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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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働き者たちと“想像力”の食卓

 玄関を開けたクロの耳に、奥の店舗からなにやら賑やかな物音が届いた。何事かと顔を覗かせると、そこには――レッド君の頭にちょこんと乗ったクレアが、あれこれと指示を出している姿があった。


「可愛すぎる……っ!」


 アヤコは、頬を押さえて今にも昇天しそうな勢いで叫び、シゲルはどこか諦めたように頭を掻いていた。


 クレアは得意げに尾を立て、レッド君の額に乗ったまま軽やかな声を響かせる。


「では皆さん、クロ様のために頑張りましょう。まずは閉店作業からです!」


 その言葉に、レッド君はこくんと頷くような動作を見せた。


 ……が、その瞬間。


「きゃっ」


 クレアの身体がふわりと浮き、バランスを崩しそうになる。しかし、彼女は器用に尾と足で踏ん張り、どうにか落下を免れる。


「よ、よし……気を取り直して続行ですっ」


 気合いを入れ直したクレアの指示で、レッド君はきびきびと店内を動き始めた。掃除道具を運び、照明の調整にまで手を伸ばすその様子は、まさに忠実な助手そのもの。


「……楽しそうですね」


 クロがそう声をかけると、クレアは即座にレッド君の頭から軽やかに跳び降り、そのまま迷いなくクロの肩へと着地した。やはり“定位置”が一番落ち着くのか、満足げに喉を鳴らす。


「クロ様。この“レッド”とかいう者は、私たちの下僕なのですね」


 どこか得意げにそう言い切るクレアに、アヤコが慌てて口を挟む。


「ちがうよ、クレア。レッド君は“マスコット”。このお店の顔になるんだよ」


 だがクレアは即座に反論するように、小首を傾げながらきっぱり言った。


「顔はクロ様です」


「いや、だから違……」


「二人とも違う! 俺が店主だ!」


 突然のシゲルの声が場を割り、思わず全員が吹き出す。和やかな笑いが店内に広がる中、レッド君は黙々と作業を終えていた。


 いつも通りの順番で風呂を終え、クロはリビングのソファに腰を下ろしていた。手にしているのは、新たに調整されたリボルバー。掌に収め、握り直し、トリガーに軽く指をかけて――その感触を静かに確かめていく。


 傍らでは、アヤコとレッド君が調理プレートから盛りつけたハンバーグと温野菜の皿をテーブルへと運んでいた。


「いや~。レッド君には悪いけど……すっごく便利だよね」


 アヤコが笑い混じりに呟くと、クロはごく自然な調子で返す。


「家族の補助用途にも適していますから。遠慮なく使ってください。彼は二十四時間、不眠不休で稼働できます」


 その返答に、アヤコは思わず小さくため息を吐いた。


「……だから、そういう発想がもう、常識外れっていうか」


 とはいえ、反論はないまま支度を終え、アヤコはソファへと腰を下ろす。


 クロは視線をレッド君へ向け、簡潔に指示を出す。


「レッド君。防犯モードに入ってください」


 レッド君は小さく頷くと、すぐさま玄関近くの壁際――扉の横に静かに待機する。無音の動作がむしろ頼もしさを際立たせていた。


「クロ様、それ……なんですか?」


「リボルバーというビームガンです。なかなか精度も良くて、満足しています」


 そう言って、クロはシリンダーラッチに指をかけ、リボルバーを滑らかに開いた。シリンダーが反転し、使用済みのエネルギーCAPがわずかな音を立てて落ちる。彼女はそれを目で追うことなく、すぐさまスピードローダーを取り出して新しいCAPを挿入した。ボタンを軽く押すと――カシャン、と心地よい金属音が響き、再装填は一瞬で完了する。


「……もう少し、装填を早くできればいいんですけど。あと、落ちたCAPを拾うのがちょっと面倒ですね」


 クロがぼそりとこぼすと、アヤコがフォークを持った手を止め、何かを思いついたようにこちらを見る。


「たとえばだけど――別空間にエネルギーCAPを入れておいて、リボルバーをそこに差し込むだけで自動で装填される……そんな仕組みって、無理なの?」


 その言葉に、クロはふと動きを止め、しばし考え込む。そして何かを試すように、落ちたCAPを拾い上げ、別空間に格納する。


 続けて、クロはリボルバーの撃鉄下に表示されたエネルギー残量を一瞥する。最大値――フルチャージが示されていることを確認すると、小さく別空間を展開し、その中にリボルバーを一瞬だけ通した。


 再び残量表示を見ると、そこには――試射時の消費を反映した、残量の減った数値が記されていた。もう一度、同じ操作を繰り返す。今度は残量が――再び最大に戻っていた。


「……できますね。要は――想像力の問題、ということでしょうか」


 静かにそう呟いたクロの瞳は、わずかに細められ、どこか楽しげな光を帯びていた。その目には、技術の可能性を試す喜びが宿っていた。


 アヤコはその様子を見ながら、少し呆れたように、けれど微笑みを混ぜて肩をすくめる。


「クロ、それはいいけど――ご飯、食べよう」


 声に促され、クロが目の前のテーブルを見ると、アヤコとシゲルはすでに半分以上を平らげていた。そして、テーブルの上ではクレアが――苦手な野菜と、真剣勝負の最中だった。


 クロはそっと笑みを浮かべ、小さく息を整えると、


「いただきます」


 と静かに呟き、箸を手に取る。そして、温かな食卓へと加わり――ゆっくりと、最初のひと口を運んだ。


 その姿に、ソファからアヤコが目を細める。


「……クロが“いただきます”って言うの、なんかほっとするなあ」


 そう言いながら、笑みを浮かべてフォークを口に運ぶ。


 隣では、クレアが苦手な温野菜を黙々と攻略中だった。一つ一つ、真剣な眼差しで見つめては、ちいさく噛みしめていく。味に慣れていないせいか、耳がぴくぴくと動いていたが、それでも逃げる気配はない。


(……頑張ってますね)


 クロはそんなクレアをちらりと見やり、表情を緩めた。


 シゲルはといえば、食事の手を止めて、何とも言えない表情でテーブルを一望する。


「ほんと、妙な家族になってきたな……」


 そう呟いた言葉は、照れくささを紛らわすように少しだけ低く抑えられていた。だが、その声に反応するように、場にいた誰もが――ふっと、笑みを浮かべる。


 レッド君は扉の横で、防犯モードを保ったまま黙々と立ち続けていた。けれど、どこか誇らしげにも見えるその背中もまた、彼らの食卓の一部になっていくのであった。

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