20. 外見に極振りしていても
査察が一か月になろうとするころには――さすがに慣れた。
領主が見せてくる雑多な帳簿も(故意的な作為を含め)難なく読み取れるようになった俺が思うことは、『これは、クリスを連れてくるべきだった』ってことだ。
国王の言った通り、この国はその領地を下賜されて治めている領主によってかなり治世が違う。
特産物がある地方は税が多いし、お金ではなく鉱物や織物など、物品で治めているところも結構ある。
住人の性格というか、役人に対する人当たりも領地によってかなり違う。
知っておいた方がいいことだらけだ。
「まずいな……」
学びすぎると、たぶんますますクリストの差が開く。それは望ましくない――。
クリスには学院での授業もあるのはわかるけれど。
俺の暗殺計画のこともあるし、夜中の会合で相談した。
「まだ思いとどまってくれていないんですよね……」
プリシラの言葉も煮え切らない。小さなため息が漏れたのを聞きつけて、申し訳なくなる。
「ごめん――何か俺にできることがあれば――」
「いいえ、もう少しこの国にいたいっていうのはわたしたちのわがままだし」
ミチカも心なしか沈んだ様子だ。
「わがままなんかじゃないよ。来たばっかりの俺と違って、プリシラやミチカがここでお世話になった人たちのことを考えるのは当然だと思う。残った人たちができるだけ困らないようにしてから出て行きたいっていうのはわかるよ」
俺だってそうだ。行く先々で歓迎されると(いいことばかりではないし、不正を見つけることも多いけれど)、自分はこの人たちを置いていこうとしているっていう罪悪感が生じる。
かといってここに残って国を治めたいかと聞かれれば、No.だ。
クリスがやる気になっているならなおのこと、このまま譲り渡してしまえばいい。そう思う。
俺たちの行先はまだ決まっていない。そしてずるずると過ごしている。それならやっぱり――。
「プリシラ、君への頼みごとばかりになるのは済まないが――」
申しわけない気持ちで切り出すと、プリシラはちょっと怯えたような顔をした。
「国王に、クリスを俺に同道させるよう進言してみてくれないか?」
「――え?」
思いがけないって感じの顔だ。
「このまま俺が査察を続けたら、クリスとの差がますます開く。それを避けたいんだ。それに国王の言った通りで、この国は地方によっては領主がかなり特色のある治世を行っていることがある。見て触れて意見を聞くのはとても大切だと思うんだ。俺がいなくなった後でクリスが同じことをするなら、一緒に回って意見を交わした方があいつのためになると思う」
プリシラはちょっとためらった。
「でも――でも、クリスはエドワード様の命を狙って――」
「自衛はするよ。それに危険だと思うならプリシラも一緒に来たらいい。それでどうだ?」
「えええ~だったらわたしも一緒に行きます!!」
不満でいっぱいのミチカの声に苦笑しつつ同意する。
「もちろんミチカもそうしたいならすればいい。国王がいいって言うかどうかわからないけど、許可が出たら――今後の行先を決める際の参考にもなると思う。転移魔法を使わない移動の時は馬車だ。数は少ないけど野獣や魔獣も出る。騎士たちが戦う様子を見たら旅なんか嫌だって――この国に残りたくなるかもしれない。そういうことも大切だと思う。二人とも、王都から出たことはないんだろう?」
「わたしはありますよ。一度だけ家に帰りましたから……もう一度帰りたいとは思いませんでしたけど」
ミチカの顔つきが『楽しい旅じゃなかった』と言っている。だろうな。
道が整備されていないところもあるそうだし、ミチカは地方の男爵家の出身だと言っていた。
プリシラは暫く何かを考える様子で俺の顔を見ていたけれど、小さく頷いて言った。
「わかりました。王様には進めておきます。その時はできるだけわたしも一緒に行けるように取り計らいます」
「頼むよ。君の言葉なら聞くと思う――あのタヌキ親父、そういうところはやっぱり国王だけあって、しっかりしてるから」
自信を持って欲しくて頷くと、プリシラはちょっと辛そうな顔をした。
やっぱり公爵家の令嬢に旅は辛いのかな。
「こっちに来ることになったら、かさばりそうな荷物は前もって俺に預けてくれればいい――箪笥丸ごととかでもいけるから大丈夫だよ。なんならバスタブとかも――あ、だけど生ものはやめておいた方がいいみたいだ。保温保冷機能は微妙なんだ。今、そういう収納魔法が使えるやつを探してるけど、今のトコこの国にそういう収納魔法ができるやつがいるって話は聞いてない。ま、本番前の前哨戦ってことで?」
そんな感じでまた城を後にする。
その俺の背中にぽつりと呟かれた言葉が俺に届くことはなかった。
「今やわたしなんかよりエドワード様の方がずっと頼りになるのに――」
ミチカがそっと隣に立つ。
「エドワード様って、中身が違うとあんな感じにもなるんですね――ちっともドキドキさせてくれないけど――すごく、なんだろう『安定』してるっていうか――前向きで、安心する」
黙ったままでプリシラが頷いて、ミチカが言葉を続ける。
「わたし、向こうにいた時のことをよく思い出すようになりました。父や母のこと。わたしが死んだとき、きっとすごく悲しんでくれたと思う」
「そうね――わたしも。ここに来てからは、前世の自分のことよりも、今の自分を全うすることに必死で――それはいいことだったと思うわ。
だって思い出してたらすごく辛かったはずだから。働いて働いてろくに報われないまま死んだなんて――でも、エドワード様――今のアヤトさんを見てると、わたしはここでまた囚われてるんじゃないかなって思う時があるの。これしかない、みたいな――もっと力を抜いて自分のやりたいことを探したり、な〜んにもやらなかったりすることもアリなんだなって思って。……乙女ゲーの世界に転生して冒険系RPGがやりたいだなんて普通言わないでしょう? でも、それでもいいんだな~って」
「キラ☆恋の世界を捨てるのは惜しいけど?」
ミチカが笑う。
「それはね。だってやっぱり憧れだもの――この容姿で公爵家に生まれたら舞踏会とか、素敵な貴公子の出現に期待するのは仕方ないじゃない?」
「わたしなんて貧乏男爵家ですよ? 継母と義姉たちは意地悪で――父親は意気地なし」
ミチカが鼻の上にしわを寄せる。
「だけど三年あったんでしょう? わたしなんて半年――しかも意中の人には半年間ずっと敵視されてたのよ」
「でもお金のやりくりに困ることはなかったでしょう? もらったアクセサリーをお金に換えるために質屋に行くのってかなり屈辱的ですよ。『あの子また来たわ』って思われてるの、わかるし……」
プリシラが苦笑して肘で軽くミチカを突く。
「ハーレムルートなんか選択するからよ」
「こうなるってわかってたらやめてたもん。最初から一人に絞って――そういうふうに生きればよかったのよね、本当のヒロインになりたかったら」
「今からでも遅くないわよ」
「……」
「……」
無言のままミチカは自分の部屋に戻り、プリシラはしばらく外を眺め、それぞれが思い悩む――すべては俺の知らないところで。




