信とともに、さらに前へ出る。脚力を活かして跳躍し、爪が空を裂き、尾が音を断ち、獰猛に迫る敵をなぎ倒していく。
舞うように、けれど一撃ごとに破壊を刻む。爪で切り裂き、尾で打ち砕き、旋回する動きがそのまま流麗な戦術を形作っていた。
その時、空が色を変えた。
無数の破壊光線――デストロイヤーの群れが一斉に放つ光の雨が、斜め上空からヨルハ目がけて降り注ぐ。
直撃すれば無事では済まない……常ならば、そうだったはずだ。
「私に、触れるなっ!」
ヨルハが鋭く叫ぶと同時に、彼女の体を中心に旋回する風が生まれる。それは小さな風ではない。バハムートの暴風に比べればささやかなもの――けれど、確かな“嵐”だった。
渦巻く風が空間を唸らせ、ヨルハの体を包むように展開する。
接近しようとするデストロイヤーは、その嵐に巻き込まれた瞬間に体勢を崩し、切り刻まれて霧散する。
破壊光線の雨が、ヨルハの頭上から降り注ぐ。
だが――ヨルハは一歩も退かない。嵐の鎧が風の盾となり、光線を逸らす。
「破壊の力が通じにくいのは、こちらも同じ……そして、私は“嵐”を纏っている。そんな攻撃、通用しません!」
嵐の膜は幾重にも重なり、着弾の瞬間に熱と衝撃を分散させる。光線の多くは外へと逸れ、一部が表皮に届いたとしても、その威力はすでに霧散していた。
それでも、ヨルハの足は止まらない。むしろ前へ、さらに前へと突き進む。
「これが――バハムート様の力を見て、私が閃いた技です!」
その咆哮は、敵を貫く鋼の意志。鋭く跳躍し、火球を放ち、爪で切り裂き、尾で薙ぎ払う。すべての動きが、ひとつの意志に貫かれていた。
そして、ヨルハは高らかに宣言する。
「これが、私の新たな力――“ストームアーマー”ッ!」
風をまとい、嵐を纏い、敵を蹂躙するその姿は、まさに戦場に降り立った一陣の暴風。嵐を鎧とし、その身ひとつで敵陣を突き崩していく様は、見る者すべてを圧倒する。
そこにあったのは、力の誇示ではない。バハムートの名を背負う覚悟。そして、自らが戦士であることの証明――
主と同じ力をその身に宿し、舞うように戦うヨルハの姿は、まるでひとつの舞台だった。
戦場という名の劇場で、彼女は“嵐の踊り子”としてその幕を開けたのだった。