49. 断罪イベント再び
連なる貴族の面々の前で名前を呼ばれたメアリは――仮面を外し、期待と信頼の表情を浮かべて進み出た。
第二王子の前で丁寧にお辞儀をして言葉を待つ様子に、あそこにいるのが自分だったら絶対に断罪イベントなんかやらないのにって――いや、やったな、俺……じゃなくて俺になる直前のエドワードが。
そう思ったらプリシラに申し訳なくて――じゃなくてプリシラの中身だったユウナさんに申し訳なくて、国に帰ってもう一度謝りたくなった。
居並ぶ人々の前でたった一人の女性を糾弾するなんて、たとえその相手が悪役だとしてもやっていいことじゃないと思う。
妹なら「そこがスカッとするとこじゃない。それにゲームならではでしょ!」って言うだろうけど。
ゲームだからって、こうやって実際に入り込んでみれば現実と変わりない。
ましてやこれは冤罪だ。
ゲームとしては必然なのだとしても、やめるなら今だ、まだ間に合うぞ、って心の中で第二王子に言いながら、証拠の足しともいうべき品物を入れた小箱を手にゆっくりと近づく。
「メアリーローザ・マヌエ・ド・オレステ。そなたは私に伝えるべきことがあるのではないか」
こちらも仮面を外した第二王子(やっぱりイケメンだった。コンチクショウ)に硬い言葉で聞かれて小首をかしげるメアリには、もちろん心当たりなどあるはずがない。
二人ともごめん。うまくいっていたラブストーリーに波風を立てるつもりはなかったんだ――そう思いながら俺はもう一歩近づいた。
硬い表情の王子が言葉を重ねる。
「私はこれまでそなたが正直に話してくれるのを待っていた――信じてもいた。流言は否定さえした。だがそなたは話すつもりはないようだな――そなたは私の信頼を裏切った」
それにしてもこの頭から決めつける感じ、本当に酷いよな。
エドワードより年上なのに、お前もアホなのか。責めるよりもちゃんと裏を取れよ――取ったつもりなのかもしれないけど、本人にきちんと確認もせずにつるしあげるなんて。
ざわつく会場。メアリの後ろで無言のオレステ侯爵は何を考えているのか。
「恐れながら――アーネスト殿下、わたくしには何のことをおっしゃられているのか皆目見当もつきませんわ」
正直な答えに、第二王子が今は仮面を外しているその顔をわずかに顰め、表情を曇らせる。
その背後には仮面をつけたままの第一王子とその取り巻きが――メアリの姉のルイーズ嬢も婚約者の騎士とともに――静かに立っているのが腹立たしい。
「この夏――国内を騒がせた人物がいるのは知っておろう」
その言葉にメアリが頷く。
俺はつい「ここにいま~す!」って茶化してやりたくなって我慢。
「その問題となる男がオレステ領に行きついたという報告を受けた」
「はい。その通りでございます」
答えて静かに背後を振り返るメアリに応え、そこからはオレステ侯爵が発言した。
「我が家の執事より報告を受けております。その者については魔術具による人物確認の上危険な人間ではないと判断された、と法務部に申告いたしました。その後は診断通り問題を起こす様子もなく、先日領内を去ったと報告を受けましたが、問題がありましたでしょうか」
第二王子はゆっくりとかぶりを振った。
「問題はそこではない。いや、そこでもあるか……」
「どういうことでございましょう?」
丁寧に訪ねた侯爵に第二王子は厳しい目を向けた。
「先日、私のもとにオレステ侯爵の邸内に若い男が居続けていると報告があった」
「はい。その人物が領地の邸内におりました。危険思想を持つ人間ではないと判明したため、噂が収まるまでの保護として邸に留まるように指示を出したと報告を受けております」
オレステ侯爵にも疚しいところはない。答えは淀みなかった。
「……その指示を出したのは、誰だ?」
それは、おそらくメアリだ。
だけど屋敷には侯爵夫人もいたし、許可ももらったし、知らせを受けた侯爵が却下しなかった以上、その決定についての責任があるのは侯爵本人だよね?
