紅の奔流、拠点消失
バハムートが展開したコンテナにも、積み込み作業が順次行われ、やがて――すべてが完了した。沈黙の中、空間を漂っていた緊張が、わずかに緩む。
「では、拠点に戻って構いません。速やかに」
クロの声が通信を通じて響く。命令でも許可でもない。ただ淡々と、事実を告げるだけだった。
それを合図に、生き残った機体や戦艦が拠点の方角へと集まり、ひとつ、またひとつと帰還していく。拠点のゲートがゆっくりと開き、傷だらけの艦艇がそこへ飲み込まれていく様は、まるで敗残兵の帰還だった。
「……バハムート様。見逃すのですか?」
ヨルハの問いには、疑念というより、確認に近いものがあった。すでに理解していたが、念のために言葉を重ねただけ。
「そんなわけない」
バハムートは短く答えると、すぐに目線を変える。
「ただ、まだ“聞くべきこと”が残ってる。ヨルハ――輸送艦とコンテナ。何か妙なものが混じってないか、匂いで確認できるか?」
「……やってみます」
ヨルハの目が細くなり、空間に意識を広げる。機械では検知できない、微粒子の残香や揮発性成分。それらを感覚で“嗅ぎ取る”という異能の嗅覚が、静かに働き始めた。
「もし何か見つけた場合は?」
「面倒ですが――後で取り出して、確認します。作業が終わってから、な」
バハムートはそう言うと、ゆっくりと視線を拠点へ向けた。遠く、視界の端で拠点のゲートが閉まりかけていた。生き残った艦が最後に滑り込むように格納庫へ吸い込まれ、そのハッチが、静かに降りていく。
――まるで、見られたくないものを隠すように。
クロはそれを見届けたのち、通信回線に再び声を乗せた。
「……もう一度だけ、聞きます」
声音は穏やかだが、その奥にあるものは明らかだった。冷たく、鋭く、選択肢のない通告。
「この件の裏にいるのは、誰ですか? 最後の確認です。無言でも構いません。沈黙も、答えとして受け取ります」
バハムートはゆっくりと腕を組み、拠点を見据えたまま続ける。
「――ただ、行く先は……変わりませんので」
一拍、空白が生まれる。その静けさは、どんな脅しよりも重く響いた。
そして、最後にもう一度。小さく、しかし明確に、意志を込めて。
「……答えを、聞きたいですね」
答えはなかった。通信の向こうからは、何の反応も返ってこない。
その沈黙は――拒絶ではない。ただ、恐怖が声を奪った結果だった。
クロは小さく息を吐くように呟いた。
「……答え、いただきました」
静かな宣告。そして、腕を組んでいたバハムートがゆっくりとその手を解く。巨大な両腕が下がり、構えを取る。
「スーパーロボットといえば、胸からの熱線。――それを今、実践するチャンスだ!」
その言葉に冗談めいた響きはあった。だが、目の奥は笑っていない。全身に刻まれた漆黒の体が、赤い脈動を帯び始める。
バハムートの胸部、中央のプレートに似たものが輝きを帯びていく。真紅の光が、中心から漏れ出し、広がっていく。やがてそれは、夜の宇宙を燃えるような朱に染め上げた。
光だけで、圧が伝わる。“撃たれる”という未来が、そこにいた者すべての視界に焼き付く。
そして――
「ま、待てッ! 話すッ! 話すからッ!」
割り込むように、悲鳴が通信を貫いた。
「裏にいたのは……軍だ! 軍の大将、ウォーガイが裏で繋がっていたんだッ!」
声はかすれ、呼吸は乱れ切っていた。もはや言葉ではなく、命を繋ぐための“悲鳴”だった。
けれど、その叫びが届くことはなかった。
「……わかりました。では、さようなら」
クロが静かにそう告げた瞬間、バハムートの胸に蓄えられていた真紅の光が、一気に臨界へと達する。
暗闇を燃やすような熱量が、音もなく空間を満たしていく。目を向けた者は誰もが理解する。――これはもう、止まらない。
「……こういうのは、叫ぶのが定番」
どこか愉快げに、バハムートが囁く。その言葉とともに、構えが静かに変わった。
そして――その破壊の意志を、名とともに解き放つ。
「バハムゥーーーーートッ! ブラスタァーーーーーーーーッ!!!!!」
その咆哮が空間を裂き、命乞いの声ごと呑み込んだ。次の瞬間、胸部から放たれた真紅の奔流が、一直線に拠点を貫く。
赤熱の閃光はただの熱線ではなかった。あらゆる物質の構造を崩壊させ、分子の結合すら焼き斬る、純粋な破壊の塊だった。
真紅の光が拠点を飲み込んでいく。装甲が焼ける音も、爆発音すらない。すべては――“消える”。
拠点を包んでいた装甲は、剥がれるのではない。溶けるのではない。崩れるのでもない。ただ、消えていく。
赤い奔流の内側では、形という概念そのものが否定されていた。巨大な建造物が、根元から“存在しなかった”ように消滅していく様は、まるで空間そのものが焼き払われているかのようだった。
その輝きは、まるで宇宙そのものを包み込むかのように広がり、あの巨大な拠点すら、飲み込み、溶かし、そして――その余波は、跡形すら許さなかった。灰も残らず、炎も上がらず、破片すら漂わない。まるで“この宇宙に存在した痕跡そのもの”が、切り取られたように――ただ、沈黙だけがその場に降りた。
虚無のような静けさが、辺りを支配する。余韻だけが、長く、重く、空間を包み込む。消えたのは拠点だけではなかった。周囲にあった“喧騒”そのものが、まるで最初から存在しなかったかのように掻き消えていた。
ヨルハは、その光景を見つめていた。信じられない――という感情が、ようやく胸の奥から浮かび上がってくる。否、理解が追いつかないと言った方が正しいかもしれなかった。
確かに、バハムートは巨大だ。だが、それでも――あの拠点に比べれば、決して大きいとは言えない。
あれは要塞だ。数十、戦艦を収容できる規模の構造体。防衛ラインも、格納層も、居住ブロックすら備えた小さな“浮遊都市”。
けれど。
バハムートから放たれた“赤”は、それすら例外としなかった。光がすべてを呑み込み、構造も、質量も、意味すらも――その奔流の中で“無”へと還されていく。
熱ではない。衝撃でもない。ただ、“消す”ために放たれた光だった。
その赤は、まるで宇宙そのものを包み込むかのように広がり、あの巨大な拠点すら、飲み込み、溶かし、そして――痕跡すら残さずに消していった。