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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット

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170/572

災厄の名と、ついでの報告

昨日は更新をお休みし、ご期待に添えず失礼いたしました。

本日より連載を再開いたします。

引き続き『バハムート宇宙を行く』をお楽しみいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

 投影された映像には、さまざまな形状の個体が記録されている。虫を思わせる外骨格の個体。獣のように四肢をうねらせるもの。両方の特徴を併せ持つ混成体。――それら全てが、ひとつの名で括られていた。


「これが……災害なんですか?」


 映像を見つめたまま、クロが口を開いた。


「“デストロイヤー”って……ただの怪物には見えませんが、なぜ“災害”と呼ばれているんですか?」


 ギールは頷き、別のウィンドウを開く。


「まず、出現の原因がまったくわかっていない。前触れも曖昧だ。唯一、共通して現れる予兆が――重力波の異常だ」


 その言葉と共に、投影ウィンドウが切り替わり、重力波の観測データが浮かび上がる。波打つような重力分布、そして中心に向かって渦を巻くような現象。


「これが発生すると、周囲の空間構造が歪む。そして条件が重なれば、“ワームホール”が開く。そして、その向こうから……こいつらが、あふれ出てくる」


 ギールが視線で示す先には、異常反応の発生地点――リアルタイムで観測されている座標の映像が映し出されていた。観測衛星が捉えた空間には、揺らぎが広がり、重力波が淡い波紋となって空間全体を歪ませ渦を巻いていた。


「それともうひとつ――デストロイヤーは、なぜか“人類”を優先して襲う傾向がある」


「……それって、もう“侵略”ではないですか?」


 クロが表情をわずかに強ばらせながら問い返すと、ギールは肩をすくめるように答えた。


「放っておけば、そうも言えるだろうね。けど――デストロイヤーはしばらくすると、消えるんだ」


「……消える?」


「ああ。個体差はあるけど、大体半日くらいでデストロイヤーは自然に消滅する。発生源になったワームホールも、それと同時に閉じるんだ」


 次に流れた映像では、異形のデストロイヤーが突如として身体の一部から破裂するように崩れ、そのまま光の粒となって霧散していく様子が映し出されていた。


「……自分たちで現れて、自分たちで消える……?」


 クロの呟きに、ギールは頷きつつ肩をすくめる。


「不可解だろ? だからこそ、“災害”としか呼びようがないんだ」


「捕獲もできず、調査もままならない。発生も自然で、原因すら不明。だから――災害、ですか」


 淡々と整理するクロの言葉に、ギールは静かに頷いた。


「そういうこと。対処法を探したくても、消えるから分析も進まない。戦闘記録だけが頼りだ」


 ギールの手元の映像が切り替わり、別の被害報告が表示される。


「今のところ、このコロニーでは被害は出てない。でも――これまでに滅ぼされたコロニーもある。惑星では、被害が地表の四分の一に達したことも確認されてる」


 その言葉の重さを噛みしめるように、クロの瞳が静かに鋭さを宿していく。


「……わかりました。すぐに向かいます」


 迷いのない声に、ギールは軽く頷いた。


「頼んだよ。宙域座標は君の端末に送っておく。もし出現が確認され、対処が難しい時は連絡してほしい」


 クロはその言葉に頷きながら、ふと静かに問いかけた。


「……もし、私ひとりで“塵”にできると判断した場合――そのまま処理しても構いませんか?」


 その声音に宿るのは、冷静な意志と、確かな自信。そして、静かな覚悟。


 ギールは一瞬だけ口元を引き締め――そして、わずかに苦笑を浮かべた。


「君なら、そう言うと思ったよ。……できるならお願い。ただし、無理だと判断したらすぐに連絡を」


 軽く息を吐き、視線を端末に落とす。


「宙域までは、ここからおよそ半日以上の距離がある。今のところ、このコロニーへの直接的な被害の心配はない。だけど――放置するには危険すぎる。だから潰しておきたいんだ」


 クロはもう一度、力強く頷いた。


「……わかりました」


 クロは静かに答えると、転移の構えを取りかけた。しかし、その手をふと止める。


「……そうだ、ひとつ伝えておきます」


 ギールが小さく眉を上げる。クロはその反応を気にすることなく、さらりと続けた。


「今日、新人が一人来ています。ノアという子です。……彼は、私の正体を知っています」


 間を置かず放たれたその一言に、ギールの目が一瞬で鋭さを帯びた。


「――は?」


 ギールが問い返すより早く、クロは軽く一礼し、クレアと共に転移を発動する。


 部屋の空間がわずかに揺れ、淡く光が揺らめく。その直後、彼女たちの姿は音もなく消え去った。


 静寂が戻った執務室の中に、ギールの戸惑い混じりの声が響き渡る。


「……ちょ、ちょっと待ってよ! なんで今それ言うの!? いや、そもそも、なんでそんな重要なことを“ついで”で報告してんのさ!」


 机から端末が音を立てて、床に落ちた。


 椅子にもたれたギールの顔は、完全に困惑に染まっていた。

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