「……私の采配にご不満がおありだと?」
そう問い返すオレステ侯爵の声は若干低い。公爵家とまではいかなくとも地位は十分に高いし、かなり裕福だと聞いている。
威圧を感じたのだろう第二王子が少しだけ躊躇った。が、続く言葉を引っ込めることはしなかった。
「奥方もいたとはいえ年頃の娘が二人避暑を過ごしている――そのような場所に若い男を滞在させるべきではない」
それには確かに一理ある。
それでも侯爵が俺を滞在させたのは、報告された俺のステータスのせいだ。
職業の『身分を偽って外国を視察中の高位貴族(通常非公開・他言無用)』ってやつ。
外国の高位貴族、しかも『通常非公開・他言無用』の文字。迂闊に追い出したり適当な噂を広めたりすれば、現時点ではどことも知れない俺の母国――外国との関係が悪化する可能性は高い。だけど、それも含め必要なところには申告済みだろうに――この王子様は知らないのか?
「だがあの者の人物鑑定に問題はありませんでした。そして私の娘は誠実で、執事は忠実です。どこにも疚しいことはない」
欠片も躊躇うことなくきっぱりと頷く侯爵はかっこいい。
「随分と信用しているようだな――」
そう。執事のオリヴァーを欠片も疑わないその姿勢――だからこそオリヴァーも侯爵家とメアリのために行動し、俺に王都に行くように勧めてくれもした。
そういうのって、いい。
「だが、この夏のオレステ領内はずいぶんと騒がしかったと聞く――来客が多かったようだが、全て把握しておるか?」
「当主でありますれば当然かと――もちろん、身分を偽って出入りする者がいたことも含め、把握しております。犯罪行為はありませんでしたので捕縛せずに帰しましたが」
つまり、第二王子が来たことも、メアリに会わずに帰ったことも知っているってことだ。
「ではそなたは、ここにいるメアリーローザがその領地内でどのように過ごしていたのかも全て把握している、と?」
「もちろんです」
自信のある受け答えに、第二王子がついに声を荒げた。
「そのどこの馬の骨とも知れぬ男と逢引きを繰り返していたことも知っていたというのか!?」
あ、やっぱり――。
メアリの驚きの顔と、侯爵の呆れた顔。
「アーネスト殿下、わたくしはけしてそのような――」
否定の言葉を口にしたメアリを第二王子が睨んだ。
「黙れ! 私とてこの目で見たのでさえなければ信じはしなかった。そなたはそのようなことをする人間ではない、と流言はすべて否定してそなたを信じ、それなのに私は裏切られた。――間違いなくこの目で見たのだ!」
「いつ、何を、見たとおおせなのですか――」
「二週前の火曜――そなたは一日中あの男と一緒にいた」
またしてもメアリの驚いた顔。
「昼食を共にし、読書をし、庭を歩き、茶を飲み、楽器を弾き――夕食を共にし、食後に母親と姉を下がらせて遅くまで二人で歓談し――」
周囲の人間のざわめきが大きくなる。
「誤解を招くようなおっしゃりようはやめてくださいませ! そのいずれも第三者が同席しておりました! あの人と二人きりだったことは一度もありません!」
メアリの声はそのざわめきを越えて響いた。
「食事には母と姉がいつも同席を――叔母と従妹もおりました。お茶もそうです。庭を歩いた時も、楽器を弾いた時もいつだってお客様がいらしたし、食後に話をしたときは必ず執事が――そうでないときは侍従がおりました」
「だが、そなたは常にあの者のすぐとなりにいた。そして食後の歓談には――そこに女性の目はなかった――そうだな?」
それはそうだ。だって俺といるときの女性は、たとえそれがきちんとしつけられたはずのメイドでも目がハートになる。俺の事情を知っているメアリだからこそ惑わされないでくれていたのであって――つきまとわれるのは日中だけでたくさんだし、転生の話はオリヴァー以外には話していない、ってメアリが言っていたから、転生関係の話をするときはいつも執事だけが一緒だった。
「つまり、我が家の使用人が信用ならないということですかな?」
オレステ侯爵の声がさらに低くなった。




