表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
132/469

設計の壁と視点の転換

 試射室を後にし、ふたりは静かに店内へと戻ってきた。様々な武器と、変わらぬ音楽の流れる空間。けれど、空気にはどこか充足した余韻が漂っていた。


 スミスがクロの様子を一瞥し、口を開く。


「――どうする。帰るか?」


 クロはわずかに首を振りながら、スミスの顔を見る。


「……できれば、ウェンの様子を見たいのですが。構いませんか?」


 その言葉に、スミスは肩をすくめ、どこか軽い調子で応じた。


「ああ。カウンターの裏手にある事務所だ。今はそこでやってる。……声、かけてやってくれ」


 クロは案内されるまま、カウンター裏の事務所へと足を踏み入れる。扉の隙間から中を覗くと――そこには、頭を抱えて苦悶するウェンの姿があった。


 彼女の前に投影されたホロ画面には、赤く大きく「ボツ」の文字。設計図の中央に、無慈悲な印字が浮かんでいる。


「……どうしても、まとまらない。打撃と装備、一体型にするなんて――どうやって両立すればいいのよ……」


 小さく漏れる呟き。クロがそっと声をかける。


「……悩んでますね」


 そのひと言に、ウェンが肩を震わせて顔を上げた。微笑みに見えるその表情には、諦めに近い悲壮感が滲んでいた。


「クロ……見に来てくれたの。さっきはごめん、ちょっと今、袋小路でね……」


 そう言って、彼女はクロに椅子を差し出す。クロは黙って腰を下ろし、彼女の説明を待った。


「打撃系の仕様については、なんとか形になってきたんだ。これがその設計図なんだけど……」


 ウェンは端末を操作し、別の設計画面を投影する。そこには、約30㎝のスティック状装備の図面が表示された。内部には、二種のカートリッジを収めるスペースが設けられている。


「スライムと中和剤、両方のカートリッジを収納できる構造にしてあって、先端の蓋をスライドすれば、スラコンが瞬時に展開して硬化する。……ここまでは何とかできたの。でもね――」


 彼女の表情が曇る。


「電磁波での形状制御――そのための周波数設定がネックだったの。一瞬での形状制御して硬化は出来るんだけど、拘束モードだと硬化までに時間がかかって、振った瞬間にスライムが飛び散っちゃう。……どうしても安定しないのよ」


 ウェンの声は冷静さを保とうとしていたが、言葉の端々に滲む焦りは隠せなかった。彼女は端末に再び指を滑らせ、今度は内部構造の詳細な設計案を投影する。


「天井や壁面に貼りつけて展開するモードも試したんだけど……これはもっと酷いの。打撃状態との切り替え時に、システムの同期が取れなくて。干渉が激しくて……まるで噛み合わない」


 ホログラムに映る複雑な回路と周波数変換構造。設計図は理屈として成立していても、実働への壁はあまりにも高かった。


「どうやっても、ひとつにまとめることができないの……」


 ウェンの声は小さくなり、最後には力なく消えていった。


 端末を操作する手が止まり、ウェンの指先は膝の上でじっと固まった。静けさが事務所の空気を満たす中、クロがふと口を開く。


「……別に、一緒にしなくてもいいんじゃないですか?」


 静かで淡々とした声。だが、その一言にウェンの肩が小さく跳ねた。


「……え?」


 思わず聞き返すウェンに、クロは変わらぬ調子で続ける。


「無理に一体型にこだわらなくてもいいと思います。それぞれ独立した機能として設計すれば――干渉も避けられる。拘束用途なら、スライムタッカーの改造で撃ち出す方式もあるでしょう?」


 それは、専門的な意見というより、“枠を外す視点”だった。常識の延長に囚われたウェンの思考を、外から静かに揺らすような、シンプルな提案。


「私は別に、一つにまとめてほしいなんて、言っていませんよ」


 クロの声は、淡々としていながらも揺るぎなかった。


「提示した条件は三つだけです。――小型であること。ギルドで流通しているスライムのカートリッジを使えること。そして、違法性のない構造であること。それだけです」


「……あ」


 ウェンの目が見開かれる。思考の枷が外れる音が、確かにした気がした。


 どうして、自分はそこまで“一体化”にこだわっていたのだろう。どうして、“別々にする”という選択肢を最初から排除していたのか。


「そうか……そうだよね。クロは最初から、そんなこと……」


 小さく、しかし確かな声で呟きながら、ウェンは自嘲気味に笑った。


「打撃武器としては、これで十分ですよ。この素材がビームや実弾に耐えられるなら、それで問題ないです」


 クロの言葉に、ウェンは真面目な顔に戻って頷いた。だが、次の瞬間――疑問の声を返される。


「……ところで、この“中和剤”って、何のために必要なんですか?」


「ああ、それは――」


 ウェンは自然に答える。


「硬化したスライムを溶かして無くすためだよ。一度硬化すると外せないから中和剤で溶かすの」


 クロはウェンの説明を聞き終えると、静かに頷き、椅子から立ち上がった。


「――打撃用は、それで問題ないと思います。あとの二つの仕様、構想がまとまったら教えてください」


「うん、わかった!ありがとう、クロ!」


 ウェンの声には、さっきまでの沈んだ気配が消え、前を向いた熱が宿っていた。


 クロは軽く頭を下げると、事務所をあとにし、カウンターへと戻る。そこでは、スミスが腕を組んで待っていた。


「悪かったな。……これで、あいつが一歩でも前に進めればいいが」


「――大丈夫だと思いますよ。きっと、ちゃんと進めます」


 そう答えると、クロはカウンターに置かれた小さな箱を手に取る。


「では――これを持って、帰ります」


 そう言って、クロはリボルバーや付属装備の入った箱を抱えた。


 スミスが片手を上げながら、笑みを浮かべて声をかける。


「またご贔屓にな」


「はい、また」


 簡潔なやり取りを残し、クロはそのまま店を後にする。扉の向こうへと消えていく背中を、スミスはしばらく目で追った。


 ふと、サングラスをずらし、素顔の目でその姿を見つめる。その視線には、職人としての興味と、少しばかりの驚きが混ざっていた。


「……あれが、シゲルさんの養子か。――また変わった子を迎えたもんだな」


 ぽつりと呟き、少し間を置いてから、皮肉げに笑みを浮かべる。


「――まさか、あのシゲルさんが養子を取るとはな。隕石でも降る前触れかね」


 苦笑混じりの台詞を残しながら、スミスはカウンターを回り、事務所の方を覗き込む。そこでは、ウェンが黙々と端末に向かい、設計に没頭していた。


 その表情からは、さっきまでの焦りや迷いの影は消えていた。代わりにあったのは、何かを掴みかけた者特有の――晴れやかな光。


 スミスは小さく頷くと、言葉にはせず、再びサングラスを目元に戻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