設計の壁と視点の転換
試射室を後にし、ふたりは静かに店内へと戻ってきた。様々な武器と、変わらぬ音楽の流れる空間。けれど、空気にはどこか充足した余韻が漂っていた。
スミスがクロの様子を一瞥し、口を開く。
「――どうする。帰るか?」
クロはわずかに首を振りながら、スミスの顔を見る。
「……できれば、ウェンの様子を見たいのですが。構いませんか?」
その言葉に、スミスは肩をすくめ、どこか軽い調子で応じた。
「ああ。カウンターの裏手にある事務所だ。今はそこでやってる。……声、かけてやってくれ」
クロは案内されるまま、カウンター裏の事務所へと足を踏み入れる。扉の隙間から中を覗くと――そこには、頭を抱えて苦悶するウェンの姿があった。
彼女の前に投影されたホロ画面には、赤く大きく「ボツ」の文字。設計図の中央に、無慈悲な印字が浮かんでいる。
「……どうしても、まとまらない。打撃と装備、一体型にするなんて――どうやって両立すればいいのよ……」
小さく漏れる呟き。クロがそっと声をかける。
「……悩んでますね」
そのひと言に、ウェンが肩を震わせて顔を上げた。微笑みに見えるその表情には、諦めに近い悲壮感が滲んでいた。
「クロ……見に来てくれたの。さっきはごめん、ちょっと今、袋小路でね……」
そう言って、彼女はクロに椅子を差し出す。クロは黙って腰を下ろし、彼女の説明を待った。
「打撃系の仕様については、なんとか形になってきたんだ。これがその設計図なんだけど……」
ウェンは端末を操作し、別の設計画面を投影する。そこには、約30㎝のスティック状装備の図面が表示された。内部には、二種のカートリッジを収めるスペースが設けられている。
「スライムと中和剤、両方のカートリッジを収納できる構造にしてあって、先端の蓋をスライドすれば、スラコンが瞬時に展開して硬化する。……ここまでは何とかできたの。でもね――」
彼女の表情が曇る。
「電磁波での形状制御――そのための周波数設定がネックだったの。一瞬での形状制御して硬化は出来るんだけど、拘束モードだと硬化までに時間がかかって、振った瞬間にスライムが飛び散っちゃう。……どうしても安定しないのよ」
ウェンの声は冷静さを保とうとしていたが、言葉の端々に滲む焦りは隠せなかった。彼女は端末に再び指を滑らせ、今度は内部構造の詳細な設計案を投影する。
「天井や壁面に貼りつけて展開するモードも試したんだけど……これはもっと酷いの。打撃状態との切り替え時に、システムの同期が取れなくて。干渉が激しくて……まるで噛み合わない」
ホログラムに映る複雑な回路と周波数変換構造。設計図は理屈として成立していても、実働への壁はあまりにも高かった。
「どうやっても、ひとつにまとめることができないの……」
ウェンの声は小さくなり、最後には力なく消えていった。
端末を操作する手が止まり、ウェンの指先は膝の上でじっと固まった。静けさが事務所の空気を満たす中、クロがふと口を開く。
「……別に、一緒にしなくてもいいんじゃないですか?」
静かで淡々とした声。だが、その一言にウェンの肩が小さく跳ねた。
「……え?」
思わず聞き返すウェンに、クロは変わらぬ調子で続ける。
「無理に一体型にこだわらなくてもいいと思います。それぞれ独立した機能として設計すれば――干渉も避けられる。拘束用途なら、スライムタッカーの改造で撃ち出す方式もあるでしょう?」
それは、専門的な意見というより、“枠を外す視点”だった。常識の延長に囚われたウェンの思考を、外から静かに揺らすような、シンプルな提案。
「私は別に、一つにまとめてほしいなんて、言っていませんよ」
クロの声は、淡々としていながらも揺るぎなかった。
「提示した条件は三つだけです。――小型であること。ギルドで流通しているスライムのカートリッジを使えること。そして、違法性のない構造であること。それだけです」
「……あ」
ウェンの目が見開かれる。思考の枷が外れる音が、確かにした気がした。
どうして、自分はそこまで“一体化”にこだわっていたのだろう。どうして、“別々にする”という選択肢を最初から排除していたのか。
「そうか……そうだよね。クロは最初から、そんなこと……」
小さく、しかし確かな声で呟きながら、ウェンは自嘲気味に笑った。
「打撃武器としては、これで十分ですよ。この素材がビームや実弾に耐えられるなら、それで問題ないです」
クロの言葉に、ウェンは真面目な顔に戻って頷いた。だが、次の瞬間――疑問の声を返される。
「……ところで、この“中和剤”って、何のために必要なんですか?」
「ああ、それは――」
ウェンは自然に答える。
「硬化したスライムを溶かして無くすためだよ。一度硬化すると外せないから中和剤で溶かすの」
クロはウェンの説明を聞き終えると、静かに頷き、椅子から立ち上がった。
「――打撃用は、それで問題ないと思います。あとの二つの仕様、構想がまとまったら教えてください」
「うん、わかった!ありがとう、クロ!」
ウェンの声には、さっきまでの沈んだ気配が消え、前を向いた熱が宿っていた。
クロは軽く頭を下げると、事務所をあとにし、カウンターへと戻る。そこでは、スミスが腕を組んで待っていた。
「悪かったな。……これで、あいつが一歩でも前に進めればいいが」
「――大丈夫だと思いますよ。きっと、ちゃんと進めます」
そう答えると、クロはカウンターに置かれた小さな箱を手に取る。
「では――これを持って、帰ります」
そう言って、クロはリボルバーや付属装備の入った箱を抱えた。
スミスが片手を上げながら、笑みを浮かべて声をかける。
「またご贔屓にな」
「はい、また」
簡潔なやり取りを残し、クロはそのまま店を後にする。扉の向こうへと消えていく背中を、スミスはしばらく目で追った。
ふと、サングラスをずらし、素顔の目でその姿を見つめる。その視線には、職人としての興味と、少しばかりの驚きが混ざっていた。
「……あれが、シゲルさんの養子か。――また変わった子を迎えたもんだな」
ぽつりと呟き、少し間を置いてから、皮肉げに笑みを浮かべる。
「――まさか、あのシゲルさんが養子を取るとはな。隕石でも降る前触れかね」
苦笑混じりの台詞を残しながら、スミスはカウンターを回り、事務所の方を覗き込む。そこでは、ウェンが黙々と端末に向かい、設計に没頭していた。
その表情からは、さっきまでの焦りや迷いの影は消えていた。代わりにあったのは、何かを掴みかけた者特有の――晴れやかな光。
スミスは小さく頷くと、言葉にはせず、再びサングラスを目元に戻した。