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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
145/463

壊れゆく自我と神の所業

 その“答え”を、ウイングは認めたくなかった。だが、自身に起きた出来事、そして今までしてきたこと。その全てが、ゆっくりと脳裏に滲み出していく。言い訳も否定もできない。考えをまとめる余裕もないまま、ウイングの思考は泥濘の中を彷徨っていた。


 そんな彼に、クロが静かに問いを投げかける。


「……先ほど、“チュートリアル”と言っていましたね。そこで、何を言われました?」


 ウイングは顔を上げる。焦点の定まらない目で、記憶の糸を辿るように口を開いた。


「……何もない、白い部屋みたいなところにいて……目の前に、お爺さんがいた」


 ぽつり、ぽつりと、思い出すように言葉を紡ぐ。


「そこで……そうだ。“二度目の生に興味はあるか”って聞かれた。チュートリアルの一環だとしか思ってなくて……早く進めろよって気持ちで、“ある”って答えた」


 言葉に連れて、記憶が少しずつ鮮明になっていく。


「……それから、ゲームのようなキャラクリが始まって……自分の姿を作って、名前を入力して、スキルを一つもらった」


 そこまで言うと、ウイングはふとバハムートの方へ視線を向けた。


「“なんでも切れるスキル”。“絶対切断”って名前だった。それと……この専用機も、あのとき一緒に渡されたんだ」


「確かに、よく切れていました。……もう治りましたが」


 クロはそう返しながら、本体を一瞥する。あれほど刻まれていた無数の傷跡は、今や完全に消え失せていた。


「さすがはクロ様です。この大バカ者とは月とスッポンです!」


 クレアが誇らしげに言い放つ。顔をしかめるウイングだったが、自身の行動を思えば反論の余地はない。ただ、唇を噛み、肩をわずかに震わせるのみだった。


「クレア、少しだけ静かにしててくださいね」


 クロはやんわりとクレアをたしなめつつ、再びウイングに視線を戻す。


「……それで、そのあと、何を言われました?」


 ウイングは目を伏せ、記憶を手繰るように口を開いた。


「……それから、“ステータスを振っていい”って言われて……。お爺さんが操作方法を説明してくれたんです。ステータスの出し方や、ウィンドウの使い方、ログアウトについての注意……いくつか“禁則事項”もあった気がします」


「――今は、そのステータス。出せますか?」


 問いかけるクロに、ウイングは小さく首を振った。


「……無理です。あなたに会うまでは普通に使えていたんですが……今は、もうまったく。スキルを“使える感覚”だけは残ってるんですけど……ステータスも、ウィンドウも、全部、出せなくなってます」


 その答えを聞いたクロは、静かに目を伏せ――そして、次の瞬間、その口調を変えた。


「……もう、わかっていると思いますが。俺も――“転生者”だ」


 少年のような低い声。先ほどまでの穏やかな響きは消え、言葉の一つひとつが鋼のように硬質だった。


 同時に、クロの瞳が黒から金へと変化する。光を宿したその目が、ウイングを真正面から射抜いた。


「――さて。もう“答え”は出ているはずだ。お前はその“お爺さん”……いや、“神”に、何を言われた?」


 刹那、空気が変わった。


 言葉ではなく、“存在”そのものが放つ威圧に、ウイングの背筋が凍りつく。


 今までただの少女の姿に見えていた存在――その“異質さ”が、一気に濃く迫り出す。


「『すべてを壊せ。お前は――ゲームの主人公だ』って……」


 かすれた声で、ウイングは呟いた。


「……あなたが買ったゲームの名前は?」


 クロの問いかけは淡々としていた。だが、それがかえってウイングを追い詰める。


 ウイングは目を泳がせ、唇を震わせた。


「……あれ? なんだっけ……タイトル……あれ……?」


 次第に全身が震え始める。


「いや、いやいやいや……買ったんだよ……ちゃんと……お父さんに頼んで……プレゼントしてもらって……!」


 言葉が崩れはじめる。


「友達みんなやってたし……俺も……だから……ゲームは……ゲームのはずで……そうでなきゃ、おかしくて……!」


 声が震え、語尾が掠れていく。必死に言い聞かせるようなその独白には、明確な理が欠けていた。


 クロは、感情を込めることなく問いかける。


「……ゲーム以外のことは、思い出せますか?」


 その言葉に、ウイングはぴたりと動きを止めた。わずかな沈黙ののち、掠れた声で答える。


「……名前は……山田太郎。11歳で……東京にいたはず、たぶん……」


 だが、次の瞬間、言葉がねじれる。


「……いや、違う……山田じゃ……ない? あれ……おかしい……?」


 言葉の端が震える。


 自分の名前が、本当にそうだったのかがわからない。


 懸命に思い出そうとする。けれど、霧の中を掴もうとするように、輪郭は曖昧なまま、指の隙間から零れていく。


「……わからない……なんで……俺の名前、俺なのに……どうして……?」


 声が、呼吸と共に震えながら消えていった。


 その様子を、クロは黙って見つめていた。


 崩れていく少年。名前さえ曖昧になり、自分という存在すら揺らぎ始めた姿。そこにあるのは、ただ一人の子どもとしての――恐怖と混乱だった。


 しばしの沈黙の後、クロはゆっくりと顔を上げ、天井の向こうにある“何か”を睨むように視線を向けた。


「……どうやら、“神”とやらの中にも、屑が混じっているようだな」


 口調は穏やか。だが、その声音には微かに滲む怒気と冷笑が含まれていた。

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― 新着の感想 ―
うわぁ……ゲーム売ってたどころか夢の中か何かでさらったんかぁ? マジ邪神悪神やん……。
意図的に連れてこられちゃったのかね〜orz くわばらくわばら…
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