21. アホ王子の仕事ぶり
「クリス! よく来たなー!! 親父の許可が出たのか、うんうん、さすが(プリシラの采配)だな!!」
五日後の午前中、弟たちはやって来た。ポンポンと肩を叩いて大げさなほどに歓迎してやると、クリスはかなり驚いた様子で目を見張った。
「いや~この査察ってやつ、やってみたらけっこういろいろわかってさ――だけど話し相手に困ってたんだ。お前なら絶対将来同じことをやらされるだろう? 予行練習にもバッチリだし――今日のところは見学して――もちろん意見は大歓迎だ。まずここの当主――ミッドランド男爵に紹介するぞ。俺も着いたばっかりなんだけど、なかなか気さくな感じの人で、四角四面な感じだった一昨日までの滞在先とはまた違う――ほら、こっちこっち」
と、手招きをしたところで後ろに気づいた。
「――ウェインも来たんだな? どうしてるかと思ってたよ。元気そうだな」
ゲームでは俺の参謀的な位置にいたウェインは、ミチカとの折り合いが悪くて(そりゃそうだ。チャームポーションを使われて惚れさせられていたなんて、頭脳系のあいつには屈辱以外の何ものでもないだろう)、ミチカが俺の側妃として残ることになった時点でクリスの指導係として立場を移している。今後のためにもその方がいいし。
案の定というかなんというか、今日も苦虫をかみつぶしたような顔をしてクリスの後ろに付き従っていた。
お疲れ~。
だってウェインの後ろにはあの二人がくっついてるもんねぇ。
「プリシラ! ミチカ! 二人も来てくれたのか? 準備が大変だっただろう――だけど会えて嬉しいよ」
って、そこは打ち合わせ済みの行動で、二人とも引き寄せてから順番に手の甲にキスを――って、それだけで俺は柄にもない行動に背中を捩りたくなるんだけど。
「そこは絶対ですよ! 久しぶりに会った婚約者なんです! ないがしろにされては困ります。本当はちゃんとキスしてもらいたいところなんですから」
もう、これでもかってくらいに(前もって)二人に責められたので、我慢して規定通りに振る舞う。
でも中身俺だよ? 手の甲にキスとか、普通絶対しないよね? むしろしていいの? ってなるんだけど。
まあとにかくそこはどうにか乗り切って、歓迎の印ににっこり笑って見せると、周囲から……悲鳴が。
そう。これなんだよ。
この見た目――俺はこのひと月で『能面モード』をほぼ身に着けた。
だって、迂闊に女性に笑いかけようものならそれこそ夜に寝室に忍んで来るんだから――この顔! ホント無駄にイケメン。昼の業務で疲れてるんだから安眠プリーズ!
プリシラとミチカが来てくれたんだから今日からは絶対マシになるはずだ。そう思ってほっと安堵の息を吐いた――なのに。
「エドワード様――ずいぶんと査察をお楽しみで?」
二人とも、にっこりの笑みが随分と、黒い。
そして、そんなわけないだろう。
この場に相応しい言葉を探して内心でへどもどしていると、領主が助け船を出してくれた。
「いやいや、こちらにいらしてからの王太子殿下は――と言っても今朝からのことですが、歓迎しようとした領内の美女に目もくれず業務をこなしていらっしゃいましたから――微笑み一つさえ見せていただけない、と、娘たちは嘆いていたのですよ。それがそのように笑みを浮かべられたからこその振る舞い――案ずるお気持ちはわかりますが杞憂かと」
「あら、まあそうでしたの――?」
プリシラの声が明るくなって艶を帯びた。
あら、まあ、じゃない。忙しくてそんな暇ないって何度も言ったのに。
それにこの国を出て行こうと画策している人間がそんなところを楽しむわけがない――いや? ありでもいいのか? ダメだと思ってたけどつまりいいってことか?
右腕と左腕をそれぞれプリシラとミチカに取られて内心で困惑しつつ、それを表に出すわけにはいかず余裕の笑みを作る――だから、押し付けるな。埋めるな。顔が崩れる――さすがに査察先でアホ面は晒せないし、男としてマズい。
婚約者扱いでこっちが迂闊に拒めないのをいいことに遊ばれてる感じがする――くそ。
ぐっと本来の自分を腹の底に押し込めた。
このひと月で学んだのは『能面モード』だけじゃないし、国政や領地経営についてだけでもない。それにこの顔にも少しは慣れた。
まずは――プリシラは強敵だからな。ミチカで慣らしてからにしよ。
プリシラに取られていた右腕を引き抜いてミチカに向き合い、抜いた手で顎を取らせてもらい、真顔のままじっと見つめる――。
信じがたいけどこれでもう大抵の子は落ちるんだよ? エドワードは無駄にイケメンだから。
だけどね、ミチカはちょっと(だけ)耐性がある。中身が俺だって知ってるし。だから追加する。
「ずいぶん寂しかったようだな?」
「え、あ? え、ええ?」
「査察先で甘えて気をひくのは賢いやり方ではないぞ――ミチカらしいが」
ちょっと上からの威圧的なやり方が好きだっていうのは前にも聞いた。
小柄なミチカとの身長差をしっかり利用させてもらって、あとはウェインお得意の半目と低い声。ここはウェインになったつもりで、がんばれ、俺。
案の定、あっという間に頬が染まって狼狽える様子。本来の中身を窺わせて、かわいい。
元大学生としては、元中学生に後れを取るわけにはいかないのだ。
精一杯虚勢を張り、少しだけ身体も寄せて、ダメ押しに耳元で言わせてもらう。
「私がいない間に何をしていたのか――何ができるようになったのか、後でじっくり(・・・・)聞かせてもらうからそのつもりでいろよ」
「……ひゃい」
よし。
次はプリシラだ――。
だけどたぶんこっちは強敵なんだよな。
アホのエドワードに課金しまくるほど入れ込んでいた元社会人のユウナさんは、はたしてこいつの何が好きだったんだろう。そこは全然わからない。
そう思いながら、もう一人に向き合う。
「さて、プリシラ。君は――」
「兄上! 私を当主にご紹介くださるのでは」
クリスの硬い声が割って入った。
おお、思わぬところから援軍が。
「あ、ああそうだったな――プリシラ、すまないが君との話は後で――」
そそくさと向きを変えてクリスを領主に紹介する。そのまま、やりかけの仕事に戻るからとクリスを引っぱって行こうとすれば、プリシラが追い縋って来て――逃げられなかったか、と思ったら。
「エドワード様、これを――」
と、濃い青い宝石の付いた金の腕輪のようなものを見せられた。
なんだ?
