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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
159/468

静寂の夜と、どこでも〇

誤字脱字の修正をいたしました。

ご連絡ありがとうございます。

 忠告を終えたクロは、静かに立ち上がると部屋を出てリビングへと向かった。部屋の灯りはすでに落ちていて、わずかに照らすのは外から漏れる淡い街灯の光。無言のままソファに腰を下ろし、クレアをそっと膝に抱き上げる。


「……久しぶりに、寝ない夜ですね」


 膝の上で落ち着いたクレアが、穏やかに見上げながら問いかける。


「ソファで横になるのは?」


「いえ、今日は……ただ、ぼーっとしていようかと。何も考えずに、何もしない。……久しぶりに、そういう夜を過ごしたくなりました」


 クロはそう言いながら、クレアの頭をゆっくりと撫でる。その手のひらから伝わる温もりに、クレアは身を預けるように目を細める。


「……寝ていいんですよ、クレア」


「はい……では、少しだけ」


 そう返したクレアは、安心したように小さく丸まり、膝の上で静かにまぶたを閉じた。


 クロは何も言わず、そのまま背もたれに身を預ける。呼吸を整え、ただ空間の音に耳を澄ませ――時間の流れも忘れるように、数千年の間、幾度となく繰り返してきた「何もしない時間」へと身を浸していった。


 やがて、朝の訪れと共に響くアヤコの驚きの声が、静寂を破るその瞬間まで――クロはただ、静かにそこにいた。


「びっくりしたよ、ほんと。ソファーにじっとしてるクロ、めっちゃ怖かったんだけど」


 朝のリビング、アヤコが口を尖らせながら言う。


「……それは、すみません。以後、気をつけます」


 クロはあくまで平坦に、しかし少しだけ申し訳なさそうに返した。


 朝食を終え、それぞれが身支度を整え始める。アヤコはキッチンを片づけ、ノアはシゲルの手伝いをしていた。


「よし、クロ。この工具と洗浄液も持ってけ。ドローン整備用のやつもまとめてな」


 シゲルは次々とアイテムを指差しながら命じ、それをクロが黙々と別空間へと収納していく。


「これで全部だな。よし、じゃあ俺のドックに向かうぞ! 転移でひとっ飛びだ!」


 意気揚々と宣言したその直後――


「……無理です」


 クロのあっさりとした返答に、シゲルの足がぴたりと止まる。


「は? なんでだよ」


「その場所を知らないので、転移できません。貸ドックなら場所を把握しているので、可能です」


 クロは静かに、しかし明確に断言する。


「チッ……そうか、なら貸ドックでいい。そこからエレベーターで行くしかねえか。面倒だが仕方ねぇな」


 舌打ちをひとつ、シゲルはすぐに切り替えてクロの前へと立つ。


「で、どうすりゃいい?」


「お姉ちゃんは、私の左肩に。お父さんとノアには、私が肩に手を置きます。レッド君は――誰かが持っていてください」


 クロは淡々と告げながら、自分の肩を軽く示してみせる。無駄のない動作。だが、すでに転移の準備は整っているようだった。


「了解。はい、クロ」


 アヤコは即座に左肩へ手を置き、微笑みながら目を閉じた。


 ノアはやや緊張気味に、その場にじっと立つ。次の瞬間、クロの指先がそっと彼の肩に触れた。


 続けてシゲルの肩にも手を置くと、彼は小さく鼻を鳴らす。


「へっ、どんなもんか楽しみにしとくか」


 一方、クレアはレッド君の頭に器用に乗っかり、そのままちょこんと座ると、レッド君をアヤコに持ってもらうようお願いする。


「アヤコお姉ちゃん、お願いします。私はここで問題ありません」


「では、目を閉じてください。慣れていないと少し、気分が悪くなるかもしれません」


「よし、さっさとやれ」


 シゲルの言葉が合図のように響き渡る。


 その瞬間、空間が微かに軋むように揺らぎ、光の粒が弾けるように走った。一瞬、世界のすべてが「止まった」かのような感覚に包まれ――次の瞬間、ふわりと身体が浮き上がる。


 足裏から重力が消え、全身が宙に投げ出されたような無重力の浮遊感。


 視界が安定すると、彼らの目前には――天井高く広がる貸ドック。その中央に仰向けで寝ている、巨躯なバハムート。


 その胸部には、伏せているヨルハの姿。


 そして右腕には、今もなおしっかりと保持されている、元ウインドの機体――ストームシュトルム。


 クロの転移によって、一行は確かにバハムートの眼前へと、静かに、寸分の狂いもなく降り立ち浮かんでした。


「目を開けてもいいですよ」


 クロの一言に促され、全員がゆっくりとまぶたを持ち上げる。


 視界に広がるのは、無重力空間の整備ドック。浮遊感の余韻がまだ残る中、最初に声を発したのはシゲルだった。


「……不思議な感覚だな。地面が一瞬で消えて、次には体が浮く。まるで夢の中だ……。これ、俺にもできねぇのか?」


 思わずぼやくように言ったその言葉に、隣のアヤコが呆れたように返す。


「できるわけないでしょ、じいちゃん。頭、大丈夫?」


「うるさいな。……エアカーで移動するのって、正直めんどくせぇんだよ」


 腕を組みながらぶつぶつと文句をこぼすその姿は、どこか子どものようでもあった。


 そのやり取りを横で見ていたノアが、少し遠慮がちに口を開く。


「……夢の技術ですよね。でも、クロさんだからできることです。僕らじゃ真似できません」


 静かな声には、畏れと敬意が同居していた。


 クロはノアの言葉に何も返さず、ただ静かに前を見据えたまま、わずかに間を置いて口を開いた。


「――できなくはありません。ただ、設置には“ドア”が二つ。それと、それらを固定する“場所”が必要です」


 その声音はいつも通りの無感情だったが、言葉の端にはどこか現実的な重みが滲んでいた。


「なんだ、できるんじゃねぇか!」


 シゲルが乗り出しながら声を上げる。けれど、その勢いを打ち消すように――


「……ただ、あまり作るなと――“言われて”いますので」


 クロは視線を落としながら、淡々と告げる。その語尾には、わずかな間とためらいがあった。


 アヤコが、ふと何かに気付いたように声を漏らす。


「――あ。……そっか」


 クロはそっと頷いた。


 そして、ほんのわずか視線を逸らし、ぽつりと――それでもはっきりと告げた。


「……“神”に、です」


 その一言で、空気が――音もなく、凍りついた。

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― 新着の感想 ―
そういえばストームシュトルムって絶妙な11歳感が上手いなと。 英語だけじゃないんだぞと思いながら重なりがカッコいいと思うあたりに。 中二病にはやや早く、スーパーウルトラみたいなのは卒業のライン。絶妙。
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