見せかけの“最強”と重力の痒み
やがて航路を進むうちに、別の被害現場が視界に入る。先ほどと同様、無残な光景が広がっていた。吹き飛んだ構造物と、焼け焦げた機体の残骸。爆風に巻き込まれたコンテナが歪んで転がり、その表面には、ある民間企業のロゴがかすかに残っていた。
「これは……」
クロの瞳が細められる。
ロゴが示すのは、以前から名の知れたライバル企業だった。だが今、その看板の重みは失われ、ただ静かに風に晒されているだけだった。
『ひどい……ライバル会社とはいえ、これは……生存者は……いないですか?』
肩越しの通信越しに、沈痛な声が届く。クロはオープンチャンネルへと切り替え、静かに呼びかけた。
「誰か……聞こえますか? 私はハンターのクロです。生き残りがいたら、返事をしてください」
応答はなかった。
風の音さえ届かぬ空域に、返事を期待するにはあまりにも虚しい沈黙だけが漂っていた。
「これが最後です。もし応答がなければ……このまま通過します」
そう告げた瞬間――
『……本当に、ハンターですか?』
掠れた男の声が、通信に割り込んできた。
「はい。今からデータを送ります。ご確認ください」
クロは即座にギルド認証用のハンターデータを転送し、沈黙の中で返答を待つ。
数秒ののち、かすかなノイズとともに通信が再び開かれる。
『確認しました……ごめんなさい』
その言葉には、どこか含みがあった。
クロは微かに眉を動かし、落ち着いた声で応じる。
「そちらのデータを、いただけますか?」
一拍の間――そして、冷えきった声が返ってきた。
『はい……お前が死んでからな!』
その言葉と同時に、閃光が空間を裂いた。
高速で収束されたビームが一直線に放たれ、バハムートを狙って突き刺さる。
けれど、バハムートは微動だにしない。
空気が震えるほどの熱量がぶつかったにもかかわらず、外殻は傷ひとつ負っていなかった。
バハムートは、目の前に広がる攻撃の余波を見やりながら、わずかに視線を横に滑らせる。
「ヨルハ、そのまま護衛を継続してください」
その声は冷静で、揺るぎない。
次いで、通信回線を切り替え、護衛対象である民間輸送船へと呼びかける。
「ホワイト急便、こちらハンターのクロ。私が盾になります。速やかにこの宙域から離脱してください」
反撃ではなく、まずは守ること。
自らを囮に差し出しながらも、その姿勢には一分の迷いもなかった。
敵からの追撃はなおも止まない。だが、バハムートの巨体はそのすべてを受け止め、微動だにせず宙域に留まり続けていた。
背後では、ヨルハが徹底して輸送艦の防衛を続けている。航路の乱れや妨害に即応しつつ、輸送艦――ホワイト急便が徐々に安全圏へと距離を取っていく様子を、クロは静かに見守っていた。
その最中、突如としてチャンネルが開かれる。
『おいおい、これだけ撃って無傷ってか……いいねえ! これがボスってわけだ!』
雑音混じりの通信には、余裕とも酔狂ともつかぬ声が乗っていた。
挑発めいた口調。そして、自分の攻撃がまるで通じていないことへの驚きと興奮が隠しきれていない。
バハムートの体には、傷どころか焦げ跡すら残っていない。
バハムートはその“ボス”という言葉にわずかに眉をひそめるが、今は応じることなく、優先すべき任務に意識を戻す。
敵の情報は後で回収すればいい――今は輸送艦の安全を確保することが先決だ。
ゆっくりと姿勢を正し、通信に応じる。
「……弱いですね。少なくとも私の基準では」
一拍置き、口調を変えて言葉を継ぐ。
「もしかして……最近この宙域で好き放題暴れていた“間抜け”って、あなたのことですか?」
その声音は静かで、どこか柔らかさすら含んでいた。
挑発の色は抑えられている。だが、言葉の奥にあるのは、明確な上下と――揺るぎない確信。
余裕の笑みすら想起させるその問いに、通信の向こうから噛みつくような声が返る。
『はぁ? てめぇ、ナメてんのか?』
反射的に噴き出した怒気とともに、男の声が跳ねる。
『あんなもん、そこのNPCからドロップしただけの装備なんだよ! 俺の本気はまだだし! お前なんか、最強武器でワンパンだっつの!』
言葉は荒く、子供じみた自尊心を剥き出しにした勢い。
その直後、怒りを叩きつけるように、新たな攻撃が放たれた。今度は、先ほどのビームとは異なる性質の兵装。
遠方から放たれたエネルギー弾は、重力場をまとって弧を描きながら加速し、バハムートの装甲に直撃する。
衝突の瞬間、空間が不自然にねじれ、周囲の微細な機器が一瞬軋むような振動を発した。高密度の重力場が局所的に発生し、光さえもわずかに引き寄せられたように揺らぐ。
『どうだ! 俺の最強兵器グラビティーバスターはよ! ビビったか!?』
得意げな声が、通信越しに響く。
だが。
「……どうもこうも、ありません」
クロの声は、いつも通り淡々としていた。
「ただ一つ、お願いがあるんですが」
呆れを込めた調子で、静かに言葉を継ぐ。
「遠距離から、チマチマ撃たないでもらえますか? 攻撃を受けた箇所が、少し痒くて」
まるで、蚊に刺された程度の不快感。
その一言に込められた“格の差”は、言葉以上に重く――静かに相手を嘲るものだった。