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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
162/463

方向音痴なバハムート、買い出しへ

誤字脱字を修正いたしました。

ご連絡ありがとうございます。

 バハムートの巨躯がゆっくりと入り、疑似コックピットからクロの姿が滑るように現れる。


「クレア、状態はどうだ?」


 クロの問いに、クレアは宙をふわりと漂いながら、肩の上にちょこんと乗る。


「切り替え自体は問題ありません。ですが……今の私は、“人間体”になれたわけではありませんので、その利点はまだ実感できていません」


「焦らなくていい。今は学ぶことが多い。……順を追えば、自然と進むさ」


 クロがそう返すと、クレアは小さく頷いた。


「はい。精一杯、務めます」


 二人はそのままエレベーターへと乗り込み、アヤコたちの待つ整備ドックへ向かった。


 エレベーターで向かい扉が開くと、目前に現れたのは、クォンタム社製の軍用大型補給艦――『QT-CG・グラウクス』。


 全長240mを超えるその艦体には、複数の大型整備ドローンが取り付き、船体の再塗装作業が進められていた。


 深い軍緑色の塗装は徐々に黒に染まり、上面と側面には一本ずつ、鮮やかな赤いラインが走り始めている。


 そして艦首側、まだ作業途中ではあるが、前面ハッチにはあの赤いマスコット――レッド君のロゴが描かれつつあった。


 クロは一歩踏み出しながら、目を細める。


「この体で見ると……随分と大きく感じますね」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、肩の上のクレアがすかさず返す。


「でも、クロ様の方が……ずっと大きいですよ?」


 素直なその言葉に、クロは小さく笑った。


「そうかもしれませんね。――さて、艦内に入りましょう。クレア、レッド君で作業を手伝ってください」


「はい。お任せください」


 クロはクレアと共に艦内へと進んで、ブリッジに入ると、三人の姿が黙々と動いていた。


 アヤコは中央のコンソール前に浮かび、軍用艦特有の複雑なシステムに自作の管理ソフトを上書きしていく。端末と艦の主制御ラインを直結し、不要な軍事制御領域を一つずつ削除。代わりに、アヤコ仕様の簡易UIが滑らかに組み込まれていった。


 シゲルはその隣で艦体構造の詳細データを解析していた。図面を睨みつけながら、用途に合わせたレイアウトの改装案を組み替えていく。格納庫、居住区、動線――そのすべてが、軍艦から“実用艦”へと切り替わるべく、投影されている映像には再構築が進んでいた。


 一方ノアは、無言で動き続けていた。ブリッジに設けられたメンテナンスパネルを順に外し、配線やユニットを丁寧に露出させていく。知識はなくとも、器用で無駄のない手の動きが、黙々と作業に集中する姿勢を物語っていた。


 シゲルはふとクロに気づき、振り返りもせずに声をかけた。


「来たか。クレア、お前はそこに浮かんでるレッドで、艦内に残ってる軍用品やテーブル、イスなんかをまとめてくれ。左舷前方の積載スペースに全部集めておけ」


「わかりました」


 クレアは即座に返事をすると、クロの肩から軽やかに宙へと跳ね上がり、レッド君の頭にぴたりと着地した。


「レッド君、行きますよ。まずは艦内に残されている軍用品を優先的に運び出しましょう」


 レッド君は無言のまま、だが明確な意思を込めて一度こくりと頷くと、静かに動き出した。クレアを頭に乗せたまま、その小さな体で器用に通路を滑っていき、艦内の作業へと移っていく。


 それを見届けたシゲルは、今度はクロの方へと視線を向けた。


「クロ、お前は買い物だ。さっき送ったデータ、見とけ。全部必要なもんだ。ここに直接配送してもらえ」


 クロは腰元から端末を取り出し、届いたばかりのデータファイルを確認する。


 表示されたのは、専門店や量販施設、以前立ち寄ったことのある総合デパートのリストに加え、用途ごとに分けられた物資の膨大な購入リストだった。


「……けっこうありますね。分量も種類も」


「当然だ。艦の再整備ってのは、こういうもんだ。あと、お前専用のエアバイクも買っておけ。今後、単独での移動が多くなるはずだからな」


「……免許、ありませんけど?」


 クロが真顔のまま静かに言うと、シゲルは鼻を鳴らしながら端末を操作し始める。


「なら、モーターエアーサイクルにしておけ。補助自立型だ。――そこに載ってる総合デパートで売ってる」


「補助装置付き、か……」


 クロが少し考え込むように呟いた、そのタイミングで――


 アヤコが振り向き、口元だけでにやりと笑いながらからかうように言った。


「ちょっと補助付きは……目立つし、あんまり格好よくないよ?」


 その言葉に、クロは一拍置いてからふと目線を逸らし――


「……それなら、あえてそっちでもいいかもしれませんね」


「……は? 逆に? どういう理屈?」


「乗りこなせば、逆に目立ちません」


「……もういいよ。好きにして」


 アヤコが肩をすくめると、シゲルは苦笑しながら最後の確認を入れる。


「とにかく忘れんな。買ったものは全部、ここに配送依頼しておけ。――それと、クロ。お前は本気で迷子になるからな。必ず端末でマップを見ながら動け。……間違っても、迷子になってから通信してくるなよ」


 念を押すように言うシゲルの声に、クロは少しだけ口元を引きつらせた。


「……言い返したいところですが、自覚はありますので。――わかりました」


 微かな苦笑を浮かべながら、クロは腰の端末を手にし、静かに空間を歪ませ姿を見えなくする。次の瞬間、気配ごとその場から転移した。


 転移先は、総合デパートの入口付近。


「……あいつ、マジで大丈夫か?」


 ぼそりと漏らすシゲルの呟きに、アヤコが苦笑混じりに肩をすくめる。


「言っても直らないよ、あれは。マップの見方覚えるより、転移精度の方が正確なんだから、もう諦めた方が早いって」


 そのやり取りを聞きながら、ノアは配線の確認作業を続けていた。


(……あのバハムートに、方向音痴って欠点があったなんて。いや、逆にそれが普通っぽくて安心するというか……)


 ふと笑みがこぼれそうになるのをこらえながら、ノアはネジを緩めていた。

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