帰還、そして肩越しの静けさ
すべてを消し去り、どこか晴れやかな顔で、バハムートがヨルハのもとへ歩み寄っていく。ヨルハはなおも真剣な面持ちで、輸送艦やコンテナの確認作業を続けていた。
「不審物は、あったか?」
バハムートの問いに、ヨルハはわずかに首を横に振る。
「……いえ。特に異常はありませんでしたが……」
言いかけて、ふと視線を上げる。
「その……今のは、いったい?」
困惑を隠しきれない表情で、ヨルハが問い返す。
バハムートは満足げに胸を張った。
「今のは“バハムートブラスター”だ。俺が使っている《フレア》を改良して、高出力で広範囲にした技だよ」
「フレアって……私も使えるようになった、あの……?」
「ああ、それだ。お前も持ってる。というか――もうすでに、使ってるだろ?」
「……使ってる?」
ヨルハは怪訝そうに首を傾げた。
バハムートは肩をすくめ、小さくため息をつく。
「ヨルハ、お前な。獲物を噛み砕くとき、牙に熱を纏ってただろ。爪で斬り裂くときも、黒い閃きが走ってる」
「……あれって……フレア、だったんですか?」
「無意識に出てるってことだ。お前の体が、そう進化してる。だが無意識のままじゃ、力は制御しきれん」
少しだけ真剣な色を帯びた声で、バハムートは続けた。
「意識して使ってみろ。フレアは意識するだけでも威力が上がる。ましてヨルハのように至った存在なら、使いこなせれば武器にも、牙にも、盾にもなる」
ヨルハはしばし沈黙したまま、右の手爪を見つめた。何かを確かめるように、そっと握り込む。
「……わかりました。次の狩りで、試してみます」
その返答に、バハムートは満足そうに頷いた。
「そうだ、それでいい。……さて、もう一狩り行きたいところだが――荷物が多いな」
視線の先には、ゆっくりと航行を続ける二隻の輸送艦。バハムートよりはやや小ぶりとはいえ、それでも全幅およそ160mを超える大型輸送艦だった。
「このサイズがふたつか。……まあ、さすがに目立つよな」
呟きながら、バハムートは顎に手を当てて考え込む。
「コンテナと同じように、別空間に一旦格納してもいいが……いや、どうするべきか」
独り言めいた言葉に、隣のヨルハが小さく首を傾げる。
「入らないのですか?」
「いや、入る。入るには入るんだがな……問題は輸送艦だ」
バハムートはわずかに目を細める。
「仮に、この輸送艦に俺の知らない機能――発信装置や信号ビーコン、あるいは航跡保存型の自動追跡機能なんかが動いていたら……」
バハムートは口をつぐみ、視線を僅かに鋭くする。
「異空間に持ち込んだ時点で、俺の正体がバレる可能性も多少はある。そうなったら、また面倒だ。転移もやめたほうが良いな」
冷静に分析を重ねるバハムートに、ヨルハは肩をすくめるようにして返した。
「……今日は散々、“ポン”って言われてましたし。今回は、保険としてこのまま引っ張って帰る方がいいと思います」
どこか申し訳なさそうに、けれど正論として告げられた言葉に、バハムートはしばし無言のまま立ち尽くす。そして、重々しくため息をついた。
「……“ポン”、な……」
つぶやきながら、わずかに肩を落とす。悔しげに、だがどこか諦めたように。
「まったく、ポンって……いや、否定出来ないのが、また腹立たしいな」
そうぼやきながらも、バハムートの瞳に未練の色はなかった。視線をゆっくりと、拠点とは逆の方向――移送ルートの先へと向ける。
「帰るか。家に」
「はいっ!」
ヨルハが嬉しそうに応え、軽やかにバハムートの右肩に跳び乗る。バハムートは輸送艦二隻を片手ずつでつかみ、後ろにコンテナを引き連れながら、ゆっくりと宇宙を進み始めた。
しばらくして、ヨルハが首をかしげる。
「……バハムート様、ルートが違います」
「…………案内して」
ほんのわずかに語気が弱くなり、バハムートは頼るように言った。
ヨルハは小さく頷き、肩から降りて前へと出る。その小さな背を先導に、バハムートは仕方なさそうにその後を追った。
「――情けないな」
苦笑を漏らしながら、自らの姿を思い浮かべる。だが、その足取りにはどこか穏やかな気配があった。
こうして、バハムートとヨルハは再び、コロニーへと帰っていく――いつもの場所へ。




