22. アホではないアホ王子
「帰るか」
食事の後でクリスにそう言って馬首を巡らせる。
帰りも三時間かかるなら、長居は無用。
帰りながらも領主と馬首を並べて聞いてみるのは、ここで育てている作物のことと上流のことだ。どうやら護岸工事が進まないせいでこの土地は普段は牛の放牧地。もっと高い位置では普通に野菜、さらに高い位置では小麦――うんうん。いい感じの穀倉地帯なんだろうな。国にとっては重要だ。
さてさて、護岸工事が難しいなら氾濫する原因を知りたいのが当然。
領主の説明では地形と天候だそうで、ごく普通の理由だ。
氾濫は、雪解け水のせいかと思ったら夏場の雨による大水も多いそうで、しかも上流にあたる山側はブランウィック子爵家の領地――つまりまた別の領主が治める土地らしい。木材はそっちから運んで、こちらからは穀物を――そういうやり取りがあるそっちの領主との関係は良好。
ダムを造るならそっちと交渉だな――って、この国の技術でダムとか造れんのかな。帰ったらプリシラに聞いてみないと。
ところどころプリシラに聞かないとわからない案件が入るんだよな。
それか、国王の執政官。
当然だけど、執政官はお城で国王と仕事をしているのでここには来られない。
「あっちの断崖絶壁の向こうは何をやってる土地?」
こんなに近くに食糧豊富な土地があるのに仲が悪いなんておかしいだろ。そう思って聞いてみる。
「向こうは魔術資源の豊富な山があって――つまるところがまあ、魔石が主な産物なんです」
なるほど。
魔石は魔術具を作るのに欠かせない重要物だ。この世界では生活に欠かすことができない素材の一つ。前世での燃料――電気やガス、石油などの代わりになると思えばわかりやすい。
こっちから強く出られないわけはそれか。
「あの崖のせいでこちらは魔獣の被害は殆どないのですが」
代わりに水害が起きる、と。
「魔石と穀物をやり取りしている、というようなことはないのか?」
「あるにはあるのですが、直接のやり取りではなくて――上流のブランウィック領を一度通しているんです」
「なんで直接やらないんだ?」
「水害の度に穀物の値が変わるのが面倒だと言われまして。安定供給のためにも治水工事を、と思ったのですが」
じゃあ、次の査察先はブランウィック領だな――その後で仲の悪い川向うか。もしくは逆順の方がいいか――それも帰ったら相談だな。
国王につけられた査察官もそれなりに使えるけど、決定権をこっちに丸投げしてくるからイマイチ信用していいかどうかが怪しい。やっぱり帰ったら一度プリシラに聞こう。
王都まで転移しなくて済むから楽だし。
「その上流――ブランウィック領の特産品は?」
「木材と乳製品、毛織物――特に冬用の女性向けショール用のやわらかい高山山羊の毛は高値で取引されているようですが、量産が難しく数が獲れないのだそうで」
ああ、アンゴラとかカシミアとか――。
「昨夜一枚かけてくれたやつだな? 確かに手触りがよかったし、シーツの上に一枚乗せただけでずいぶん温かかった」
「お気づきになりましたか! ここの次はそちらに向かうのではないかと思って御用意させていただいた次第です。冬場であれば二枚か三枚重ねて――虫がつかないように加工できればいいのですが」
ふんふん。天然資源だろうから防虫加工は大事だよね~。農薬ってわけにはいかないだろうけど、ここでならハーブとか――そっちはミチカに聞いてもいいかも。俺は服飾関係はからっきしだけど、染色の時の薬品に混ぜるとかありそう――。
「染色は? 織物加工はどこで?」
「少し上ったところに工場があります。絹織物や綿織物についてはここでも取り扱っています――そちらも見学なさいますか?」
「んん~、今日は止めとくけど、明日にでも――木材の流通方法は? 川を流してる?」
