艦の名を持つということ
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艦内を歩き、クロは静かに食堂の扉を開いた。
そこでは、投影ウィンドウに映し出されたレイアウト図を前に、シゲルが真剣な表情で座っていた。ペンを片手に書き込みを加えたり、パーツの配置を組み替えたりと、図面とにらめっこしている。
「戻りました」
クロの声に、シゲルは振り向くと、口元だけでにやりと笑った。
「迷子にはならなかったみたいだな」
「さっき、お姉ちゃんにも言われました」
少しだけ呆れたようにため息をついてから、クロは端末を取り出して話を続ける。
「指定された物資は、すべて購入済みです。電子領収書を送っておきますね」
「おう。出費は痛いが……それに見合うだけの価値はある」
そう言いながら、シゲルはレイアウトを操作して投影図を一時停止した。そして、まっすぐクロに視線を向ける。
「ところで、クロ。この艦の名前、どうする?」
「……私が、決めるんですか?」
不思議そうに聞き返すクロに、シゲルは当然だと言わんばかりに眉を上げて返す。
「当たり前だろう。お前の艦だ」
「そうですか……。それにしては、艦をずいぶん好き勝手に改装してますけど?」
小さく笑みを浮かべながら返すクロに、シゲルは腕を組んだままふんっと鼻を鳴らす。
「じゃあ聞くが、お前がこの艦の運用やレイアウトを一人で決められるか?」
「……できませんね」
「だろ。だから俺がやってんだ。そして前にも言ったろ。お前の物は、俺の物!」
豪快に言い放つその様子に、クロは一瞬呆れたように沈黙するが、やがて小さく苦笑して言い返した。
「……暴論ですけど、まあいいです。この艦も、私ひとりじゃカバン感覚でしか使えませんし」
淡々とした口調でそう返したクロに、シゲルの顔が一瞬、ぴくりと引きつった。
「お前の方が暴論だわ! なんだよ、カバン感覚って!」
図面を持ったまま詰め寄るように言い返すシゲルに、クロはあくまで冷静なまま肩をすくめる。
「文字通りです。毎回必要なときに取り出して、使い終わったら片付ける。持ち歩き可能。――カバンですよね」
自信ありげに肯定されたその一言に、シゲルは図面を机に放り出し、額を押さえた。
「お前なぁ……常識を学べって、周りのみんなに言われてるの、忘れたのか?」
「冗談ですよ?」
クロはごく自然にそう言ったが、語尾がわずかに上がらず、目も逸らさなかった。
その様子を見たシゲルは、がっくりと肩を落とす。
「いいや、今の顔は本気だった。断言する。まだ一緒に過ごした期間は短いけどな――あれは本気の顔だ」
「……そう見えました?」
「完ッ全に、な。俺が言うんだから間違いない」
シゲルはどこか誇らしげに、だが心底あきれたように溜息をついた。
「まったく……誰が自分の艦を“持ち歩く”なんて考えるんだ。お前くらいだぞ、そんなの」
「え? でも、実際できるじゃないですか?」
「できるかできないかの話じゃねぇんだよ! ……はぁ、頭痛くなってきた」
頭を振りながら椅子に座り込むシゲルを見て、クロはようやく口元にかすかな笑みを浮かべた。
「でも、こうして話すと……不思議と、艦を持ってる実感が湧いてきました」
そう口にした彼女の声には、さっきまでになかった柔らかな温度が宿っていた。
シゲルはそれを感じ取りながら、再び立ち上がり、軽く図面を折りたたむ。
「だったら、名前くらい真剣に考えてやれ。――自分の持ち物なんだからな。カバンでも、艦でもな」
シゲルは苦笑を交えながらそう言い、手元の端末を操作してクロへ一通の申請データを送信する。
「ほれ。艦籍IDの登録書類だ。代金は――お前持ちな」
そのひと言に、クロは眉ひとつ動かさず端末を確認し、すぐに納得したように頷いた。
「了解しました。名前も、考えておきます」
短く答えると、クロは端末を腰元にしまう。
その動きを見ながら、シゲルが念を押すように言葉を続ける。
「期限は一週間。次にマーケットに行く前には、必ず決めておけ。――未登録のまま運用するのは、さすがにまずいからな」
「わかっています。それと、購入品の納品は今日から明後日までの間に、このドックに届く予定です」
「おう。助かる」
クロは踵を返しかけたが、ふと思い出したように振り向く。
「……シャッターが届いたら、教えてください」
そう言ったクロに、シゲルは眉をひそめる。
「シャッター? そんなもん、俺は頼んでねえぞ」
端末の一覧を確認しながら、不思議そうに首を傾げる。
クロは一歩前に出て、淡々と答えた。
「ゲートを作れって言ってましたよね。あれの材料です」
その言葉に、シゲルはようやく合点がいったらしく、手を打つように頷いた。
「……ああ、なるほど。そうだな、ドアよりシャッターの方がでかいし、荷物も運びやすい」
しかし、すぐに渋い顔に戻る。
「でもよ、お前……家にシャッターなんて付ける場所、あるか? 部屋のドアにあんなもん付けたら、おかしいだろ」
「別にドア枠にこだわる必要はありません。壁でも構いませんし、つなげる先のシャッターは輸送艦でも、このドックでも大丈夫です。シャッターの先に空間は必要ありません」
クロの説明に、シゲルは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに頷いた。
「なるほどな……つまり、二つのシャッターをつなげて転送ゲートになるなら、最初から壁に設置した方が効率がいいし、部屋を一つ潰さなくても済むってわけか」
「そういうことです」
クロは小さく頷きながら答える。
シゲルは腕を組み、少し感心したような顔で視線をシャッター設置候補の図面へと向けた。
「――それなら、店の倉庫の外壁に一つ。輸送艦の格納ブロックにもう一つ。これでデカい荷物の搬入も一気に楽になるな」
「搬入だけでなく、緊急時の退避ルートとしても活用できます」
「お前、わりと抜けてるくせに……こういうとこだけ妙に鋭いのな」
シゲルは肩をすくめながら、図面に視線を戻す。
「ありがとうございます」
素直に返すクロに、シゲルは一拍置いてから、半眼になって小さく呟いた。
「……いや、褒めてねぇからな?」
「でも、事実では?」
「やっぱ抜けてるわ」
小さく溜息を吐きながらも、口元にはどこか諦め半分の笑みが滲んでいた。