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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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ノアの歩み

誠に申し訳ございません。

可能な限り更新を続けてまいりますが、今週金曜日の更新が休止となる可能性がございます。

ご不便をおかけし恐縮ではございますが、何卒ご了承いただけますと幸いです。

 転移の揺らぎが収まると、アヤコはクロの肩から手を離し、ふっと息をつく。


「さて、倉庫に行こうか」


 軽やかな声を残して歩き出すアヤコの背を追い、クロも静かに後をついていく。


 ジャンクショップの倉庫――そこには、大小さまざまなパーツが山のように積まれ、それぞれ分類された箱に収められていた。だが、最奥の壁際にはぽっかりと空いたスペースがひとつ、整然と空間を保っていた。


「……ここならちょうどいいかも。スペースもあるし、荷物の出し入れもしやすい」


 壁を見上げながら、アヤコがそう呟く。即座に設置場所として決定したようだった。


「クロ、脚立と工具、取ってきて」


「はい」


 頷いたクロは手早く脚立と工具を準備し、アヤコはシャッター設置に向けて手順を整える。


 クロが脚立に乗り、別空間から取り出したシャッターを軽々と持ち上げる。それをアヤコが慎重に固定していき、ふたりの連携は迷いがなかった。


 やがて設置が完了し、クロは通信端末を開いてシゲルに連絡を入れる。


「設置が終わりました。いったん、そちらのシャッターを閉じてください」


『おう、わかった』


 数秒後、目の前の黒いシャッターがひとりでに下りていく。連動して動いている証だった。


「……ちゃんと動作してますね。では、開けてみてください」


 再びシャッターがゆっくりと上がると、その先に現れたのは、無重力空間に浮かぶシゲルとクレア、そしてノアの姿だった。


 ジャンクショップ側は通常重力下――そのため、シャッターを挟んで空間の性質が明確に分かれていた。


 クロは静かに通信を切り、淡々と注意を促す。


「重力が異なるため、境目での移動には注意してください。足を地面につけた状態で、ゆっくりと入ってきてください」


 扉一枚を越えるだけで、場所も重力も異なる空間へとつながる。その不思議な光景を、クロはどこか当たり前のように受け止めていた。


 先に口火を切ったのはシゲルだった。ジャンクショップ側の床に足をしっかりつけ、慎重に一歩を踏み出す。


「……気持ち悪っ。でも、楽だな。明日からの移動、これなら断然スムーズになるわ」


 言いながらも、その表情はどこか感心している様子だった。


 続いて、ノアもシャッターの縁に立ち、そっと足を出す。ゆっくりと重心を移しながら、まるで水の温度を確かめるような動きで境界を越えてくる。


「重力と無重力の切り替え、確かに一瞬で切り替わるのは……変な感じですね」


 感覚のずれに驚いたような声を漏らしながらも、なんとか姿勢を保って中に入る。


 その直後だった。


「レッド君、進行開始です!」


 クレアの声と共に、レッド君がシャッターをくぐろうとした――が、その体が境界を越えた瞬間、バランスを崩して床にごろんと倒れ込んだ。


「きゃっ! うぅ……」


 宙に浮いていたクレアも、レッド君の転倒に引きずられるように、頭からストンと落ちる。


「レッド君っ! クロ様の言うことを、どうして聞いてなかったんですかっ!」


 クレアは慌てて身を起こし、怒りの矛先をレッド君へと向けるが――その場にいた全員が、しばし沈黙する。


 そして、静かな声がその場に落ちた。


「……いえ、クレア。あなたが『そのまま進め』って指示を出してましたよね?」


 クロの淡々としたツッコミに、クレアはぴたりと動きを止めた。


 そして数秒後、恥ずかしさを押し殺すように小さな声で呟いた。


「……すみませんでした」


 その声は、どこか床に吸い込まれていくように小さかった。


 一日の作業を終え、夕食も済んだ夜。リビングには、ほんのりと落ち着いた空気が漂っていた。シゲルはソファにもたれ、片手に缶ビール、もう片手には熱々のソーセージを持ちながら、ゆったりとした時間を楽しんでいた。


「ほら、クレア。おまえの分も作ってやったぞ」


 根負けしたようにそう言うと、シゲルは調理器から構成した焼きたてのソーセージをプレートのまま差し出す。


「ありがとうございます、お父さんっ」


 クレアはクロの肩から降りテーブルの上に乗り、目を輝かせながらソーセージにかじりついた。


 その様子をちらりと見て、シゲルはビールを一口あおる。


「明日からは俺とアヤコで十分だ。作業ロボットとドローンが組んだプログラムが今も動いているから、人手はもういらん」


「そうだね。クロも明日からハンター業に戻っていいよ。――ノアも、登録済ませておいで」


 アヤコはそう言いながら、端末をテーブルに取り出した。


「これ、中古だけど、私が手を加えてある端末。クロのと似た仕様で、小型ドローンも内蔵してる」


 テーブルに置かれたそれは、コンパクトながら重厚感があり、裏側には超小型ドローンが二機収納されていた。


「……いいんですか?」


 驚いたように目を見開きながら、ノアはそっと端末を手に取る。


「もちろん。ただし――後できっちり請求するから、頑張って仕事して稼いでね?」


 にこりと笑うアヤコに、ノアは苦笑しながら頭をかいた。


「わかりました。しっかり儲けてきます」


 そう言いながら、端末の仕様を確かめるように操作を始める。


 その横で、シゲルは再びソーセージをかじりつつ、低く唸るように言った。


「戸籍は明日の朝には、その端末に送っておく。処理も全部こっちで済ませておく。――でだ、機体の方だが……今は俺の名義で管理してる。その戸籍代のかわりってことでな」


「はい」


 ノアは静かに顔を上げる。シゲルは缶ビールを煽りながら、視線をそらしたまま続けた。


「だがな。おまえがちゃんと稼げるようになったら――同じ値段で売ってやる。その間は、レンタルって形で貸し出しておく。……それと、これも持ってけ」


 シゲルがポケットから取り出したのは、くすんだ銀色の鍵だった。


「……この鍵、なんですか?」


「昔、俺がばあさんに怒られた時に逃げ込んでた家だ。避難用の拠点ってやつだ」


「やっぱり、それか」


 思わずこぼれたアヤコの言葉に、シゲルは肩をすくめて笑う。


「平屋で狭いが、一人で住むにはちょうどいい。ギルドにも近い。地図データは送っておく。自由に使え。ただし……汚ねぇぞ。掃除はしてくれ。家電はそのまま使っていい。壊れてたら――遠慮なく最新に買い替えろ」


 ノアは驚きと戸惑いの入り混じった表情のまま、手のひらの上で鍵をじっと見つめ、やがて大切そうに指先で包み込んだ。


「……ありがとうございます」


 それだけを、静かに口にする。


 シゲルは鼻を鳴らし、手にした缶をもう一口あおった。そして、クロの方を見やりながら、言葉を継いだ。


「クロ。これはお前が下した判断でもある。もし、こいつが――間違った道を歩みそうになったら……」


 その言葉に、クロはほんの少し間を置いてから、まっすぐに頷いた。


「……わかってます。責任をもって、塵にします」


 その一言は、冗談めいた言葉選びでありながら――決して冗談ではなかった。声に込められた意思の重さに、その場の空気が一瞬、静かに引き締まる。


 その覚悟の言葉を正面から受け止めて、ノアは背筋を正し、しっかりとクロを見た。


「……絶対に、後悔させません」


 その声は、決意と、誓いのような響きを持っていた。

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