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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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狩人と巨神、絶望の始まりと終わり

誤字脱字の修正しました。

ご連絡ありがとうございました。

 首領は正直、この獲物に心を躍らせていた。早々に最新軍用機体を出せることも、フォトンスナイパーライフルを直々に使えることも、まるで誕生日の朝に目を覚ました子供のような気分だった。


 格納庫に足を踏み入れると、すでに戦闘態勢は整いつつあった。目の前に並ぶのは、自分が長年かけて築き上げてきた仲間たちと戦力。この周辺では群を抜く規模――横流しと襲撃を繰り返し、少しずつ集めてきた戦艦、軍用機体の数は膨大だ。最新鋭から旧式まで取り揃えられた機動兵器が百機を超え、戦艦は十一隻。もはや、それは“犯罪組織”の域を超えていた。


 むしろそれは、一つの国家級の制圧部隊――周辺圏域に睨みを利かせる、影の常備軍と呼ぶにふさわしかった。長い年月をかけ、積み上げてきたその力に――今、馬鹿が正面から挑もうとしている。


 首領は、乾いた笑いを漏らした。


「……おい。スナイパー隊だけでいい。俺は、新型で出る」


「しかし、まだ調整が――」


「でかい的が来てるんだ。その場で仕留めてやるよ」


 言いながら、ゆるりとコックピットに向かい浮かび上がる。そこに待ち構えていたのは、自身のために送られてきた最新機体――FAHR-45・ヴェルカス。


 全身を覆う艶のある青緑の外装は、光を吸うでも反射するでもなく、“狙撃手の静寂”そのもののような質感を放っていた。肩装甲は前方へ鋭く張り出し、重心の前寄りな設計が、機体の突進力と砲撃精度を物語っている。


 胸部にはセンサーブロックが深く埋め込まれており、冷却孔と排熱ラインが緻密に走る。無駄な装飾は一切ない。腰回りはスリムに絞られており、左右のモジュールコンテナが機能美を際立たせている。


 そして、背中――左右に折りたたまれた二枚のウイングスタビライザーは、加速時に展開する機能を持つと同時に、後方への慣性制御を可能にする機構を内蔵していた。長い脚部は逆関節気味に可動し、踏み込みによる推力転換を補助する構造。前腕には折り畳み式のシールド展開装置があり、単独戦における生存率を極限まで高めている。


 そして、主兵装――フォトンスナイパーライフル。異様に長い銃身と太い銃体。構造体に直結されたリアクターから直接フォトン粒子を送り出し、通常の対艦ライフルを凌駕する精密砲撃が可能な設計。銃下部には折りたたみ式のバイポッド。照準器は機体の視界と完全連動し、標的の運動予測すら視界に浮かぶ。


 首領は機体の頭部へゆっくりと手をかざし、口角をわずかに上げた。


「なぁに。少しだけ、試し撃ちってやつだ」


 そう呟くと、胸部センサーの下に手持ち端末をかざす。短い電子音とともにロックが解除され、装甲がスライドしてコックピットハッチが開いた。


「……いいねぇ、新品の匂いってやつは」


 首領は満足げに鼻を鳴らす。


「首領! パイロットスーツは!?」


「要らねえだろ! 相手は、デカいバカだ」


 振り返りもせずに一言返し、そのままシートへと足を滑り込ませる。


 コックピット内部は無駄のない設計。冷え切った空気とともに、静かな起動音が響き始める。


 微量子エンジン――MQEが始動する。表示インジケーターが一斉に点灯し、機体全体に命が通った。各駆動部がわずかに震え、連動する制御系が深く静かに呼吸を始める。インナーAIのパルス点滅が、まるで心音のようにリズムを刻む。


「……MQEも新型か。――へぇ、1.3倍ってとこか。悪くないな」


 モニターに映る敵影。その巨体に照準を重ねながら、首領の口元がわずかに吊り上がった。


「行くぞ。開けろ、ハッチ!」


 格納庫の外殻が展開を始め、微かな振動が座席を伝って響いてくる。


「スナイパー隊、出撃しろ。まずは俺の――試し撃ちだ。それで、終わるがな」


 通信に乗った声が、機体内部にこだまする。


 直後、彼の喉からこぼれた笑いが、ゆっくりと響き渡る。それは愉悦に染まった笑みだった。獲物が網にかかった瞬間にだけ浮かぶ――狩人の笑み。


 そして、視界の先に迫る漆黒の巨躯。バハムートが、ゆっくりと距離を詰めてくる。その存在感だけで、空間がひずむように見えた。


 ヴェルカスが動く。機体が姿勢制御を取り、フォトンスナイパーライフルを構える。同時に背部のウイングスタビライザーが展開。粒子流が発生し、狙撃体勢に最適化された空間制御が始まる。


