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50. 断罪されるのは誰なのか

「話になりませんな。証拠もなしに我が家の家人までお疑いとは」


 怒り交じりの侯爵の声にも第二王子は止まらかった。


「証拠が欲しいと申すか」

「人々の前で我が娘にこれだけの非難を浴びせたのですから、至極当然でしょう」


 その言葉に第二王子の目元がますますきつくなる。

 なんだか身につまされるような気がして個人的に王子に同情したくなった。――そういうものなのだとしても、やったら後で辛くなるよ?  

 だけど、やっぱり第二王子はやめなかった。

 

「異性であれば、黙らせるのはたやすかろう――」


 あまりにも酷い言葉にメアリが小さく息をのんだ。だってそれは、メアリが異性を手玉に取っているってそういう意味だ――。

 そして周りからは悪意のある失笑が生じた――女性たちだ。

 

「それを証明することができると――おおせですか」


 侯爵の手が拳になった。堅い言葉。

 第二王子はやれやれとでもいうように大きく嘆息して、長々と何やら書きつけられた紙を取り出した。


「この夏のメアリーローザの行いを非難する訴えがこれだけ届いた――すべてが女性からのもので、これは写しだ。匿名で訴えてきた者たちの名前を明らかにすることはできないのでな。だが、ひとつ残らずオレステ領に滞在した者たちからの訴えで、内容はメアリーローザの不義を懸念させるものばかり。お前はこれをすべて否定できるか」


 伸ばされた手から紙の束を受け取り、侯爵が静かに目を通す。


「これはこれは、ずいぶんな言われようですな――だが、どれも証拠とは言えない。娘を羨む者の悪意あるでっちあげ以上のものではない――本人がこの場で堂々と証言できるというのなら考えてもいいが」


 ふん、と鼻を鳴らすやり方と見下した顔。侯爵、本当にいいやつだな――お嬢さんは潔白だよ。

 俺もだけど。


 だけどこれは――やった、やらないの押し問答には証拠などない。もちろんやってないけど、残念なことに数では劣勢だ。

 そしてたとえ事実と証明できなくても、これは間違いなくメアリの醜聞になるし、このまま円満に婚約発表とはなりそうにない。


 本心ではもう割って入りたいところなんだけど、もうちょっと待ってば悪役が墓穴を掘りそうでもあるし……そう思いながら耐えて待った。


 今回の茶番。

 ウェインが調べてきたところによると、この根底にあるのは政治的な意味での第一王子派&エドワードと仲の良いメアリを妬んだ女性たちの思惑が一致して起こった出来事だ。


 「行動を起こすなら相手側の証拠を完全に否定できるタイミングでお願いします」


 ウェインは俺が渡した小箱の中身を確認しながら呆れた声でそう言ったし、それはそうだと思う。

 俺が様子を窺う間に睨みあいともいうべき時間が続いて――。


「あの……」


 小さな声をあげて挙手をした人物がいて、俺はぐっと手を拳にした。

 かかった。

 メアリの顔が明るくなる。

 助けを期待したのがわかる――メアリは潔白だと証言できる人物の挙手だから。


 だけど、違う。


「その手紙の一通を書いたのはわたくしです」


 いったんは静まった広間が大きくざわついた。

 当然だ。

 メアリを非難する手紙を書いたのが、一番近くで状況を見知っていたはずの、妹をかばうべき立場の姉、ルイーズ嬢だったというのだから。


「ルイーズお姉様!?」


 メアリの困惑の声。


「ルイーズ!?」


 訴えた主を炙り出そうとしていたオレステ侯爵でさえ顔色を変えた。


 そんな二人のことなど全く考えていないのだろう悪役は、仮面を外すといかにも憔悴しているといった様子で皆の前に進み出た。


「この夏の妹の行動は――とうてい王子妃としてふさわしいものではありませんでしたわ」


 そう話す声は震えていて、辛そうだ。

 

「わたくし――わたくしはっ……大切な妹をこのような目に遭わせたくはなかった……けれど、これ以上はとても黙っていることなどできません。妹は相応しくありませんっ……殿下の妃となる資格などないのです。市場調査だなどといい加減なことを言って平民街をうろつくことも、素行の悪い人たちとつきあうことも――その見た目と身分という力を利用して家人たちを手玉にとることも、見目良い男性を侍らせることもっ!」


