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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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レッド君、誕生!

 シゲルは、呆れ混じりの怒気を隠すことなく声を張った。


「だからよ――誰がお前に挑むんだって話だ! 挑めねえだろうが!」


 声は低く、けれど真っ直ぐだった。


「さっきも言ったがな、誰が好き好んで死にに行きたがる!? アヤコ、お前もだ。こいつの過去はわかってんだろ?だったら、間違ってるって気づいてやれ。言ってること、どう考えてもズレてんだよ」


 指を突き出すようにして、シゲルはクロとアヤコの両方を見た。


「しんみりする必要なんてねぇんだ。むしろ――そういう時こそ指摘してやれ。“バカやってんな”ってよ」


 それは、ただの怒声ではなかった。想いが強すぎて、抑えきれずにこぼれ出した、父親としての――魂からの叫びだった。


「おかしいだろ、どう考えても。お前、考え方がクロ寄りに引っ張られてるぞ、アヤコ」


 その言葉に、アヤコはふと視線を落とす。そして、脳裏に浮かんできたのは――


 想像の中で、数キロはあろうかという超巨大なバハムートが、前足の爪で土をこね、黙々と泥人形を作っている姿。尻尾を揺らしながら真剣に形を整え、時折首をかしげては、爪先でそっと修正を加えていく。その巨体にまったく似つかわしくない、あまりにも地味で、あまりにも健気な作業――。


 アヤコは、その想像のあまりのミスマッチに、一瞬呆気に取られた。けれどすぐに、こみ上げてきた何かをこらえきれず――


「ぷっ……ふふっ。確かに、それは……かなり変だね」


 肩を震わせながら笑うアヤコの声に、シゲルも苦笑を浮かべながら応じる。


「だろ。いいか、アヤコ。こいつの過去なんて、もう考慮するだけムダだ。バカしかしてねぇ奴だぞ、こいつは」


 そう言って笑い合うふたりを、クロはじっと見つめていた。何も言わないまま、ただ静かに、わずかに首をかしげる。


(……そこまで、おかしなことなんでしょうか?)