「防毒、防幻惑、防呪――いろいろ効果はありますが、とにかく、査察の間はけしてお外しにならないでくださいませ」
パチンといい音をさせて俺の左手首に嵌める。
そうか。俺を殺そうとしてるっていうクリスのことがあるし。
「ああ、ありがとう――」
素直にお礼を言って腕輪のつるりとした冷たい表面を撫でる。
公爵家の品なのかもしれないけれど、プリシラは本当にお役立ちだ。
その横でクリスが複雑な表情でその腕輪を眺めた――着く早々俺の命を狙っていたのか? まさかな。
「クリストファー様も、こちらを」
そんなことを考えていたら弟もいい音をさせて手首に嵌められた。同じ王族、兄弟同士だ。重要ポジションなのは当然だよな。が、なぜかクリスはお礼の言葉が出ない様子。
「クリスの分も――ありがとう、プリシラ。助かるよ」
不出来な弟ですまんね~、なんて内心は隠してお礼を言うと、プリシラはやっと普通の笑みを浮かべてくれた。
「私とミチカはこちらの特産品などを見せていただきますので、お二人はどうぞお仕事を――存分にお続けになって下さいませ」
サンキュ。
プリシラは苦笑を浮かべてから俺たちに背を向けた。
ちょっと呆けている感じのクリスを促す。
この領地は最初の経験にはぴったりだと思う。領民は良心的で、領主であるミッドランド卿も基本的には正直。
帳簿に間違いはあっても不正ともいえないようなレベルだから、単に間違えただけだろう。
ただし、東隣の領とは仲が悪いらしい。中間に位置する川が氾濫するせいのようで、確かに酷い氾濫があった年は作物の収穫量ががくりと落ちる。治水工事を早めに行いたいらしいが、工事費用の見積もりが出せない――そこは右岸と左岸で意見が分かれているようだ。書類だけではよくわからない感じだし、実際の土地や領民の話も聞きたい。
まあそんなことを説明しながら弟を外に引っ張り出して、そのままウェインも領主も一緒に、護衛たちは少数精鋭で――準備してもらった馬に乗って(馬車を使うように、って言われるんだけど、時間と労力の無駄だしね)とっとと出発した。
移動中も索敵だけは欠かさずに行い(大型の魔獣の気配がなくて助かった)、三時間ほどで(結構かかったね~)現地に到着してみれば、そこはなんつーか、基本的に川幅は大きく流れは緩やかであるものの、対岸は切り立った崖でこっち側は延々と続く平原って感じの……お向かいさんとしては護岸工事をやる気なんて一切ないのがわかる地形。大水になったって崖がちょこっと崩れて終わりだ。
崖の上は林らしく、動物はけっこういるみたいだけど人の気配はないし。地図を出してもらって聞いてみると、これが領境で延々と続いているらしい。
なんでこんな地形になったのかは大いなる謎だ。
自然って偉大だね?
河原の石に座ったままで簡単な昼食(サンドイッチのような感じで、固めの丸パンにチーズとかハムとかいろいろ挟んだやつが弁当。水とワイン付き)をとることにしたら、クリスもウェインもその雑さに固まった。
ははは。やっぱり固まるんだ。それでいいって言った時のここの人も固まってた。ちなみに前の領地でもその前もそうだった。
だけど慣れた方がいいよ? この方が圧倒的に楽だし。
食べながらも話す。
え、行儀が悪い? なにそれ。今そんなもんいらないよね。
領主によれば、大水であっちの崖が崩れればこっちにはさらに大きな被害が出るが、川を境界と定めているせいで「崖が崩れた分だけ毎年領土を削られているこちらが損だ」と文句を言われるそうだ。
報告をしながら情けない顔をしてこっちを見る領主は――別にエドワードの無能ぶりを聞き知っていて試しているわけではないみたい。純粋に困っているだけだ。
ログも出ないし。
硬いパンをかじりながらもっと情けない顔でこっちを見る弟と旧友は――実は俺に試されている。俺の方は純粋に遊んでいるだけともいえるレベルだが。
長々と期間が開いてしまい、大変申し訳ありませんでした。
連休明けからの家族の登校問題でどうにもできず……無力。
真面目で繊細ゆえに酷く辛そうな彼の日々にも癒しの時間がありますように。
新生活の不安に潰されず、笑顔で過ごせる日が来ますように。




