38. そういう世界 その二
「さて……」
とりあえず場所を移した。
あんまり乙女ゲーっぽくない、簡素な――つまりおしゃれじゃない――そのせいかガランとした食事処は相談場所にちょうどいい。盗聴防止の魔術具の効果範囲に入ってくる人間もいないし、いてもすぐわかるから。それにここはご飯がおいしい。
二日前に泊まった宿の店員に「味がよくて価格がリーズナブルなら他はどうでもいいんだけど、ご飯のおいしいお店しらない?」って聞いたら教えてくれた。ちょっと居酒屋的な雰囲気があって、お客さんは平民ばかり。当然おしゃれじゃないし美形な店員さんはいないしこじゃれたメニューもないけど、確かにご飯はおいしかったし、俺はそれまでに入ったどの店よりもほっとして二日続けてここに通った。
だって、『ぽくない』んだもん。それってかなり貴重。
簡素な――つまりおしゃれじゃない――テーブル席に向き合って座る。
「一応言っとくけど――そういうつもり(・・・・・・・)はないから。だから好きなものを頼んでいいよ?」
適当にぽいとメニューを渡しながら明言すると、メアリは俺を睨んだ。
そして仏頂面。
ちょっと突き出した下唇はかわいい――っていうか、どうしたってかわいいんだったよな、もとがいいから。くそっ、設定め……あ、俺もだけど。
自分もシステムの恩恵(とは思えない日が多いけど)にあずかってこの外見なんだった、と呆れた感じで息を吐いたら、もうちょこっとだけメアリの下唇が出た。子どもか。
ふっ
妹みたいだ――そういえば、ミチカ、元気かな。
そう思って笑ったら。
「エド、あなたねぇ!? やっぱりからかって弄ぶだけのろくでなしなんじゃないの! 信用したわたしがバカだったわ!」
「は?」
怒鳴られて、? な顔になった俺にメアリは続けた。
「あれだけしっかりエスコートや場に会った振る舞いができるくせに、ちょっと気を許したとたんに『こんな店』ってどういうこと!? 女の子連れで入るとこじゃないでしょ!!」
なんで不機嫌なのかと思ったら、店のグレードが落ちたことが気に入らないのか。まあ確かにここは乙女ゲー転生中の女性の価値観には合わないだろうけど――って――でも、もういいよ、そういうの。メアリが転生者なら、間違いなく俺の相手じゃないし。メアリには当然攻略中の=狙ってる、相手がいるはずだ。
魔術具が機能しているせいか俺が怒鳴られていてもこっちを見る人間はいないけど、興奮しているせいか身振りが大きいから違和感がある。
「落ち着け、メアリ。まず君は俺の『友人』であり、俺は君の『攻略対象者』ではない。自分でも『友達』だって言っただろ? それにここの料理は大通りのキラキラした喫茶店よりずっとうまい。テーブルマナーなんて気にしなくていいし、人目も気にしなくていいし――それに魔術具を作動させているとはいえ乙女ゲーの世界に転生しただなんて人前で大っぴらに話す内容じゃない。だから、十分TPOにもかなってる。ちなみに俺のおすすめはバニラのアイスクリーム付きのアップルパイだ。見た目は悪いけど味はバッチリ」
さっさと情報を開示したら、
「え? あ? え!? ……えええっ!? エド、あなた、今なんて――」
メアリの目がまん丸になって俺を凝視――まあ、そうだろう。内情を知ってる人間がどれだけいるか――この国の転生者は何人だろうね?
「おすすめはアップルパイ。バニラアイス付きで」
聞きたいのはもちろんそこじゃないだろうけどそう言ってみたら、メアリはおとなしく座りなおした。
「……じゃあそれで。紅茶も」
一度カウンターに行って注文して戻るとメアリはなんとも情けない顔をしてこっちを見ていた。
「そんな顔しなくても――仕切り直して自己紹介からする?」
「……」
「じゃあ勝手に自分を紹介する。俺は――」
「待って!」
いきなり遮られた。
「……何?」
「口で言うんじゃなくて、ステータス画面、見せてくれない?」
え。それは嫌だ。
「……なんで?」
元がついているとはいえ、『外見に極振りしてあるアホ王子』だなんて見せたくないんだけど。『一応』もついてるし。
渋ったらメアリの目がまた細くなった。
「……あなたの言うことが本当なら、あの画面を出せるはず――それにあれならごまかせない――でしょ?」
そうなの?
でも、ジョブとスキルがバレるのは避けたい。
「黙ってるってことはつまり、正直に話すつもりがなかったってことよだね?」
そう聞かれて大きく息を吐く。
「嘘をつくつもりはなかったけど、ジョブとスキルは公表したくなくて……」
正直に答えたらメアリは、ああ! って感じで頷いた。
「なるほど……それなら対外的なやつでもいいわよ。あれって元のデータと似たようなことが表示されるらしいから」
そうなの?
そういえばたしかプリシラが自分のやつには名前と年齢と肩書きが出るって言ってたような――。
「どうやったらそっちが表示されるのかわかんないんだけど?」
そう言ったらメアリの目がまた細くなった。
「なに? なんかおかしい?」
聞いたら今度はため息。
「今まで街から街の移動とか、どうしてたの? 身分証明――チェックあるでしょう?」
ああ、そういう理由。
「ああ、あれ――最初の国内ではほぼ顔パスで?」
家臣を引き連れた自国の王子の身分チェックとか、ないし。
「……国境は?」
「転移魔法で。で、この国からもさっさと出たかったんだけど、ここの国境は越えられなくて足止め食らってる――ってことで、どうやったらいいの?」
だから困ってるんだよ、って伝えたつもりなのに、メアリはぎょっとしたように目をむいた。
「国境が越えられない!? それって重罪人じゃない!! 何をやったの――って、アレ!? ……さっきのあの子――本当にやったってこと!? それなのにまた性懲りもなく!? それで定住できないのね!! あっぶない。騙されるところだった。顔のいい男と口のうまい男には要注意だったのに油断した。とにかくこのままにはしておけないわ。逃げる気はないみたいだけど、どうしたら……」
何を思いついたんだかメアリの独り言が止まらない。
とりあえず聞こえてる人がいなくて助かったけど、本当に、一人でずいぶん賑やかなことだ。
そして重罪人扱いはやめて欲しい。……何をやったのかって、俺は山のような数の女性たちにフラれ続けた以外は何もやってない。
メアリの独り言が終わるのを待っていると、注文したアップルパイとお茶が運ばれてきた。メアリに「ちょっと黙って」と言ってから魔術具を解除して受け取ってセットしなおす――アップルパイは、やっぱり形は凸凹だけどバターの香りがいい。もちろんリンゴとシナモンも――「先に食べてるよ?」一応一言断って、メアリの独り言が終わるまで甘味に癒されよう……もぐもぐ。
「……あなたどこの国で指名手配されたわけ!?」
危うく口の中のパイを吹きそうになった。
やっと独り言が終わったと思ったら指名手配犯とか、なに、いきなり。