「はい。上流ではそうはいきませんが、流れが穏やかになってからは川を利用しています。住宅用や薪は殆どがそうです。加工品はまたそれぞれで、ものによっては船で運びますね」
「今困ってるのは川のことだけ?」
「ええ……と」
言い淀む様子に促した。
「言うだけならタダだから言っといたら? 国王じゃないから応えられるかどうかはまた別だけど」
「……それでは――風土病、とでもいうのでしょうか、さらに季節が進んで夏が終わりに近づくと体調を崩す者が増えるのが気になっております」
「症状と原因に心当たりは?」
「……頭痛、吐き気、食欲不振、眩暈――心当たりはなくて」
「他の季節にはないの? 場所的には? 遠慮なくどんどん話していいぞ」
「……それでは――この川の周囲に多いのですが、他には何とも」
夏の終わり、ねえ。蚊とか、なんか昆虫媒介の病気でもあるのかな。
「まさかと思うけど、住民が飲料水として使ってる川に使い終わった染料を直で流したりしてないよな?」
「それはもちろん――廃液は害のない状態に加工処理をしてからと決まっておりますので……」
そう言いつつ、なんか歯切れが悪い。
「上流のブランウィック領とやらでもそう?」
「……そのはず、です」
うん。つまりその辺は調べて欲しいってことかな。疑ってはいても、世話になっている手前明言はできないし強くも出られない、と。
そんなことを考えながらの帰り道、羊の毛刈りをしている農家があった。
はは。毛を刈られた後の羊とまだの羊の差が実に激しい。そして実に大変そう。
領主は毛刈りの後の工程についても帰りながら説明してくれた。
でかい風呂桶のようなものの中で石鹸水で洗って汚れや脂を取り除き、繊維をほぐす。それを少なくとも五回――ほぐしたものにまたしても油を混ぜつつ櫛で解き(ふわふわで真っ白になるそうだ)その後で染色、それから毛糸の状態に加工――これがさっきの羊の場合。すごい手間。夏中かかるというのもうなずける。
だいぶ遠い目になった俺を見て、「魔術具がなければもっと大変ですよ」と領主が笑った。
羊農家さんは偉いんだな。
そんな感じで領主の館に帰宅すると――。
「エドワード様! お帰りなさいませ~! 今夜はジンギスカンですっ!! やわらかいラム肉を醤油ベースの甘いタレで! もやしと玉ねぎとキャベツもばっちりです♡」
賑やかな声と一緒にミチカが飛び出してきた。
おおおお~。
帰りがけに見たつぶらな瞳の子羊ちゃんのことが頭をよぎったけれど、即座に忘れることにする。
後ろから出てきたのは領主さんの奥さん。
ニコニコと上機嫌。
「こちらのミチカ様にラム肉に合う味付けを教えていただいたんですの。王太子殿下の婚約者とのことでしたからどのような方かと思っておりましたら、とても親しみやすいお嬢様で、家人一同安堵いたしましたわ」
うんうん。
「それはよかった――食事にはまだ早いな? その前に二、三片付けることがある――プリシラは?」
「奥で領地経営の方を――収穫量の帳簿や医療体制の記録簿をご覧になっているようですわ。実に賢いお嬢様ですのね。あとで殿下とお話になりたいことがあるそうです。お茶をお持ちいたしましょうか?」
それは話が早い。
「ではそうしてくれ――クリス、ウェイン、一緒に来てくれ。ミッドランド卿は暫し休んでくれ。領主自ら案内を買っていただけたのは助かった。質問があれば呼ぶから」
往復六時間の道のりでくたびれているように見えるクリスが「げ」って言ったのは気のせいじゃないと思う。ウェインは流石、黙ったままだった。
プリシラは小会議室くらいはありそうな部屋の中で帳簿に向き合っていた。
「お帰りなさいませエドワード様――お迎えに立たずに失礼いたしました」
「いや、いい――それより、聞きたいことがある。すぐ、いいか?」
プリシラが頷いて帳簿に栞代わりの定規を挟んで閉じた。
盗聴防止の魔術具を起動させ、今日の査察で感じたこと、思ったことを一気に話す。
