表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
104/493

開幕の虐殺

 黒と紅の外殻が陽光を弾く中、バハムートは片腕を軽く上げた。擬似コックピットアプリを起動し、オープンチャンネルへと接続する。


「もしもし、聞こえてます? 聞こえてなくても構いませんが、ハンターのクロです。今からそちらに向かいます。――全力で、抵抗してください」


 無邪気で挑発的な声が通信に乗って響いた直後、ヨルハが低くため息をついた。


「……バハムート様、少し遊び過ぎでは?」


 呟きとほぼ同時に、青白い光の粒が空間を裂く。フォトン兵装――迎撃側の応射が、見事にバハムートの顔面へ着弾した。


「バハムート様っ!」


 ヨルハの声が跳ね上がる。だが、当の本人といえば――


「ん? なんだ?」


 衝撃も熱量も、まるで意に介さない。鋼のような口元に浮かんだのは、どこか嬉しそうな笑みだった。


 その瞬間、二発目が飛来。まるで返答の代わりだと言わんばかりに、再び顔面に着弾する。


「……ちょっとうるさいな。で、ヨルハ。なんだって?」


 バハムートは涼しい声で問い直す。炎も衝撃波も無意味――その態度は、まるで戦場を散歩でもするかのようだった。


 ヨルハは沈黙し、肩の装甲をほんのわずかに震わせる。


「……いえ。心配した私が、愚かでした」


 その呟きは、どこか諦めに似た信頼を含んでいた。


 だが、その直後。さらに一発、そしてまた一発――フォトンの閃光が間断なく撃ち込まれる。バハムートの顔面へ、次第にその密度を増して。


 それでも、巨躯は止まらない。重厚な体が光を弾き、紅と黒の巨影が、緩やかに、だが確実に戦域を突き進んでいく。


「ヨルハ。後ろに回り込んで殺って来ていいぞ」


 声音は穏やかで、まるで散歩の誘いでもかけるようだった。


「俺が的になって引きつけておく。思う存分やれ。ただし最初に言った通り、拠点と戦艦は無傷でな。逃げそうなやつだけ――スラスターを壊すのは、許す」


 その指示を受け、ヨルハの身体が一瞬で姿勢を切り替える。バハムートの右肩から滑るように跳躍し、空間に足場を刻むような軌道で疾走する。


 漆黒の体が流星の尾のごとく光を裂き、敵勢からの迎撃が集中した。ビームが網のように展開され、ミサイルが後を追う。だが、それらはヨルハに届かない。紙一重どころではない。視認すら困難な機動で、全ての弾道を“回避”する。まるで未来を読んだかのように、敵の意図を先読みして縫うように進んでいく。


 やがてその姿は、敵陣の背面に消えた。


 その間も――バハムートは進む。全身に叩き込まれる光弾、爆発、質量攻撃。そのすべてを真正面から受け止めながら、一歩、また一歩と戦線を押し広げていく。体は砕けず、進行は止まらず、目に宿る光すら揺るがない。その姿は、もはや神話の巨神そのものだった。


「……くすぐったいな」


 小さく笑うように呟き、金の双眸を細める。


「ヨルハ、もう回り込んだか。――よし、そろそろ殺るか」


 その瞬間、空間が鳴った。視界の先には、密集した戦艦群。起動兵器の数は百を優に超え、無数の火線が真空を縫っていた。その中央で、バハムートは一つ、息を吐くように尾を揺らす。


「マーク確認。ID一致――犯罪組織ディープグランド。殲滅で5,000万Cか。最近、値が上がったみたいだな……いただこうか」


 金色の双眸がわずかに細められた瞬間、静寂の中に、見えない揺らぎが走った。音はない。だが、空間のひずみが波紋のように広がり、あらゆる物質の配置が僅かにずれる。観測機器が警告を出すよりも早く、巨躯が前へと跳ねた。


 バハムートが加速する。その動きは質量に反する軽さで、空間を滑るように進む。だが、その軌道上にあった敵機は、接触と同時に圧壊した。シールドも装甲も意味をなさない。まるで存在ごと押し流されたかのように、内部構造ごと潰れ、砕けた。


 右腕が振り上げられ、叩き下ろされる。空間そのものが瞬間的に収縮し、センサーが閃光とも判別不能な“揺らぎ”を記録する。音も爆発もない。ただ、前衛にいた機体の骨格が、内側から押し広げられるようにして崩壊していく。


 続けて、尾がなめらかな弧を描いた。漆黒の表面が微かに光を撫でた次の瞬間、周囲の敵機が“裂かれた”。速度も衝撃もない。ただ構造が断たれたかのように――フレームが、チーズを切るナイフのように、抵抗もなく断面を見せて沈黙する。


 空間に火花はない。音もない。ただ、その“結果”だけが確実に周囲を支配していた。誰も、何も“される前”に気づくことすらできなかった。


 そして、後方から迫る黒い影。


 ヨルハは、漆黒の軌道が流星のごとく尾を引き、敵陣の背面へと滑り込む。その移動は、もはや機動ではなく、“跳ねる重力”のようだった。


 顎門が閃き、鋼の装甲を噛み砕く。内部構造が破断し、装甲はしばし膨張したかに見えたかと思うと――膨らんだ胴体が、弾けるでもなくゆっくり崩れ、霧のように分解された。


 右前足が閃き、刃のような鉤爪が斜めに振り下ろされる。それは断裂ではなく、“切除”だった。静かに、確実に、まるで柔らかなチーズを裂くように、音もなく装甲が割れる。内部構造が空へ漏れ、電子の火花すらなく消滅した。


 敵陣は、完全に崩壊した。


 三次元空間を利用して散開し、逃走を試みる機体が幾つもあった。だが、その試みは“希望”ではなく、“猶予”にすぎなかった。


 バハムートが拳を振るうたび、ひとつ、またひとつ――仲間の機体が呆気なく消えていく。爆発が連鎖し、破片が空間を漂い、わずかに遅れて赤い光が周囲を染める。そこには、抵抗の余地などなかった。


 ただ一歩踏み出すだけで、“圧”が生まれる。戦列が乱れ、戦場の重心そのものが引きずられるように軋み、バハムートの攻撃によって逃げ惑う敵機たちは、その影に怯えた。


 そして、包囲は完成する。


 ヨルハが回り込む。滑空する黒い影が、獲物を逃がすまいと背後に回り、顎門を開く。鋭い牙が敵機の胴体を食い破り、右前足の鉤爪が、風を切ることすらなく機体を裂いた。


 方向の自由を奪われた敵機たちは、まるで見えない檻に閉じ込められたかのように、空間を蹴って足掻く。しかしその一手すら、次の一撃の誘いに過ぎなかった。


 逃げ場はない。どの角度にも、“破壊”が先回りしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