おまじない
ドッタン、ガッタン、バッタン、床を鳴らしながら村上はふらついて部屋に戻ってきた。
「ハアー、ハア、ハアもう駄目だ。もう走れない。でも、し、死にたくない」
村上は床に両膝をつき、泣き崩れた。
「どうしたんじゃ、村上とやら」
「爺さん、心拍数八十以上あげるのはつらい。こんな生き方はしんどい。つらい」
「そうじゃろうなあ。その水ぶくれの体では走るのは大変じゃろう。村上よ、もう一つの方法を教えてやろうか」
「もう一つの方法?」
「ああ、おまじないじゃ」
「おまじない?」
「うん。それを唱えればその針の動きは止まる」
「爺さん、そのおまじないを教えてくれ」
「うん、それには条件がある。もう悪い事はしないと約束するんだ。するなら教えてやる」
「分かったよ。まじめになるよ。悪い事はしない、だから教えてくれ」
「よかろう」
「爺ちゃん、一体何の話をしているの」
良太は又衛門と村上の会話が理解できなかった。
「わしのハチ型監視カメラがこの男の腕を襲ったんじゃ」
「襲った?あれは監視カメラじゃなかったの」
「監視カメラと同時に攻撃用のロボットでもあるのじゃ。本物のハチのようにお尻に針が付けてありその針が体内に入ると心臓を破壊しようと自動的に進んでいくんじゃ。ただ、その針の動きを止めるには心拍数を八十以上に上げるか、もうひとつがおまじないじゃ」
「ふーん」
良太はようやく納得した。
「ウワアーまた動き始めた。爺さん頼むよ。早く教えてくれ」
村上の体に入った針は右の二、三本の縮れた毛の生えた乳首辺りまで進んでいた。
「分かった、今教えるぞ。こう叫ぶんじゃ。カニが食べたーい」
「えっ?今なんて言ったの」
良太は又衛門に聞いた。
「カニが食べたいじゃ。村上、ボーっとせずに早く叫べ」
「分かった。かにがたべたーい」村上はあらんばかりの声を出した。
すると、今まで皮膚の上を動いていた針はピタッと止まった。
「止まった。止まった。止まったアアアアア」村上は手を上げ小躍りした。
「さあ、村上お前のボス高橋を連れてここを出て行くんじゃ」
村上は始めて高橋が床に倒れているのに気づいた。
「兄貴、どうしたんだ」
「村上、お前の携帯電話を聞かせてくれんか」
又衛門は村上に尋ねた。
「俺の携帯番号?知ってどうするんだ。ジジイ」
村上は鋭い目で又衛門を睨んだ。
「必要だからじゃ。次のおまじないを教えるためにはお前の連絡先を知っておかねばのう」
「次のおまじない?何だ次のおまじないって?」
「今叫んだおまじないは二十四時間しか効果がないんだ。それを過ぎれば再び動き出す」
「エエッ!二十四時間しか効果がないの?」村上の顔から血の気が引いた。
「そうじゃ、二十四時間じゃ。一秒でも過ぎれば再び動き出し、今度は二倍の速さで心臓に向かう。これから先二十四時間ごとに連絡する。忘れない限りだが。さあ、教えてくれ」
「電話番号は〇九〇・・・・・です」
村上は直立不動で電話番号を知らせた。
「それから、村上。勝手にその針を取ろうとするなよ。手術で除去しようとすれば大変な事が起こる。取ろうとすれば、針が潰れ猛毒が流れ出す。わしが開発した強烈で最悪な溶血毒じゃ。お前の体の血は一瞬で溶けるだろう」
村上の体は小刻みに震えはじめた。
「………爺さんが死んだらそのおまじないは…」
「世界でわししか知らんからのう。残念じゃ、あきらめてくれ」
「爺さん、お願いだから長生きしてください」
村上は泣きそうな顔で哀願した。




