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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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転生の痛覚と記憶の輪郭

 ドックへ戻ると、機体はゆっくりと、いつも通り仰向けの姿勢で格納される。周囲のシステムが稼働し、圧力が安定。続いて気密が解除され、内部に空気が充填されると、緑のランプが静かに点灯した。


 バハムートとヨルハの胸の一部が淡く輝き、そこから、それぞれクロとクレアの分身体が姿を現す。


 そして迷いなく、バハムートの右腕へと向かった。そこには、沈黙を貫いたままのストームシュトルムの残骸が抱えられている。


 クロが、コックピットと思しき箇所を軽くノックする。


「聞こえていますか? 出てきてください」


 返事はない。気配も反応も、まるで封じられたかのように途絶えていた。


 その静けさの中で、クレアが首をかしげながらぽつりと呟く。


「クロ様。塵にしないのですか?」


 それまで沈黙を保っていた機体の内部から、唐突に、掠れた驚きが漏れた。


『い……犬が……喋った……!?』


 その一言に、誰よりも反応したのはクレアだった。


 クロの肩越し、姿勢を低くしながら唸るように身を乗り出す。


「私は犬ではありません。――狼です!」


 語気の鋭さに、機内の空気が微かに震えたような錯覚すら生まれた。


「……クレア、その話はあとにしましょう」


 クロの声は淡く冷静だった。だがすぐに、口調が一変する。


「聞こえているなら出なさい。そうでなければ――殺します」


 静かに、しかし鋼のように揺るぎなく告げられた宣告。慈悲も、説得もない。ただ一つの選択肢が、突きつけられる。


 しばしの沈黙のあと、内部から電子音が響き、胸部のコックピットがゆっくりと開く。


 ドックの明かりが斜めに差し込み、内部を照らした。


 そこに現れたのは、十五歳ほどの少年だった。


 ぼんやりとした光に浮かぶその姿は、どこか作り物めいていた。緑色の短髪。整った顔立ち。美しい骨格と、適度に引き締まった細身の体躯。


 まるで“理想のアバター”。キャラメイクで造られたような、完成された外見だった。


 クロは一瞬だけ、目を細める。


(……俺も、こういう見た目に憧れた。でも――今はどうでもいい)


 今の自分の姿が「女神の因子による固定」であることを理解していても、未練が完全に消えたわけではない。だが、その想いを胸の奥へ押し込め、クロは口元だけで静かに微笑んだ。


「さて。こうして顔を見るのは、これが初めてですね。どうです? この世界の“現地住民”の姿は」


 皮肉めいた声音は、ウイングの胸に、ゆっくりと杭を打つように響いた。


 少年は肩を震わせ、うつむいたまま頭を抱える。


「……まず、確認したいのですが」


 クロは声を落とし、淡々と問いを投げた。


「あなた。前の世界で――死んでいませんか?」


 その一言に、ウイングの顔がぴくりと動く。やがて視線を上げたその瞳には、今にも涙を零しそうな、崩れかけた脆さが滲んでいた。


「わからない……」


 その声は、霧の中を手探りで進むような、頼りなさに満ちていた。


「覚えているのは……フルダイブ式のVRゲームを買って……専用のヘッドセットと、思考検知装置を首に装着して……ゲームを起動したこと」


 断片的な言葉は、記憶を辿るというより、引きずり出された破片のようだった。


「それから……鋭い痛みが全身を走ったんだ。その後、チュートリアルが始まって、爺さんが出てきた」


 ウイングの声は、震えと混乱を含んでいた。記憶か、予感か。その境界も曖昧なまま。


 クロは黙して、その情報を組み立てる。


(フルダイブ。思考検知装置。全身への痛覚反応……)


 いずれも、クロのいた世界では存在しなかった技術だった。少なくとも、自身が知る限り、実用化された事例はない。


(やはり……彼は、“並行世界”の住人)


 同じようでいて、決定的に異なる世界。選ばれた技術、文化、そして……終わり方。


(私のいた文明では、フルダイブも“思考を読む装置”も実用化されていなかった。そんなものが一般流通している時点で、同じ時代ですらない)


 しかし、クロが最も引っかかっていたのは、別の一点だった。


(――痛み。フルダイブで“痛み”を感じる?)


「その“痛み”、どこで感じました?」


 淡々とした声音に、鋭さが混じる。


 ウイングは顔を上げ、目を見開いた。


「……全身に……だったと思う。けど、もしかして……」


 言葉が、口の中で崩れていく。


 クロはそれを断ち切るように、はっきりと口にした。


「――その瞬間、あなたは“死んだ”可能性が高いですね」


 その言葉が落ちた刹那、場の空気が張り詰め、静寂が重く垂れ込める。


 息を呑む音すら消え、空気は沈黙の底へと沈んだ。


「そして……自覚のないまま、“並行世界”からこの世界に送り込まれた。自分が死んだことにも気づかずに、“転生”という形で」


 クロの声音はあくまで穏やかだった。だがその言葉には、否定の余地を与えない、冷たく硬い現実が宿っていた。


 断定ではない。けれど、それは――すでに答えに限りなく近かった。

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― 新着の感想 ―
まぁ現実と気づけただけマシか。 スパ◯ボ◯Gの奴みたいに最期の時までゲーム内だと思い込んでるとかは哀れすぎる…。
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