極端に宿る選択と出会い
いつも『バハムート宇宙を行く』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
このたび、活動報告を更新いたしました。
もしお時間がございましたら、ご覧いただけますと幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
昼食を挟んで作業は再開された。
シゲルは、レッド君を完全に補助役に据え、届いたパーツの選別や分解に取りかかっている。赤いマスコットは無言で命令を受け取り、作業を効率よく進めていた。
一方でアヤコは、端末を操作しながらアプリの改造に没頭していた。時折、通信先のウェンと設計案を交わし、互いのアイデアに修正を加えているようだった。
クロは作業机の隅で、それぞれの作業風景をぼんやりと眺めていた。ふと、アヤコが顔を上げる。
「クロ~。リボルバー、そろったってさ。取りに行く? 行くなら今、連絡しておくけど?」
「行きます。タイミングもちょうど良さそうなので、行ってきます」
「りょーかい。じゃあ、向かうって伝えとくね~」
そう言うと、アヤコは端末を軽やかに操作しながら、いたずらっぽく微笑んだ。
クロは静かに腰を上げると、袖口をひと撫でし、迷いのない足取りで店の外へ向かう。その背中に焦りはない。ただ、確かに――期待があった。
おもしろいおもちゃが手に入る。
そう思うと、自然と足取りは軽くなる。もっとも、道中は例によって微妙に迷い――気づけば三本向こうの路地にいた。それでも、なんとか到着し、店の前に立つと、いつもながらの看板が目に入る。“ロック・ボム”――爆発と音楽を連想させるその名に、思わず苦笑が漏れた。
(やっぱりこの名前、妙に耳に残るな)
そう思いながら、自動ドアの前に立つ。ドアは無音で開き、クロは中へと足を踏み入れた。
「らっしゃい」
響いたのは、聞き慣れない低音だった。
カウンターにいたのはウェンではなかった。金色の長髪を顔の半分に垂らし、サングラスをかけ、革ジャンに破れたジーンズ。まるでどこぞのロックミュージシャンか、舞台帰りのバンドマンのような風貌だ。
一見して、ここが武器屋であることを疑いたくなるほど場違いだった。
「子供? お嬢ちゃん、すまないが、ここは音楽ショップじゃない。武器屋だ。音がうるさくて間違えたか?」
その声には、からかいと警戒が半々に混じっていた。
けれど、クロは一歩も引かず、きっぱりと答える。
「いえ、ここで合っています。私は――クロ・レッドライン。ウェンに頼んでいたリボルバーを、受け取りに来ました」
その言葉は静かに、けれど確かに空気を裂いた。少女の外見にはそぐわぬ強さが、短い一言に滲んでいた。
男はサングラスを指先でずらし、クロをじっと見据える。服装は、今ハンターの間で流行しているワイルズシリーズで統一されていた。腰には端末とビームソード、脇の膨らみからはビームガンの装備が窺える。
男は静かに椅子を引き、クロの前へと歩み寄る。背丈は中肉中背よりやや低めで、体つきは細身――軽量な印象だ。しかし、その歩き方には無駄がなかった。
「すまない、判断を誤った。……その装備と立ち姿、ハンターだな」
そう言って、男は右手を差し出す。
「スミス・ボム。ウェンの父親だ」
クロは短く頷き、その手をしっかりと握る。
「よろしくお願いします」
瞬間、スミスの目が細められた。
(――おいおいおい、これは……逸材だな)
握った手を、まるで工芸品でも触れるかのように丁寧に感じ取る。小さな掌だが、どんな武器も迷いなく使える安定した“重み”がある。力を入れずとも剛性が伝わるこの感触――万能型の器。
だが、スミスはその感触に微かな“獣性”も感じ取っていた。
(悪くない。間合いで戦うより……力で捩じ伏せる手だ。接近戦――殴り合いが似合う)
彼は手を離すことなく、視線をクロの顔に戻す。
少女の姿にそぐわぬ静けさと、圧倒的な“格”がそこにはあった。握られた手を通して、それは明確に伝わってくる。
そんなスミスを、クロは涼やかな瞳でじっと見つめながら――心の中でひとつ納得する。
(この人が、ウェンの親……やっぱり、似てる)
視線の熱が抜けるまで、ふたりの手はしばらくそのままだった。そして、ゆっくりと握っていた手が解かれる。
「すまない。……いや、これは謝ることじゃないな。久々に――いや、初めてだ。あんな“手”を感じたのは」
その言葉に、クロは軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
簡素ながらも、丁寧な礼だった。どこか音の響きすら静謐で、幼さを感じさせない。
スミスは目元を緩め、わずかに笑うとクロをカウンターへと促した。
「こっちだ。……にしても、リボルバーを選ぶとは、なかなかにロックだな」
スミスは口の端を上げ、にやりと笑った。
クロは一歩下がることなく、その視線をまっすぐに受け止める。
「ええ。外見は――とても好みでした。それに、性能の尖り方も、癖があって気に入りました」
選ぶ理由に迷いはなかった。無駄を削ぎ、撃つという一点にだけ集中した機構。その潔さに、どこか自分を重ねたのかもしれない。
スミスは満足げに頷く。
「いいよな、最強と最弱。――極端ってのは、いつだって面白いな」
その言葉に、クロの表情がほんのわずかに揺れる。
(……極端、か)
己の存在もまた、世界の常識から大きく逸れた“何か”だ。最強という名の孤独。そして――家族という温もり。
その両極を背に抱えて、彼女はここに立っている。
6月9日(明日)の更新は、お休みさせていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。
次回の更新は6月10日より再開いたします。
いつも通り、8時・12時・16時・20時の更新を予定しておりますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。
今後とも『バハムート宇宙を行く』を、どうぞよろしくお願いいたします。