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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
106/463

降伏と制裁、静寂の支配

誤字脱字を修正しました。

ご報告ありがとうございました。

「こ、降伏っ……! 降伏する! 首領が死んだ! もう止めてくれ! 頼む……!」


 割れるような通信が、オープンチャンネルに飛び込んできた。拠点からのもの。明らかに敵中枢の者だ。


 だが――


「まだ攻撃を受けています。よって――殲滅を続けます」


 クロの通信から響く声音は、どこまでも冷ややかだった。


 いまだ反撃の意思を見せる機体がある。火線が散り、スラスターの光が宙に軌跡を残す。その全てに、無慈悲な一撃が返されていく。


「止めろ! お前らも……やめろ! これ以上は……無意味だ……!」


 その叫びは命令でも警告でもなかった。ただの――嘆願だった。


 ようやく、残された砲撃が止む。戦場に残るのは、漂う残骸と焦げた粒子の澱だけだった。


「ヨルハ。終わりだ」


 バハムートが静かに告げると、ヨルハの影が滑るように戻ってくる。


 空を裂き、バハムートの右肩に着地するまでに、わずか数秒。その動きに音も力もない。ただ、重力さえ味方にしたような無音の静けさがあった。


「どうだった?」


 バハムートが問う。声色は変わらない。


「――弱いです。歯ごたえが、ありませんでしたね」


 ヨルハは目の前の惨状に視線を巡らせながら、感情のない声で答えた。


 宇宙には無数の破片が漂っていた。命を乗せていたはずの機体たちは砕かれ、裂かれ、ただのゴミと化していた。


 クロは再びオープンチャンネルに切り替え、確認を入れる。


「確認です。輸送艦の人員、生存していますか?」


 静かで明瞭な声音。だがそこには、有無を言わせぬ“圧”が宿っていた。


 応答は――ない。


 空間が押し黙ったように、ノイズすら混じらない沈黙が続く。


「まだ、反抗的ですか?」


「い、いやっ……殺した……」


 途切れがちに絞り出された答え。明らかに怯えきった声だった。


「輸送艦は、まだ残っていますか?」


「……ある。だが……どうする気だ?」


「――貴方たちに、選択肢は一切ありません」


 クロの返答は、冷たく、明確だった。


「その輸送艦に、拠点内の資材や物資を積みなさい。戦艦内にあるものも、詰め込めるだけ詰めてください」


 命令ではなかった。通告だった。


「……わかった」


 応じた声はかすかに震えていた。そこに反抗の気配はもうなかった。


 やがて、拠点から輸送艦が二隻、ゆっくりと姿を現す。その規模に対し、クロの目に映る光景は――あまりに不自然だった。


「……おかしいですね」


 柔らかく落ちたその声に、空間が再び凍る。


「質問します。あの破壊された小隊の戦艦――たった一隻だけでした。護衛していた機体の数も、極端に少なかった」


 一拍、間を置く。


「この規模に対して護衛艦が一隻……通例では考えられません。あなた方、何か隠していませんか?」


 答えは、ない。


 クロはさらに問いを重ねる。だが声色は変わらない。ただ、言葉の刃だけが鋭さを増していた。


「軍とつながっている……? ――それとも、裏取引ですか? 国家? 武装商人? ……何にせよ、黙る理由があるとしか思えませんが」


 やはり、沈黙。


 通信の向こうは、すでに声すら出せないほどに凍りついていた。


「……わかりました」


 クロは静かに言う。諦念でも、警告でもなく、ただの結論のように。


「とりあえず、作業を急いでください。資材も物資も、詰め込めるだけ、全部です」


 そして、最後に。


「――ただし」


 少女の声が、ほんのわずかに落ちた。


「おかしな真似をすれば……そうですね」


 呼吸の隙間もなく、淡々と続ける。


「見せしめに、一隻。腕一本で潰して、叩き壊して、粉にしましょうか」


 まるで壊れた玩具の処理方法でも考えるような――事務的な提案だった。


 だが、だからこそ――それは、誰よりも恐ろしかった。


 そして、積み込み作業は――もう静かに始まっていた。拠点から出た者たちは、命令に逆らうことなど考える間もなく、機械のように動き出す。


 誰一人、声を上げない。問いも、抗議も、言い訳もない。ただ黙々と、機体を動かし、手を動かし、物資を輸送艦に運び込んでいく。


 やがて、一人が通信を開いた。


「……もう、積めません」


 クロはすぐに応答する。


「では――こちらに入れてください」


 空間がわずかに揺れた。重力の歪みのような波が走り、別空間から巨大なコンテナが二つ、静かに出現する。


 その異様な光景に、作業していた者たちがどよめいた。どこから出たのか――どうして今、そこに現れたのか。理由がわからないというより、思考が追いつかなかった。


 ざわめきが広がる。そして、ざらついた空気が拠点内部を這うように満ちていく。


 だが――そのすべてを、たった一言が封じた。


「黙ってやってください」


 クロの声。淡々と、まるで日常業務の確認をするかのような響き。


 それだけで、空気が凍る。ざわつきを押し潰すように、再び静寂が戻る。


 積み込みは、再開された。恐怖と混乱の中で、ただ命令だけが動機となっていた。

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