ギルド資金と政治の影
クロは端末をカウンターに置き、背を向けていたグレゴに声をかける。
「狩りを行ってきましたので、確認と買取の入金をお願いします」
グレゴは前を向き直ると、無言のままギルドの端末に手を伸ばす。その表情が、わずかに仕事モードへと切り替わるのが見て取れた。
一瞬、眉がぴくりと動いたが、特に言及はせず画面を流し読みしながら口を開く。
「……こいつは、最近出回ってるやつか」
「はい。ちょっと無差別なのが気になったので」
淡々と返すクロに、グレゴは一応の納得を示しつつ、低く唸る。
「もっと高いやつを狙っても良かったと思うぞ。それと――移動距離がおかしいって気づくやつも出てくるかもしれん」
「わかりました。……そういえば、気になってたことがあるんですが、今聞いても大丈夫ですか?」
グレゴは手を動かしたまま、ちらりと視線を寄越す。「なんだ」という無言の合図に、クロはすぐ本題を切り出した。
「資金って、どうなってるんです?」
「資金?」
「はい。ギルドの運営資金です。賞金首の報酬や買取金額って、どこから出てるんですか?」
グレゴは手を止め、少しだけ考えるように視線を上げた。そして、ぶっきらぼうに天井を指さす。
「ジンに聞け」
「……はい」
クロが小さく頷くと、グレゴは再び画面に目を戻した。
「そっちの方が、データ表示も見れていいし判り易い。……よし、端末はもういいぞ。今回は塵にしなかったんだな」
「はい。ちょっと見たことのない機体だったので、捕獲して売るか、自分で使うか考えてみようかと」
クロの言葉に、グレゴはふむ、と頷いた。だが次の瞬間、カウンター越しに身を乗り出し、声をひそめて問う。
「――本当の目的は?」
その問いに、クロは目を逸らすことなく答えた。
「少し、厄介な状況になったので……捕まえて、殺しました」
言葉は淡々としていたが、奥にわずかな疲れと決意が滲んでいた。
グレゴはその目をじっと見つめたまま、声を落とす。
「……ホントか?」
「そういうことにしていただければ」
クロが静かに答えると、グレゴは渋い顔をして一瞬だけ沈黙した。それでも、詮索はせずに短く一言だけ返す。
「……わかった」
それが、この件に対するギルド側の“黙認”という合図だった。
クロは軽くお辞儀をし、そのまま階段を上って二階のデータ室へと向かう。扉の前に立ち、軽くノックすると――すぐに聞き慣れた声が返ってきた。
「どなた?」
「クロです。聞きたいことがありまして」
「どうぞ」
変わらぬ調子で返されたその言葉とともに、扉が静かに開かれる。中からは、ジンの落ち着いた気配が迎えていた。
「今日はお客さんが多いわね」
ジンは微笑みながら、手で椅子を示してクロを促した。
クロは一礼しつつ席に着くと、静かに口を開く。
「本日はありがとうございます。お姉ちゃんとジンさんのおかげで、買取価格が上がりました」
礼を述べるクロに、ジンはそのままの穏やかな笑みを浮かべたまま、さらりと返す。
「いいのよ。もともと、グレゴが安く見積もり過ぎてたから。――でも、本来はクロが言わなきゃいけないことよ」
そう苦言を交えながらも、ジンは穏やかな笑みを浮かべつつ、クロの向かいに腰を下ろす。
「今でも十分いただいている感覚でしたので……あまり気にしていませんでした」
クロが静かに返すと、ジンはくすっと笑った。
「まあ、数千年もお金から離れてたんだものね。価値の感覚がズレてても仕方ないかしら」
冗談めかしつつも、その目は優しかった。
「それで、今日はそのお礼かしら?」
「それもありますが……ひとつ、気になっていたことがありまして。ギルドのお金って、どうなっているんです?」
その問いに、ジンは「そういうことね」とでも言いたげな表情を浮かべ、手元の端末を操作する。
「ふふ、いい傾向ね。お金の流れに関心を持つのは大事なことよ。これからも、何か気になったら遠慮なく聞いて」
やがて、空中に投影された映像がふわりと広がる。そこには、ギルドを中心にした資金の流れが図示されていた。
「まず、ハンターギルドは各国のコロニーに一つずつ。惑星には主要都市に、そして宇宙の要所には中継施設が設けられているの。その運営や維持には当然、資金が必要よ。主な財源は――各国からの支援金、企業からの献金や手数料、それに民間からの手数料ね」
ジンの声に合わせて、投影された画面がふわりと切り替わる。そこには矢印と数値で整理された資金の流れが、美しいグラフィックで描かれていた。
「依頼の場合は、まず依頼主がギルドに手数料を支払って正式な受付が行われるの。その後、依頼が達成されれば、成功報酬として依頼料がハンターに支払われる仕組みよ」
クロはその説明に軽く頷きながら、静かに疑問を挟んだ。
「……よく出来ていますが、それでも赤字になったりしないんですか?」
「これは、まだ一部にすぎないわ」
ジンは微笑を浮かべながら操作パネルに手を伸ばし、再び映像を切り替える。今度は、戦艦や装備、資材などの図解と再流通のルートが映し出された。
「クロも経験しているでしょう? 資材や物資の買取、それに戦艦や輸送艦、戦闘機や支援機、起動兵器、武器などの捕獲・回収ね。これらはギルドが買い取ったあと、資材や物資は小売店に卸し、戦艦などの兵器類は中古ショップやジャンクショップ――シゲさんのところにも流しているのよ」
最後だけ、ジンは意図的に少しだけ声を和らげた。その口調には、どこか親しみと信頼が滲んでいた。
再び映像が切り替わり、今度はギルドマークのついた商品群が表示される。衣料品、携帯食、補助装備……その中には、クロの身に着けている服も含まれていた。
「他には、今クロが着てる“ワイルズ”シリーズみたいに――ギルドと提携している商品の販売権ね。“ギルド印”は信頼性が高いから、市場でもよく売れているわ」
表示された商品の数に、クロは少し目を見開く。
「……かなり……いえ、これはもう“広大に手広く”というレベルじゃありませんね」
そう呟いたあと、ふっと表情を引き締め、真剣な目でジンを見つめた。
「ひとつ、気になることがあります」
「なにかしら?」
ジンが穏やかに問い返すと、クロはわずかに言葉を選びながら続けた。
「……政治は、企業は、ギルドに介入しようとしませんか? 支援金や献金を“交渉材料”にして圧力をかけてくることも、ありえるのでは」
その声は静かだったが、眼差しは鋭く、確かな懸念を宿していた。