輸送艦の行方と塗り替えられる価値
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アヤコの怒りが落ち着いたのを見計らって、クロが話題を切り替える。
「それで、少し話を戻しますが。あの輸送艦、二隻ありますよね。一隻はギルドに売却しようかと考えています」
ソファに深く腰を下ろしたシゲルが、ビールを一口啜りながら、膝に乗ってきたクレアにビーフジャーキーをもう一枚与える。
「もったいねぇ気もするが……運用もできなきゃ置き場もねぇしな。うん、それでいいだろう」
続けて、アヤコが隣のクッションを抱えながら首をひねる。
「そうだね。でも、もう一隻はどこに置いておく? それにペイントとか内部の改装もしたいし……」
「本体を一度、宇宙空間に置いておきますか?」
クロが提案するが、シゲルはすぐに首を横に振った。
「いや、今はそのままでいい。まずはスペックをもう一度ちゃんと確認しておこう」
そう言って端末を操作すると、ホログラムが浮かび上がり、艦の仕様が次々に表示されていく。
「――帝国の輸送艦か。さすが、性能は文句なしだな」
シゲルの感嘆に、アヤコも素直に頷く。
「うん。クォンタム社製の軍用大型補給艦――『QT-CG・グラウクス』。全幅162m、全高112m、全長241m。両舷には巨大なカーゴベイが設置されていて、下部にも小型カーゴベイがある。艦首中央には艦橋と居住ブロック。武装は……なし」
アヤコは投影されたホログラムに指先を滑らせ、エンジンブロックの部分を拡大表示する。
「でも特筆すべきは推進系だね。メインエンジンは両舷にMQEを搭載、補助のスラスターも最新型のMQEスラスターを四基。これ、かなり高性能だよ」
その解説に、シゲルが満足げにビールをあおり、ニヤリと笑う。
「これだけの積載があって、航続距離も申し分ない。大気圏にも突入できて、重力下でも問題なく航行可能……文句なしだな。惜しむらくは、シールド機構が無いってことくらいか」
缶を揺らしながら、シゲルがさらに続ける。
「まあ、あとは改造だな。簡易でもいいから、最低限のシールド機構は積まんといけねぇ。それと、軍用のシステムもいくつか外して、代わりにアヤコの管制ユニットを突っ込もう。カラーリングも変更、ロゴもオリジナルに変えねぇとな」
そう言って、手近にあったビーフジャーキーをひょいとつまむ。
だがその手を、すかさずクレアの前足が制す。
じっとにらみ合うふたり――その間にも、アヤコは新たな提案を重ねていく。
「ねえ、居住区画はどうする? 軍用そのままだと味気ないよ」
「そんなのいらねぇよ。あんな堅苦しい区画なんざ、全部取っ払ってやる。リラックスできるスペース作って、風呂と寝室、それに簡単な調理機能があれば十分だ。どうせ運用するのは俺たちだし、大人数用の機能は不要だろ。広々と快適に使う。それが贅沢ってもんだ」
ビーフジャーキーの争奪戦は続く。いつの間にか、皿の上には一本しか残っていなかった。
だが、そんな中でもシゲルは手を止めず、にやりと口角を上げて付け加えた。
「ついでにな、医療ポッドも付けてやる。いざって時のためにな」
その言葉に、アヤコも満足げに頷いた。
「お金はかかるけど……クロがしっかり稼いでくれてるから、今回は色々できそうだね」
その言葉に、クロは淡く微笑みながら頷く。
「それは良かったです。持ち帰ってきた甲斐がありました。前回の20万Cと比べても、今回はかなり利益が出そうですしね」
その言葉に、アヤコとシゲルの手がぴたりと止まった。
「……クロ、前回って、どれくらい資材と物資を持って帰ったの?」
アヤコが、ゆっくりと神妙な声色で尋ねる。
「大型コンテナ一杯です。それを、二個ですね」
「……それって、大体一棟分くらい?」
アヤコの眉間に、じわりとしわが寄っていく。
「いえ。正確には、1.5棟分ほどだと思います。その中から、未登録の資材と物資をいくつか買い取ってもらいました」
淡々としたクロの返答を聞いた瞬間――アヤコとシゲルは、顔を見合わせたのち、息をそろえたように深いため息を吐いた。
その横で、シゲルは手元のビーフジャーキーをクレアに奪われまいと、さりげなくガードしながらつぶやく。
「クロ、お前……カモられたな。もっと高く売れたはずだ。なにせ、このコロニーは慢性的に資材も物資も足りてねぇんだ。売り手のほうが強ぇ市場なんだよ」
「もう、グレゴさんってば……知らないのをいいことに、ほんとずるいよね」
アヤコが頬を膨らませながら憤慨し、クロへと身を乗り出す。
「クロ、今の買取査定って、いつ出るの?」
「明後日です」
即答するクロに、アヤコはにやりと笑いながら拳を握った。
「よし。じゃあ、じいちゃん。明後日は私もついてく。グレゴさんには悪いけど、ガチの交渉勝負を仕掛けるよ」
「おお、やってこい! あいつの悔しがる顔が目に浮かぶぜ!」
満足げに笑いながら、シゲルは最後のビーフジャーキーを一枚噛みしめ、ビールを喉に流し込む。
その下で――クレアが名残惜しげにシゲルの膝を見上げながら、そろりと前足を伸ばすも届かず、ふにっと口をとがらせていた。