 涙交じりの力説。


「何をバカな! メアリが市井の様子を調べるようになってからの我が領はずっと安全で豊かになった。特産品や新商品の開発、治安の維持――自警団が組織され、その組織作成にメアリが貢献したことは領内の者ならば皆知っておる。それに家人を手玉にとるなど、今までメアリがそのようなことをしたことは――」


 オレステ侯爵の怒声。

 それに負けずにルイーズの声が響く。


「いいえ、いいえ! お父様、それにアーネスト殿下も――みんな、みんな妹に騙されているのです! あの子は――あの子は性悪です! だって妹はこの夏中あの人を独り占めして見せびらかし、優越感に浸って笑っていたのですもの。だからこそそれだけの量の訴えが届いたのですわっ!!」


 ――ん?


 両手を拳にして涙ながらに訴えるルイーズ嬢と一緒に周囲の御令嬢や御婦人たちが熱心に頷く様子に、オレステ侯爵は驚きを隠せない様子だけれど。


 なんか、今盛大に話がずれたような気がする。


 俺は訝しむ顔で隣に控えたウェインを見た。

 ウェインがなんか、呆れたような顔をしたような。

 反対側を見れば、クリスも。


 噂を集めて戻ったウェインから俺が聞いた話はこうだったはずだ――この断罪イベントの根本にあるのは第一王子クエンティン派と第二王子アーネスト派の軋轢。二人の力は拮抗しているのだけれど、どうやら才色兼備のメアリが第二王子と結婚したら第一王子の方の旗色が悪くなりそうな感じ――第二王子にもメアリにも王位を狙う意図はないのに。

 とにかく第一王子派は第二王子の勢力をそぎたくて――突ける粗を捜しているってわけ。

 で、俺の登場を理由にメアリを悪女に仕立てて第二王子は女に弱くて騙されやすいという印象を持たせよう。ついでに二人の婚約が消えれば万々歳。

 さらについでに、どうやら第一王子が密かにメアリを狙っているらしく、婚約破棄されたメアリを慰めていずれ自分の相手に。そうなれば第一王子の陣営は盤石。そのためにルイーズ嬢を抱き込んだらしい――って。


 そう聞いたんだけどな?

 なんか、おもいっきり違うやつが混ざってない?


 と、そんなかたちで眉を寄せていたら、


「そうよ! メアリ様ったらずーーーーーっとあの方を独り占めしてらした」

「そうよそうよ、わたくしなんて一度お茶をご一緒しただけなのに――『いい加減にお帰りになってはどうですか』なんて、偉そうに」

「まあ、わたくしなんて『散歩をご一緒したくて伺いましたの』って言ったら『またなの?』って――あんまりだわ!」

「そんなの――あなた学院でもメアリ様とお話をしたことなんてなかったじゃない! わたくしなんか『本当のお友達だというのなら放っておいてくださいませ』って門前払いでしたのよ」

「どっちにしろ邸内に入れたって変わらないわよ――あの方のお隣を譲ってくれないのですもの。ほんの少しの時間も二人っきりにしてくれない念の入れよう――ひどすぎるわ!」

「本当よ! ちょっと上着の袖を引いただけなのに『はしたないことはおやめなさい』って偉そうに――! 自分は仲良くしているくせに」

「そうよ、ご自分はアーネスト殿下との婚約が間近だっていうのに、どっちがはしたないのか――」

「皆様がお帰りになった後だってそうよ――わたくしともぜったいに二人きりにはしてくれなかった。執事や侍従がいてもよ。なのに自分はずっと隣に――って、おかしいじゃない!」

「どこからいらしたのかも、どんな身分なのかも教えていただけなかったのよ! ご自分は知っているのに――性根が曲がっているに違いありません。いくら口止めされているからとは言え、こっそり教えてくださるくらい――それがおしゃべりの楽しみというものなのに!」


 延々と続きそうな文句大会が始まってしまった。マジうるさい。

 そして両サイドからの視線がイタい。


殿下・・、随分とご迷惑をおかけしたようですし、ご自分で収拾なさったほうがよろしいかと」


 正体をばらして収拾をつけろ、と促すウェインの声がものすごく冷たい。


 ううううう。もう……このまま逃げたい。

 かといって逃げるわけにはいかない。

 本っっっ当に、ほとんど全部俺のせいだ。


 機会があったらメアリには土下座で詫びよう。オレステ侯爵にも。


 は~~~~~~~~~。

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