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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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漆黒の加護と素直なありがとう

 クロは完成した腕輪のひとつを、無言のままシゲルへと差し出した。漆黒の輪は掌の中で静かに輝きを湛え、まるで意思を持つかのように空気を揺らしている。


 シゲルはそれをまじまじと見つめ、眉をひそめる。


「……で、これは何がどうなるんだ?」


 問いかけに、クロはすぐさま説明を返した。


「それは腕に嵌めると、命の危険が迫った時、自動的に発動して無敵状態になります。ただし――一度使うと、再使用までに一週間ほどかかります。効果はおよそ二時間程度」


「……備えあれば、なんとやらってか」


 ぼそりと呟いたシゲルは、腕輪を慎重に置き直しつつ、じろりとクロを睨んだ。


「なあクロ、お前さ――俺たちに正体バラしたとき、“物は作れない”って言ってなかったか?」


 その声には、問い詰めというより、若干の呆れが混じっていた。


 クロは一瞬だけ目を伏せ、それから淡々と返す。


「これは“物”というより、“呪物”に近いんです。私……破壊神寄りの存在ですから」


 どこか冗談めいた言い回しだったが、その言葉の奥には否定できない“真実”が潜んでいた。


 シゲルは腕輪を手のひらで転がしながら、ぼそりと漏らす。


「でもよ、物は物だ。お前、なんか作って、ここで売る気はねぇのか?」


 クロはすぐに首を横に振る。


「やめておきます。私が作れるのは、性質的に……尖った性能の“呪物”ばかりですし。この世界の技術で作られた道具の方が、よっぽど高性能ですよ」


 その視線は、作業机の上にある市販のシールド装置へと向けられていた。


「この腕輪も、シールドと比べれば使用時間は短いですし、再使用までのインターバルも長い。実用性だけ見れば、劣っています」


 事実を淡々と述べるその様子に、シゲルは鼻を鳴らした。


「アホか」


 一言、吐き捨てるように言ってから、腕輪を握りしめる。


「確かにな、性能面で見りゃ、シールドの方が安定してるし扱いやすい。けどな……」


 言いかけて、口をつぐむ。視線を落としたまま、しばらく黙り込んだ。


 そして、ぽつりと続ける。


「……いや、いい。言葉にすんのはやめとく。とにかく、俺はこっちの方が“良い物”だと思ってる。それで十分だろ」


 その声には、評価でも理屈でもない――静かな、確信の響きがあった。


「アヤコにも、渡してやれ」


 そっけなく言いながらも、シゲルの頬はわずかに赤らんでいた。けれど、クロはそれを指摘せず、ただ小さく笑みを浮かべると、そっと踵を返す。


 軽い足取りで店舗へと戻り、カウンターに目を向けた。


 そこでは、アヤコが端末に向かい、ものすごい速度でプログラムを組み上げていた。高速で叩かれるタイピング音と共に、次々と投影されていくデータ群。指先で空間をなぞるようにしてそのデータを操作するその動きは、もはや芸術の域に近い。


 その様子を静かに見つめながら、クロはふと、胸の奥で小さな感情が芽生えるのを感じた。


(……なんだろう。なんだか、渡すのが申し訳ない気がするな)


 それは照れでも、気後れでもなかった。ただ、目の前の少女が持つその才能と集中力――余計な言葉を挟む余地もない、純粋な没頭の姿が、どこか“神聖”にさえ思えたのだ。


 しばらくその光景を見守っていると、ふとアヤコが気配に気づいたのか、手を止めて顔を上げた。


「どうしたの、クロ?」


 穏やかな声に呼びかけられ、クロは少しだけ瞬きをしてから答える。


「いえ……ただ、ものすごい光景だと思って」


 率直な感想を口にすると、アヤコは照れることなく、むしろあっけらかんと笑ってみせた。


「いや~、そんな大したもんじゃないよ」


 椅子を軽く揺らしながら、端末のスクリーンを指さす。


「これ、既存のアプリをちょっと改造してるだけだしさ。今もウェンと、クロに頼まれた設計の相談しながらの片手間作業だし」


 言葉の調子は軽いが、指先に残る残像が“片手間”などというものではないことを、クロはよくわかっていた。だからこそ――アヤコの謙遜に対して、自然と敬意が滲み出る。


「そんなことないです。……ですが、あんな光景を見た後だと、これを渡すのが少し忍びないですね」


 そう言いながら、クロは懐からそっと漆黒の腕輪を取り出し、アヤコの前に差し出す。


「……腕輪です。性能はあまり高くありませんが、命の危機に瀕したとき、自動で無敵状態になります。再使用には一週間かかりますけど……持続は、だいたい二時間ほどです」


 淡々とした説明。しかし、そこには確かな思いやりが込められていた。


 アヤコは目を丸くし、ほんの一瞬だけ硬直したあと、ぱっと笑顔を咲かせた。


「クロ!ありがとう!」


 その声はまっすぐで、曇りひとつない。まるで、その腕輪の価値が“性能”ではなく、“誰がくれたか”にあると、最初からわかっていたかのようだった。

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