眠れる宝と勇者の遺産
さらりと放たれた言葉に、グレゴが眉間に皺を寄せた。
「……作るってなんだ?」
「ゲームでいう“無敵状態”に家がなるよう、呪印を刻みます。お父さんとお姉ちゃんには、その効果が一定時間続く腕輪でも渡しておこうかと」
あまりに突拍子もない内容に、ギールが目をぱちくりと瞬かせた。
「……それ、見せてもらったりできる?」
「今は手元にありませんが、別の物なら」
そう言って、クロは静かに空間を裂くように、手をかざす。無音の中、何もなかった宙に三つの腕輪が現れた。
グレゴとギールが目を見開くなか、クロはごく当たり前のように説明を続ける。
「これは、私がチマチマと……いずれ来る勇者に備えて、宝箱に入れておこうと作っていたものです」
「ちょっと待て。まずその“勇者”ってなんだ。そして――その、今出した入れ物は何だ?」
常識外の言葉に思わず素で返したグレゴに、クロは淡々と頷き、アヤコとシゲルにも話したという“来歴”を語りはじめる。
かつて、自分が女神の命によって、数千年にわたり星の監視役を務めていたこと。その長い時間の中で、暇つぶしも兼ねて、自分に挑む存在を育てようと目論み――勇者と魔王が衝突するよう裏で手を回したが、すべてが裏目に出て逆に平和になったこと。そしてある日、何の前触れもなくその役目を打ち切られ、ただひとり残されたこと――
クロはそれらを、まるで天気の話でもするように淡々と語り、静かに言葉を結んだ。
「……その“画策”をしていた時に、色々と作っていたんです。いずれ、私に挑む者が現れると思って。戦闘中に即死しないよう、装備を整えてあげておこうと」
一拍の間を置き、クロは視線を目の前のテーブルに置いて行く。
「でも……意味がないとわかって、一部、回収して仕舞っておいた物です」
グレゴとギールの目の前に、三つの腕輪が丁寧に並べられる。それぞれの表面には古い文字が刻まれ、滑らかに磨かれた装飾面が光を受けて微かに輝いていた。
「右から、防毒の腕輪。致死量の毒でも平気で飲めます。……ゴクゴクと」
まるで食レポでもしているかのような調子でクロは説明し、視線を中央の腕輪へと移す。
「真ん中が耐火の腕輪。私の業火でも多少は耐えます。……肉にこれを巻いて焼いても、肉は焼けません」
その説明に、ギールが何かを言いかけたが、言葉にならずに口を閉じた。
「左が再生の腕輪。致命傷でなければ再生します。ただし……この腕輪を着けている腕を切られた場合、効果は発動しません」
無表情で語られる説明に、グレゴは目を細めた。そこに並ぶのは、戦場で幾度となく命を救うであろう実用品――いや、もはや“宝”と呼ぶにふさわしい品々だった。
そんなグレゴの反応を見ながら、クロがさらりと続ける。
「もし、他にも見たい物があるなら――こういうのも、面白いかもしれません。“聖拳エックスナックル”。両腕に嵌めてクロスすると、光り輝くビームが撃てます」
さらりと放たれた言葉に、グレゴの眉がぴくりと動く。
「……ちょっと待て。その名前、なんだって?」
問い返されたクロは、ほんの少しだけ首を傾げて答える。
「……かっこよくないですか? こう、叫びながら腕をクロスして、ビームを撃つんです」
その言い草に、グレゴは明らかに顔をしかめたが――
「……わかる」
ギールがなぜか真顔で頷いた。
「でも、使ってないってことは……性能はいまいち?」
問いかけに、クロは少しだけ口元を引き結ぶ。
「はい。正直、この世界の武器の方が優秀です。これは対人用に作ったもので、そこまで威力はありません。……見た目重視です。せいぜい、アンデッド特効くらいです」
「アンデッドって……お前のいた星ってのは、本当にゲームの中みてぇだな」
グレゴが苦笑まじりに呟く。
「そうですね。平和すぎて、ただひたすら退屈な星でした」
クロはあっさりと認めるように頷いた。
「一度、他の惑星から侵略を受けた時は“ついに出番か”と思ったんですけど……私のいた星の住人は、思っていた以上に強くて。結局、一日で相手を壊滅させてしまいました。私の出番なんて、影もありませんでした」
軽く述べられたその一言に、グレゴとギールは顔を見合わせたまま、しばし黙り込む。冗談のようでいて、まったく冗談には聞こえなかった。思い当たる国があったからだ。
そんな空気もどこ吹く風で、クロが再び問いかける。
「他に、見たい物とか……欲しい物、ありますか?」
「……くれるのか?」
グレゴが訝しげに尋ねると、クロはいつも通りの無表情で頷いた。
「いいですよ。正体を黙ってくださっているお礼と、支援していただいている感謝を込めて――グレゴさん、ジンさん、ギールさんに、それぞれ二つずつ。好きなものを選んでください。もし他にご希望の物があれば、該当するものがある限りお渡しします」
その何気ない提案に、グレゴの動きが素早かった。即座に端末を取り出し、ジンへと通信を繋ぐ。
一方、ギールはというと――先ほど話題に出た“聖拳エックスナックル”を、興味津々といった面持ちで見つめていた。
クロにとっては、ただのお礼。だが、グレゴたちにとっては――目の前に広がるのは、常識では測れない“宝の山”だった。にわかに湧き上がる高揚感は、その場の空気すら軽くしていくようだった。