技と責任の狭間で交わる手
いつも『バハムート宇宙を行く』をご愛読いただき、誠にありがとうございます。
昨日は更新を一日お休みさせていただきましたが、その間も多くの方に読んでいただき、大きな励みになりました。
本日より投稿を再開いたします。引き続きお楽しみいただければ幸いです。
また、よろしければ 感想・ブックマーク・評価・リアクション・レビュー で応援いただけますと嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
スミスは棚から小さな箱を取り出した。側面には「注文品」と印字されており、中にはリボルバー本体と専用の充電器が二つ、それにエネルギーCAPが七セット丁寧に収められていた。
クロは箱の中身をひと通り確認すると、ふと眉を寄せた。
「……あれ、ビームカッターが入っていませんが?」
その問いに、スミスは肩をすくめて応える。
「ああ、それは止めさせた。代わりに――もっといい物を用意した」
そう言うと、作業台の脇からひとつの柄を取り出す。無駄のない直線で構成されたそれは、どこか密度すら感じさせる仕上がりだった。
「ビームダガーだ。同じサイズで、もちろんリボルバーにも装着できる。ウェンには悪いがな……あいつが勧めたビームカッターは、確かに性能はいい。正規品でバランスも取れてる。ただ――あれは接近戦には向かない」
スミスの指が、柄の根本を軽く叩く。刃が静かに成形され、青白く光るビームが厚みをもって展開する。
「これは改良品だ。展開域も広く、刃厚も強い。正規品が悪いとは言わないが、ほんの少し手を加えるだけで、こうも変わるんだ。あいつは……まだまだ、経験が足りない」
作業場で見たビームカッターとは、明らかに質が違った。刃の厚み、展開域、そして光の密度――手の中で伝わる感触がまるで別物だった。
クロはその違いを静かに見極め、わずかに口元を緩める。
「……後は調整だ。試射室に行こうか」
スミスがそう促した、そのときだった。店の奥から足音が響き――扉が勢いよく開かれる。
現れたのはウェン。その顔には、押し殺した怒りと、どうしようもない悔しさが滲んでいた。
「父さん、それ……私がやる!」
まっすぐな声だった。けれど、スミスは一度だけ首を横に振る。
「ダメだ。今回は――諦めろ」
短く、けれど決定的な言葉だった。
ウェンの表情がわずかに歪む。唇を噛み、視線を逸らし、肩がわずかに震えていた。
「……理由くらい、わかってるはずだ」
その声は冷たくなかった。むしろ、どこか痛みを含んでいた。
クロは、二人のやりとりに割って入るべきではないと理解していた。それでも、気になった。理由を聞かずに納得できるほど、割り切れる性格でもない。
「……一応、聞いてもいいですか?なぜ、任せないんです?」
クロの問いに、スミスは短く息を吐き、ウェンへと視線を戻す。
「長所でもあり、短所でもあるんですが……あいつは、一つのことに集中すると、他が見えなくなる」
ウェンは顔を上げたが、何も言わなかった。
「今、お前が進めてる仕事はなんだ?」
問いに答えるまでの数秒が、静かに場を支配する。やがて、ウェンは押し殺すような声で答えた。
「……クロの武器設計」
「なら、それを全うしなさい」
その言葉は命令ではなかった。けれど、言い訳の余地はどこにもない。“責任”という言葉を、真正面からぶつけるような重みがそこにはあった。
ウェンの唇が、かすかに震えた。握り締めた拳の指先は白くなり、それでも――ゆっくりと頷く。
「……クロ、ごめん」
その声は小さく、でも、きちんと届いていた。
クロはまっすぐに彼女を見つめると、静かに首を振る。
「謝る必要はありません。それより……楽しみにしています」
その一言に、ウェンの肩がわずかに揺れる。完全に晴れたわけではない。けれど、胸の奥に溜まっていた濁りが、少しだけ澄んだ。
彼女は気を取り直したように、小さく息を吐くと、そのまま奥へと戻っていった。
スミスはその背を見送りながら、ふっと目を細める。
「――あと一歩。前に進めて、視野が広がれば……自然と短所も和らぎ、一皮むけるんだがな」
その声音には、親としての焦れと、どうしようもなく抑えきれない期待が入り混じっていた。
スミスはひと息ついて言葉を締めくくると、クロに視線を向ける。
「さて――試射室へ行こうか」
クロは静かに頷き、ふたりは並んで試射室へと向かった。厚い扉の向こうには、薄暗い照明に照らされた静謐な空間が広がっている。射撃ラインが奥へと伸び、調整台の無機質な光が床に反射していた。
スミスは台の上に箱を置き中からリボルバーを手に取り、銃身下部のスライド式マウントレールにビームダガーの柄を滑らせる。わずかに磁着する感触の直後、小さく電子音が鳴り、装着が完了した。
「――アンダーマウント式にした。構えたまま斬れるように銃と接続してある。着脱は親指ひとつ。戦闘中でも煩わしさはない」
クロは無言でリボルバーを手に取る。手の中に伝わるわずかな重心の変化。前方に寄ったバランスが、意外なほど自然に馴染む。
確かに重みはある。それでも、それは“違和感”ではなかった。むしろ、新たな武器との対話が始まる、そんな感触だった。
「持ってみてくれ。違和感はないか?」
クロは応えず、銃を軽く振る。右手一本で構えを保ったまま、親指をスイッチに添え――小さく押し込む。
カチリという感触と共に、ダガーの柄がスライドしながら銃から分離される。手に収めた瞬間、ユニットが起動。青白い刃が、空気を割るように静かに形成されていく。薄く光るそれは、熱と質量を持つかのように周囲の空気をわずかに揺らしていた。
クロは無言でそれを腰の位置で回し、逆手に構え直す。一連の動作に、迷いもためらいもない。
再びダガーをマウントレールに沿ってスライドさせ、装着。そのまま刃を再起動させると、淡い輝きが銃口下から静かに伸びた。
「……いい感触です。この状態で、刃を出したまま撃つことは可能ですか?」
スミスは一拍置き、首を横に振る。
「やめておいた方がいい。ビームの干渉が起きる。銃身の気流と重なれば、制御が効かなくなる」
判断は端的だった。構造上は可能でも、実戦での使用に耐えない――そう断じる声音に、曖昧さはない。
「……それは残念ですが、問題ありません。重さも気になりませんし」
クロはそう答えると、改めてリボルバーを構え直す。右手一本で持ち上げ、軽く振ってバランスを確かめたあと、今度は両手を添えて安定させる。手首の角度、指の圧、肘の位置――すべてを静かに、丁寧に確認していく。
その動作に余計な力はなかった。まるで、武器の方から馴染んでくるのを待っているかのように。
スミスはその様子をじっと見つめ、わずかに頷く。
「……よし、次の段階に入ろうか」