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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
転生者とマーケット
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腐敗航路の真実

 現場でしばらく様子を見ていると、クロの端末に通信が入った。発信元は、この宙域を通過しようとしている一隻の輸送艦だった。


『突然の通信、失礼します。こちら、ホワイトライオン急便です。現在この近くの惑星に配達中なのですが、少しお時間よろしいでしょうか?』


 やや緊張した口調に、クロは平坦な声で応じる。


「はい、私はクロ。ハンターです。どうされました?」


 遠く宇宙の彼方に、白を基調とした輸送艦の姿が見える。船体の側面には、白いライオンが可愛らしくデフォルメされたロゴが描かれていた。誰の目にも一目でそれとわかる、愛嬌のあるデザインだ。


『実は、恐縮ながら……しばらく護衛していただけないかと思いまして。ただ、申し訳ありませんが報酬の用意ができなくて……』


「構いませんよ。報酬の替わりに、少しお話を伺いたいですし」


 そう答えると、バハムートの巨体はゆるやかに進路を変え、ホワイトライオン急便の輸送艦へと近づいていく。


 その比較によって、彼我のサイズ差がより際立つ。通常の輸送艦ですら大型とされる中で、バハムートは桁違いの巨躯を誇っていた。近づくだけで圧が空間に染み出すようだった。


『あっ、やっぱり……貴方、F18コロニーのドックにいた方ですよね? 一度見かけたことがあるんです。ドックのシャッターから、巨大な脚がニュッと出てきて――正直、心臓止まるかと思いました』


「……それは。すみません」


 素直に頭を下げるクロの声には、かすかな苦笑が滲んでいた。


「すみません。護衛の一環として、私のサポートユニットをそちらの艦上に乗せておきたいのですが――問題ありませんか?」


『え、ええ。輸送艦に損傷さえなければ……大丈夫です』


 控えめながらも快諾の返答が返ると、バハムートはそっと右肩に視線を向け、軽く頷いた。


 ヨルハは即座に動く。肩から静かに跳躍し、重力の存在しない空間を優雅に滑空すると、輸送艦の甲板上に無音で降り立った。


 着地と同時に、艦の動揺ひとつなく、完全な静寂のまま姿勢を安定させる。


『おお……!? 本当に、衝撃ゼロ……!』


 通信越しに驚きの声が漏れた。


「優秀ですので。――では、行きましょうか」


 クロがそう静かに告げると、バハムートの双翼が一度だけ脈動し、周囲を警戒するようにゆるやかに航路を旋回し始めた。ホワイトライオン急便の輸送艦を護るように、静かに並走を始める。


「それで――ひとつ伺ってもいいですか? なぜ皆さんは、こんな危険な航路を使うのですか?」


 問いかけに、通信越しの操縦士は一瞬言葉を詰まらせた後、ため息混じりに答える。


『……それしか、ないんです。他のルートを通そうにも、開拓には安全確認や通行許可、星系間の協定手続きなど、膨大な調査と時間が必要で……』


 声には、どこか疲れのような色が滲んでいた。


『結局、最初に通された“比較的マシ”な既存ルートを使うしかない。だから、たとえ危険でも避けられないんです』


「……ですが、本来なら軍が巡回しているのでは?」


 クロが静かに問い返すと、通信の向こうから再び息を吐く音が聞こえた。


『本来は、そうなんですが……この国、巡回してもらうには“賄賂”が必要なんです』


 沈んだ声。言葉の奥にあるのは、諦めでも怒りでもなく――ただ呆れたような、乾いた現実だった。


『上に行くほど腐ってますよ。軍も行政も、全部。……護衛が欲しけりゃ金を積め、って話です』


「なるほど。では……なぜ、そちらで護衛を雇わないのですか?」


『それが、一番簡単な理由で――予算が無いんです』


 苦笑するような響きが交じった。


『社内に護衛部門はあります。でも、最近の襲撃で大破して。補充しようにも、被害が多すぎて、間に合ってないんですよ……』


 その言葉には、単なる事情説明を超えたものが滲んでいた。限られた資源と人員の中で、何とか命を繋ごうとする者たちの、静かな叫び。


「……なるほど。被害が急増したのは、最近のことですか?」


 クロが静かに問いかける。


『最近――というより、徐々に広がってきている感じですね。ここ数年、少しずつ悪化していて……』


 通信の向こうで、小さく吐息が漏れる。


『ただ……ハンターの皆さんが、海賊や犯罪組織の拠点を潰してくれているおかげで、状況は徐々に落ち着いてきてはいたんです。ほんの、つい最近までは』


「……“バカ”が現れるまでは、ですね」


 クロの言葉に、相手は短く沈黙し――やがて、苦い声で応じた。


『……はい。あれ以降、このルートも無差別に襲われるようになりました。規則性も、目的も不明で……』


 悔しさと、かすかな焦燥が混じる。


『幸い――と言うべきかは迷いますが、現状ではまだ弊社の輸送部門に直接の被害は出ていません。ただ、時間の問題ですね……』


 クロは、その言葉の端々から、相手の苦労を感じ取っていた。同情とは少し違う。だが、不運の中で任務を果たそうとする姿勢には、どこか不憫さが滲んで見える。


「……そうですか。会社として正式な依頼があれば、多少は料金を抑えて護衛を請け負うことも可能です。ご検討ください」


『本当ですか? いやあ、ありがたい……! 上にはちゃんと伝えておきます。その時は、よろしくお願いしますね』


 感謝の声に、ほんの少し笑みがにじんでいる。その裏にあるのは、礼儀正しさだけでなく、どこか“わかってます”という気配だった。


「ええ。ただ、あまり頻繁に頼られると困りますので……そのへんは、ほどほどにお願いします」


『ははっ、そこは大丈夫です。何回も頼んだら、逆に怒られそうですしね』


 苦笑めいた響きに、クロもわずかに目を細める。冗談のようでいて、しっかりと“線を引くこと”も忘れない会話。それは、危機の中で生き抜く者同士が交わす、静かな了解でもあった。

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