 その時だった。オープンチャンネルに、突如通信が割り込む。全周波に、子供の声が流れた。


「もしもし、聞こえてます? 聞こえてなくても構いませんが、ハンターのクロです。今からそちらに向かいます。――全力で、抵抗してください」


 モニターに映るのは、黒髪の少女。その幼い顔と、抑揚のない笑みが、逆に首領の神経を逆撫でした。


 その声を聞いた瞬間――ためらいはなかった。


「……チッ」


 舌打ちとともに、首領はトリガーを引く。感情がこもっていた。嘲りでも、警戒でもない。明確な憎悪が、狙撃の照準に込められた。


 光が収束する。ヴェルカスの右腕がわずかに反動し、フォトンの閃光が――漆黒の巨神の“顔面”めがけて撃ち放たれた。


 命中。視界いっぱいに炸裂光が広がり、空間の一部が一瞬だけ白く塗り潰される。


「……おいおい、スゲェ威力じゃねぇか。これであの案山子も……」


 言いかけて、口が止まった。収束が晴れたモニターの中心に映っていたのは――無傷のバハムートだった。


 表面の装甲どころか、塗装すら削れていない。


「……は?」


 首領の眉がわずかに跳ねる。


「いや、初撃だ。牽制だろ。今度は――威力を上げて……!」


 即座に出力を調整。フォトン流束を圧縮し、二発目のトリガーを叩く。再び光が走り、空間が裂ける。


 だが――今度も、結果は同じだった。


 そこに立つ漆黒の巨体は、まるで何かを受けた気配すら見せず、ただ静かに、冷ややかに前進していた。火線が通じない。砲撃も爆風も、すべては無力。それだけで、戦線の空気が崩れた。


 そして、蹂躙が始まった。


 積み上げた年月。奪い、盗み、築き上げてきた“力”。それらが、音を立てて崩れていく。唯々、破片が散り、警告が鳴り、表示が赤に変わる。それだけだ。


「全員、攻撃しろ! 全戦力をぶつけろ!」


 首領の怒声に、戦艦が発艦し艦載機や防衛機も順次起動しバハムートに攻撃を仕掛け、拠点の砲塔も連動する。バハムートの巨躯にあらゆる攻撃が降り注ぐが、悠然と突き進んでくる。


 その時だった。側面の警告表示が急激に点滅する。背後から回り込む、もう一体の巨影。バハムートの右肩にあったサポートユニット――そう形容するにはあまりにも巨大で、獰猛だった。全長は通常機の倍以上。しかも、異常なほど静かに滑るように進んでくる。


「背面迎撃! やつも敵だ、囲め、撃ち落とせ!」


 火線が交差し、ミサイルが奔る。だが、それはすべて躱される。機体は、まるでこちらの意図を読んでいるかのように動く。一つ一つの動作が、完璧に回避の“理”に沿っていた。


 その間にも――バハムートが迫る。真正面。避けようのない軌道。巨大な右腕が振るわれ、命中と同時に機体が爆ぜる。爆発が咲き、部品が散り、残骸が漂う。


 尾が振られるたび、複数の機体が宙を舞う。戦略など意味をなさず、仲間が次々と炎に包まれ、部品と化していく。


 背後でも同じことが起きていた。


 サポートユニットの顎門が開かれ、鋭く牙を閃かせる。一撃で装甲ごと咥え込み、そのまま咀嚼するかのように圧し潰す。内部構造が破断し、機体はしばし膨張したかに見えたが――膨らんだ胴体は弾けることもなく、静かに、霧のように分解された。


 続けざまに、右前足が閃く。鉤爪が斜めに振り下ろされ、まるで柔らかなチーズを裂くように装甲を切除していく。そこに“爆発”はなかった。あるのは、ただ確実で音のない“消失”。


 仲間たちは、存在したという証拠すら残せず――消えていく。


 前にも、後ろにも――逃げ場はなかった。


「これは……これは何かの、間違いだッ!」


 首領が叫ぶ。怒声というには弱く、祈りというには届かない。否定することでしか、この現実を受け入れる術がなかった。


 だが、その声は――虚空に溶けた。


 次の瞬間、視界を覆う巨大な影。漆黒の拳が、こちらへと迫る。


 その時の首領はまるでスローモーションの様な感覚に陥っていた。正面装甲に叩き込まれた衝撃が、機体全体を貫いた。構造がきしみ、警告灯が暴れ、内部から火花が走る。制御系は崩れ、装甲は剥がれ、最期の姿を留めぬまま――爆音が空間を裂いた。


 首領ごと、最新機体、FAHR-45・ヴェルカスは爆散した。火と煙を撒き散らしながら、残されたのは――ただ漂う破片のみ。威力を誇ったはずのその機体は、バハムートの前には、羽虫のように脆く、儚かった。

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