降伏と制裁、静寂の支配
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「こ、降伏っ……! 降伏する! 首領が死んだ! もう止めてくれ! 頼む……!」
割れるような通信が、オープンチャンネルに飛び込んできた。拠点からのもの。明らかに敵中枢の者だ。
だが――
「まだ攻撃を受けています。よって――殲滅を続けます」
クロの通信から響く声音は、どこまでも冷ややかだった。
いまだ反撃の意思を見せる機体がある。火線が散り、スラスターの光が宙に軌跡を残す。その全てに、無慈悲な一撃が返されていく。
「止めろ! お前らも……やめろ! これ以上は……無意味だ……!」
その叫びは命令でも警告でもなかった。ただの――嘆願だった。
ようやく、残された砲撃が止む。戦場に残るのは、漂う残骸と焦げた粒子の澱だけだった。
「ヨルハ。終わりだ」
バハムートが静かに告げると、ヨルハの影が滑るように戻ってくる。
空を裂き、バハムートの右肩に着地するまでに、わずか数秒。その動きに音も力もない。ただ、重力さえ味方にしたような無音の静けさがあった。
「どうだった?」
バハムートが問う。声色は変わらない。
「――弱いです。歯ごたえが、ありませんでしたね」
ヨルハは目の前の惨状に視線を巡らせながら、感情のない声で答えた。
宇宙には無数の破片が漂っていた。命を乗せていたはずの機体たちは砕かれ、裂かれ、ただのゴミと化していた。
クロは再びオープンチャンネルに切り替え、確認を入れる。
「確認です。輸送艦の人員、生存していますか?」
静かで明瞭な声音。だがそこには、有無を言わせぬ“圧”が宿っていた。
応答は――ない。
空間が押し黙ったように、ノイズすら混じらない沈黙が続く。
「まだ、反抗的ですか?」
「い、いやっ……殺した……」
途切れがちに絞り出された答え。明らかに怯えきった声だった。
「輸送艦は、まだ残っていますか?」
「……ある。だが……どうする気だ?」
「――貴方たちに、選択肢は一切ありません」
クロの返答は、冷たく、明確だった。
「その輸送艦に、拠点内の資材や物資を積みなさい。戦艦内にあるものも、詰め込めるだけ詰めてください」
命令ではなかった。通告だった。
「……わかった」
応じた声はかすかに震えていた。そこに反抗の気配はもうなかった。
やがて、拠点から輸送艦が二隻、ゆっくりと姿を現す。その規模に対し、クロの目に映る光景は――あまりに不自然だった。
「……おかしいですね」
柔らかく落ちたその声に、空間が再び凍る。
「質問します。あの破壊された小隊の戦艦――たった一隻だけでした。護衛していた機体の数も、極端に少なかった」
一拍、間を置く。
「この規模に対して護衛艦が一隻……通例では考えられません。あなた方、何か隠していませんか?」
答えは、ない。
クロはさらに問いを重ねる。だが声色は変わらない。ただ、言葉の刃だけが鋭さを増していた。
「軍とつながっている……? ――それとも、裏取引ですか? 国家? 武装商人? ……何にせよ、黙る理由があるとしか思えませんが」
やはり、沈黙。
通信の向こうは、すでに声すら出せないほどに凍りついていた。
「……わかりました」
クロは静かに言う。諦念でも、警告でもなく、ただの結論のように。
「とりあえず、作業を急いでください。資材も物資も、詰め込めるだけ、全部です」
そして、最後に。
「――ただし」
少女の声が、ほんのわずかに落ちた。
「おかしな真似をすれば……そうですね」
呼吸の隙間もなく、淡々と続ける。
「見せしめに、一隻。腕一本で潰して、叩き壊して、粉にしましょうか」
まるで壊れた玩具の処理方法でも考えるような――事務的な提案だった。
だが、だからこそ――それは、誰よりも恐ろしかった。
そして、積み込み作業は――もう静かに始まっていた。拠点から出た者たちは、命令に逆らうことなど考える間もなく、機械のように動き出す。
誰一人、声を上げない。問いも、抗議も、言い訳もない。ただ黙々と、機体を動かし、手を動かし、物資を輸送艦に運び込んでいく。
やがて、一人が通信を開いた。
「……もう、積めません」
クロはすぐに応答する。
「では――こちらに入れてください」
空間がわずかに揺れた。重力の歪みのような波が走り、別空間から巨大なコンテナが二つ、静かに出現する。
その異様な光景に、作業していた者たちがどよめいた。どこから出たのか――どうして今、そこに現れたのか。理由がわからないというより、思考が追いつかなかった。
ざわめきが広がる。そして、ざらついた空気が拠点内部を這うように満ちていく。
だが――そのすべてを、たった一言が封じた。
「黙ってやってください」
クロの声。淡々と、まるで日常業務の確認をするかのような響き。
それだけで、空気が凍る。ざわつきを押し潰すように、再び静寂が戻る。
積み込みは、再開された。恐怖と混乱の中で、ただ命令だけが動機となっていた。