ギルド登録と異形の災厄
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ご不便をおかけし恐縮ではございますが、何卒ご了承いただけますと幸いです。
翌朝。クロはいつも通り、右肩にクレアを乗せ、ノアと並んでジャンクショップを後にした。
まだ人通りの少ない通りを、三人の足音だけが控えめに響いていく。
「戸籍も正式に登録されましたし、これでギルドへの申請も問題ありませんね」
クロがそう告げると、隣を歩くノアは少し俯き気味に頷いた。
「はい……。でも、今さら許されていいのか、迷いがないと言えば嘘になります」
弱々しく漏れた声に、クレアが小さく耳を動かす。だが、クロは歩調を崩すことなく、淡々と答えを返した。
「いいんです。私がもう制裁は加えました。……ただし、二度目はないですけどね」
その一言に、ノアははっとして顔を上げる。だが、クロの表情はどこまでも変わらない。
「それは……身に沁みてます。本当に、なんで僕は……」
「考えても答えは出ません。あなたはもう“ウインド”ではなく、“ノア”です。過去を悔やむのは自由ですが――前に進まなければ、それも意味がない」
その静かな言葉に、ノアは肩の力を抜くように息を吐いた。
「……はい」
その返事は、ごく小さな声だったが、確かに“前を向こう”とする意志がこもっていた。
そして、三人はギルドの自動扉をくぐる。
朝のロビーはまだ静かで、受付カウンターの奥では、いつものようにグレゴが無表情で事務作業を続けていた。
クロは迷わずカウンターへと歩み寄り、穏やかに声をかける。
「おはようございます。今日は新人の登録で来ました」
グレゴは手を止め、ゆっくりと顔を上げる。その表情は相変わらず仏頂面。けれど、無視することなく目の前のノアに視線を向けた。
「――名前は?」
低く響く声に、ノアは一瞬だけ肩をすくめた。だが、逃げるような動きはなかった。
「……ノア・シンフォスです」
短く、けれどはっきりと名乗る。
グレゴは端末を操作しながら、立て続けに質問を投げかけていく。内容も調子も、クロが初めて来た時とまったく同じだった。
「武器は?」
「……ありません」
「機体は?」
「シゲルさんから、レンタルしてもらっています」
その返答に、グレゴの指が一瞬だけ止まった。何か引っかかるような素振りだったが、口には出さず次へ進む。
「船は?」
「持っていません」
そして、最後に――明らかに空気を変える一問が落とされた。
「……人は、殺せるか?」
静まり返るような沈黙。その問いに、ノアは目を伏せず、まっすぐに答えた。
「……殺したくは、ありません。けど――必要なら、やります」
その言葉は、強さではなく、覚悟の重さを持っていた。
グレゴはしばし黙し、そのままノアを見つめ続けた。数秒の沈黙が、静かに重く流れていく。
そして、ようやく――
「……わかった。身元を証明できるものは?」
「端末にあります」
ノアは腰のホルダーから端末を取り出し、画面をグレゴに差し出した。
クロは、ノアの手続きの様子を一歩後ろから静かに見守っていた。
ひと通りの確認が終わったのを見届けて、彼女は穏やかに声をかける。
「後の手続きは、お願いします。――ノア、頑張ってください」
「はい。ありがとうございます」
ノアはきちんと頭を下げて答えた。その姿に、クロはほんの一瞬だけ微笑を浮かべ、背を向ける。
そのままロビーを離れ、近くのテーブルに端末を置いて、最新の情報を確認する。けれど、次の行動に移ろうとしたところで、不意に背後から声が飛んだ。
「――クロ」
登録作業に戻っていたグレゴが、手を止めずに続ける。
「今日は、ギルマスのところに行け。お前に依頼がある」
その言葉に、クロは足を止め、軽く頷いてから再び歩き出す。
受付を背に、ギルド内の階段を静かに上がっていく。二階奥、重厚な木製の扉――ギルドマスターの執務室。
クロは扉の前に立ち、ゆっくりと拳を上げた。そして、コツンと控えめにノックを打つ。
「だれ~?」
間延びした声が、扉の向こうからのんびりと届いてくる。
「クロです」
短く答えると、カチャリと扉のロックが外れ、中から姿を現したのは――ギール。彼は端末の書類を片手に持ちつつ、視線だけをクロに向けた。
クロは軽く一礼して室内へ入り、机の前まで進む。
「ごめんね、急に呼び出して。ちょっと、君にお願いしたい依頼があってね」
ギールは手元のデータを操作し、一枚のホログラフィック依頼文を投影する。
「これ、災害の前兆と思われる兆候があってさ。現地の調査を頼みたい。もしすでに事態が発生していたら……その場で処理をお願いしたいんだ」
「災害……とは?」
クロが眉を寄せて尋ねると、ギールは新たな情報ウィンドウを表示する。
「――“デストロイヤー”。ワームホールから溢れ出してくる、異形の怪物だよ」
「……デストロイヤー」
表示された映像に、クロの視線が静かに釘付けになる。
そこに映っていたのは、虫とも獣ともつかない、不定形の外殻と蠢く脚部を持つ怪物。無機質な空間の中で咆哮を上げるその姿には、理屈では説明のつかない“異質さ”が滲んでいた。