その途中でコンコン、とノックの音が響いて、一旦停止。
ミチカが奥さんと一緒に冷茶を運んできてくれた。
「わたしも残った方がいいですか?」
聞いたミチカを首を振って下がらせる。適材適所。ここにミチカの仕事はない。
「では、お食事の方を整えておきますね」
すんなり引き下がったミチカにウェインが驚いた顔になったが、そこは気にせずもう一度仕事の話に戻す。上流のブランウィック領にダムを作れるかどうかと、夏季に使用量が増える染料(とは限らないけれど)による水質汚染の可能性について、このミッドランド領の穀物価格と、仲の悪い隣領の魔石取引について――。
「もしかしたら既にダムのようなものがあって、その開閉によってブランウィック領主がこの土地に水害をもたらしている可能性もあると思うんだ――どう思う?」
穏やかで何の問題もなさそうな領地だと思ったのに、蓋を開けて見たらこれだ。
首を振りつつクリスとウェインにも聞いてみたら、案の定というかなんというか、アホだアホだとばかり思っていたエドワードの変わりように二人とも呆けていた。
まずは俺の暗殺をもくろむ理由――アホ過ぎて国を任せられないから――そこを切り崩し、次いでクリスには俺をはるかに越えるべく成長してもらう計画。
クリスが俺の暗殺に向けて動くのなら、当然後ろに控えているウェインも一緒だろうし、二人まとめて考えを変えてもらおう。
ふっふっふ。
どの程度までなら見せていいか、プリシラと目で会話しながら続ける。
「ダムは――建設されたという報告は国には上がっていませんわ。だからといってないとは限りませんし、造れないわけでもありません。ブランウィック領は鉱物資源少々に木材が豊富ですが、上流は山ばかり――建設には渓谷を利用できるはずです。産物が既に決まっているのであれば、こうして査察団が入ることも珍しい土地ですから隠すこともできるはずですし。
つまり、なければ造るに問題はナシ、その方向で進めればよいだけです。――ただし渋るようでしたら」
そこで言葉を切る。
「クロの可能性が高い――か。面倒だな」
俺が暴いちゃうのはアレだしね。
よし将来的に丸投げするつもりで聞いてみよう。
「クリス、どうするのが得策だと思う?」
二人とも目を白黒させてるけど、ダメっぽい案が出たらプリシラが止めるだろう。
とりあえず弟の頭の中身がどの程度なのかも知りたいし。
そんな感じで聞いてみた。
「え、あ……父上、に、報告を?」
うん。プリシラが出るまでもない、却下だ。
「証拠もないのに報告はできないだろ――国王はそんなに暇じゃないぞ?」
「え? え、あ……そうか。じゃあ、証拠固めを?」
「うん、そうだな。方法は?」
「方法――このまま査察に行って調べる?」
うん。それも却下。
「クロだとしたら隠すだろ? 他の理由をつけて俺たちのことはさっさと追い返すはず――そうなったら居座れないだろう?」
居座る理由はでっち上げられるかもしれないけど、調べる理由までは作れないだろう。
「え、ええっと……?」
「ウェイン、お前は? お前ならどうする?」
本来俺の参謀だったはずの男、ウェインはそのまましばらく黙って、俺の顔を見つめた。
「恐れながら、エドワード殿下はどのようになさるおつもりで?」
しれっと聞いて来る。
俺? 俺はね~。
本人に会って「この川の上流にダムってある?」って聞いちゃう。「川に有害物質を流してない?」ってのも。で、ログを見る。
返答次第だけど、『虚言』をラーニングするかどうか聞かれたらアウト。
そんなことは言えないから余裕の笑顔を返して――「お前の学院の後輩にブランウィック領の跡取りの知り合い、いるよな? この夏休みに遊びに行かせろよ」
やたらと(裏の)顔の広いこいつのことだ、心当たりの一人や二人はいるだろう。
アホ王子であるはずの俺の返答に当惑顔の二人の背後でプリシラがゆっくりと頷いた。