 疑問を抱きつつも、クロは最後の工程に入る。


「……そこまで変だとは思いませんが。ともかく、最後に名前を付けます。これで完成です」


「名前かぁ……じゃあ、『レッドくん』とか?」


「安直すぎだろ、それは」


 シゲルが即座に突っ込みを入れると、アヤコは口を尖らせながらも、少し照れくさそうに笑った。


 そんなやり取りを聞きながら、クロはさらりと口にする。


「そういうものだと思いますよ。私なんて、面倒だったので番号で管理してました。一、二、三、四……と。最大で1,249までいきましたが――」


 言葉をそこで止め、ほんの少しだけ目を伏せる。


「……さすがに、なぜか悲しくなりましたけど」


 クロが淡々とそう締めくくると、すかさずシゲルが突っ込む。


「な、バカだろ。いちいち感傷入れてるこっちがバカみてぇだ」


 呆れとも照れともつかない口調だったが、どこかあたたかみが滲んでいた。


「うん、じいちゃん……じゃあ、レッド君でいいや」


 アヤコはふっと笑みを浮かべながら、軽く手渡すようにしてクロに目を向けた。


「了解です。では――」


 クロは小さく頷き、目の前のマスコットの額に指を伸ばす。その表面に、静かに古代文字で名を刻む――『レッド君』と。


 その瞬間、ぴたりと停止していたマスコットが、微かに震え、ゆっくりと――閉じていた瞼を開けた。


 赤いボディの中で、黄色いバイザーが淡く輝く。そして、機械でも人形でもない、けれど確かに“意志のない動き”でゆっくりと立ち上がった。


「ちなみに、しゃべりません。ただ命令には従います。名前を呼んだあとに指示を出せば、それだけで行動します」


 クロは淡々と説明を続けると、さっそく試すように命令を発した。


「レッド君。この作業場の整理をお願いします。わからないものがあれば、お父さんに聞いてください」


 レッド君は小さく一礼するように動いたかと思うと、すぐにテキパキと作業場の片づけに取りかかる。無駄のない動作。軽やかに動く姿は、まさしく“働くマスコット”。


 その様子を見ながら、アヤコとシゲルは思わず顔を見合わせた。


「……あいつ、本当にマスコットなんだな」


「便利すぎる気もするけど……なんか、ありかも」


 そう言いながら、アヤコとシゲルは目の前で働く“レッド君”を見守る。


 小さな体で、道具をひとつひとつ丁寧に仕分けし、棚の中へ収めていく。その動作はどこか健気で、見ているだけで妙に癒されるものがあった。


 その様子を背に、クロはふと真顔に戻る。


「ちなみに、“絶対に厳守すべき命令”は、こう指定します」


 そう言って、クロはレッド君に向かい、少しだけ声を落とす。


「レッド君。――厳命です」


 一拍置いて、淡々と続けた。


「子どもには、いかなる理由があっても攻撃禁止。そして、閉店後――こちらから“招き入れた者”以外は、侵入者とみなし排除してください。殺傷は不可です」


 レッド君は、こくん、と小さくうなずくと、何事もなかったかのように再び道具の整理を始めた。


 クロは振り返って言葉を補足する。


「このように、“厳命”という語を添えて命令すれば、その命令は最優先で、何があっても必ず守ります」


 シゲルがじっとクロを見つめたあと、ぼそりと一言。


「……その前に、また聞き捨てならない物騒な単語が混ざってた気がするんだが?」


 シゲルが半ば呆れたように問いかけると、クロはまったく悪びれることなく、きっぱりと言い切った。


「別にいいのでは? 防犯です」


 あまりにも当然のような口調に、シゲルは返す言葉を失い、眉をひそめたまま沈黙する。隣でそれを聞いていたアヤコは、思わず苦笑を漏らした。


「他に、欲しいのはありますか?」


 そう問うクロに、シゲルは即座に顔をしかめて手を振る。


「ない。もう作るな。絶対に」


 そうきっぱり言い放ったかと思えば、次の瞬間には――


「レッド、ちょっと俺の作業手伝え」


 完全に使いこなす気満々でレッド君を呼びつける。


 見れば、レッド君は素直にこくりとうなずき、すぐさまシゲルの元へと小走りに向かっていった。


「なんだかんだ言って、じいちゃんが一番酷使しそうだよね……」


 苦笑しながらアヤコが呟くと、ふと気になることを思い出す。


「そういえばさ、レッド君って……洗ったりできるの?」


 アヤコの問いに、クロはほんの少しだけ考える素振りを見せ、あくまで真面目な口調で答えた。


「……考えてませんでしたが。あの布地は丈夫な繊維なので、洗濯機でも問題はないかと」


「……洗濯機……」


 その瞬間、アヤコの脳裏には、ぐるぐる回る洗濯槽の中で、無表情のままこちらをじっと見つめながら回転するレッド君の姿が浮かぶ。


 ――シュールすぎる。


「……お風呂で洗ってあげようかな。なんか……精神的にキツい映像が浮かんだ……」


「そうですか。まあ、汚れはつきにくい素材ですので、一カ月に一度程度で十分かと思います。恐らく、ですが」


 当然のように返すクロに、アヤコは思わず心の中で「また常識がズレてるなぁ」と小さくつぶやいた。


 それでも――


 視線をカウンターの作業端末に戻しながら、アヤコの口元には自然と笑みが浮かんでいた。


 この日常は、まだまだ面白くなりそうだ。

6月9日(明日)の更新は、お休みさせていただきます。

ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。


次回の更新は6月10日より再開いたします。

いつも通り、8時・12時・16時・20時の更新を予定しておりますので、引き続きお楽しみいただければ幸いです。


今後とも『バハムート宇宙を行く』を、どうぞよろしくお願いいたします。

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洗濯機でノーリアクションで洗浄されるレッド君……SNSでバズりそう
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