規格外の帰還
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コロニーの外縁が視界に入りはじめると、ヨルハは静かにバハムートの右肩へと戻った。その姿に呼応するように、駐在していたコロニー軍の部隊が急速に動き出す。防衛機が展開され、バハムートの周囲を取り囲むように布陣された。
「止まれ! その輸送艦は軍の所有物だ!」
厳しい口調の通信が、オープンチャンネルで飛び込んできた。軍の正式な識別コード。対応しているのは、どうやら現地指揮官らしい。だが、バハムートの反応は至って静かだった。
「……違いますよ?」
通信越しに、クロの声が冷静に返される。だがその声音には、硬質な圧が宿っていた。
「確かに、外見は軍の大型輸送艦と一致します。でもIDコードはまったく異なりますよね。これは“犯罪組織ディープグランド”から奪った物です」
一拍置いて、さらに続ける。
「ご不安なら、どうぞ確認してください。ただし――違っていた場合は、正式に謝罪していただけますね?」
その静けさは、もはや威圧と呼んでいい。“軍”という権威を前にしながら、一切の怯えもなかった。いやむしろ、“正義”の矛先はこちらにある――そう訴えるような、抑制された静かな口調だった。
数秒の沈黙を挟んだのち、ようやく通信の向こうが口を開く。
「……しかし、それは――」
「これ以上何か言いたいのであれば――ギルドを通してください」
クロの声音は静かだったが、その響きには一切の譲歩がなかった。
「そうでなければ、これは私の“戦利品”として扱います」
その言葉に、通信の向こうが短く息を呑む。だが、反論はなかった。
「……それは……」
言い淀む声を遮るように、クロはひとことだけ重ねた。
「――まだ、何か?」
淡々とした言葉が、鋭く突き刺さる。
しばらくの沈黙ののち、軍側の男が言葉を絞り出す。
「……いや。行っていい……帰るぞ」
通信が切れた。その瞬間、空気から緊張が抜け落ちていく。だが、バハムートの瞳にはまだ静かな光が宿っていた。
「この国の軍、一回――潰した方がいいかもしれないな」
バハムートがぼそりと呟く。抑揚のない声だったが、その一言に込められた意志は重かった。
「バハムート様、それは……グレゴさん達に相談してからにしましょう」
すぐさま返したヨルハの声には、静かな焦りが滲む。その反応に、バハムートは意外そうに目を細めた。
「止めると思った」
「止めません。ただ――もし本気で潰すおつもりなら……この国そのものを、バハムート様の物にすればいいだけです」
あっさりと、しかしとんでもない提案が口にされた。だが、バハムートはほんの一瞬だけ黙り――そして、肩をすくめる。
「しない。めんどいから」
あくまでいつも通りの、気だるげな声音だった。
バハムートは、ギルドの資材搬入倉庫前で速度を落とすと、通信チャンネルを開いた。
「お疲れさまです。ギルド所属、クロです」
数秒の間を置いて、無骨な声が返ってくる。
『ああ、倉庫に入れねぇって有名なデカブツか。で、今日はどうした? またコンテナに資材山盛りか?』
半ば冗談まじりの口調に、バハムート――クロはあっさりと首肯した。
「いえ。今回は、その“山盛り”を超えました。敵から大型輸送艦二隻、丸ごと奪ってきました。中身は満杯です。今、手で持ってます」
さらりと放たれたその一言に、通信の向こうが一瞬で静まり返る。
『……は?』
凍りついたような間のあと、ギルド職員は急ぎ外部モニターに目を走らせた。映し出されたのは――バハムートの巨躯と、その両手に持つ、軍用輸送艦二隻。そして背後には、さらに満載の大型コンテナが二つ。
『満杯って……まさか、その大型補給艦、二隻丸ごとって意味か……?』
「はい。資材も物資も、詰め込めるだけ詰めてあります。搬入方法、どうすればいいですか?」
まるで日用品の配達でも告げるような落ち着いた声に、通信越しの職員が思わずため息を漏らすのが伝わる。
『お前さん……スケールが毎度毎度、桁違いなんだよな……了解だ、すぐに搬入班と管制を動かす。進入ルートを開くから指示に従ってくれ』
「ありがとうございます。ただ……今この艦、誰も乗ってません。手で掴んでるだけなので、操縦用の人員を手配していただけますか?」
『ああ、了解した! 全力で人員を手配する! ……はは、まったく、あんたはその機体の名の通りだな。“バハムート”――もはや伝説級の化け物だ……! コンテナは倉庫前の班が対応するから、任せとけ! ありがとうよ!』
「助かります。今回は本当に期待していいと思います。これでしばらく、コロニーの物資事情は安泰でしょう」
クロの返答に、通信の向こうで再び笑い声がこぼれ、続いて怒号とともに慌ただしい指示が飛び交い始めた。
バハムートはその場に輸送艦とコンテナを職員に託し自分のドックへと向かう。
ドックのハッチが静かに開きバハムートは静かに姿勢を変え、ゆっくりと誘導灯が灯るドックへ向かって自らを収めようと動き出す。その巨躯が頭からドックへと進入していく様は、まるで巨人の寝床に建造物が意志を持って案内してくるかのようだった。
その堂々たる姿の上で、ヨルハが肩から胸部へと移動し、両手を揃え伏せの姿勢をとるように合わせた。
「……これからは、これを繰り返して、慣れていくぞ」
バハムートの小さな呟きに、ヨルハはこくりと頷いた。規格外の“帰還”――だが、ギルドにとっては。これが“いつものクロ”になる瞬間だった。