密約の果てと迫る黒き影
輸送艦を襲撃し、邪魔な護衛を排除したあと――首領は拠点の奥にある簡素な通信端末を起動し、暗号通信を繋いだ。
薄暗い画面の奥には、仄かな照明に照らされた男の顔が浮かび上がる。無表情のまま眼鏡を押し上げる仕草が、妙に冷たく感じられた。
「……あんたの情報のおかげで、輸送艦は無傷で手に入った。乗組員は全員始末したが――問題なかったか?」
首領の問いに、男はわずかに口角を上げて応じる。
「あんな左遷組に用はない。どうせ飼い殺しにされるだけの連中だ。始末してくれれば、こちらも人件費が浮く」
その言葉に、首領はニヤリと笑った。声のない笑みは、どこか獣めいていた。
「ああ。中身も確認した。コロニー向けの資材と物資……まあ、それだけでも上出来だったが――上等なおまけが付いてたな?」
画面の奥で、男も静かに笑みを返す。
「君たちには随分と世話になってるからね。フォトン社の最新軍用機体“FAHR-45・ヴェルカス”、それと君たちが好む“フォトンスナイパーライフル”の新型を一挺。同梱しておいた。機体に合わせてきちんと調整済みだよ」
「……太っ腹だな」
「拠点を拡張したいと言っていただろう? 建設資材と最低限の生活物資も加えてある。それと――こちらにも頼みたいことがある。いつもの件、問題ないか?」
首領は満足げに頷き、片手をひらひらと振った。
「取引成立ってわけだ。金はいつもの額に――目ん玉が飛び出すくらい色をつけてやる。こっちもそろそろ、この辺をまるごと“自分のもの”にしていく頃合いだしな」
そう言いながら、首領が口元を吊り上げたその時――画面の男が眼鏡のブリッジに指をかけ、声を潜めて言った。
「……ただ、気になる情報がある」
「ん?」
「その辺境域に、“バハムート”が現れたらしい。――手を出すな」
その名を聞いた瞬間、首領はわずかに眉をひそめるが、すぐに鼻で笑った。
「ハンターじゃあるまいし、自分から死にに行くほど馬鹿じゃねえ。だが――この辺境でハンターなんて言っても、大した実力じゃねえだろ?」
軽口のように放たれたその言葉に、画面の男は表情を変えなかった。ただ、ひときわ冷ややかな声で返した。
「……ハンターを侮らないことだ。貴重な“売り物”を失ったばかりだろう?」
その一言に、首領の顔がしかめられる。
「……それは、そっちの失策だろうが。黙って人身売買だけにしておけばよかったものを、欲をかいて“ペット”なんぞに手を出すからだ。バカじゃねえのか?」
吐き捨てるような声に、通信の向こうの男は何も言わず、ただ視線を逸らす。そして――ノイズ混じりの画面が、音もなく暗転した。
室内に、再び沈黙が戻る。だが、その静けさの裏で――確かに迫っていた。死神ではない。もはや、“破壊”そのものと呼ぶべき存在。
静寂の皮を裂くように、黒き獣が影を落とす瞬間は――、すぐそこにあった。