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19. 国王の策略と迷走する転生者の目的

 そしておとなしく勉学実務に励むことひと月――この世界での春休みが終わろうとしている。


 俺の腹筋は来た当初よりあきらかに堅くなり、問題なく馬も乗りこなせるようになった(最初はちゃんと乗れるやつの技術をラーニングしたんだけど、馬の背が思っていたよりも揺れるし高いしで精神的に大変だったのだ。ミチカとプリシラには笑われた)。


 プリシラとミチカはいまや姉妹のようにいつも仲良く一緒に行動している。

 三人で過ごす時間は楽しく、俺たちは学友って感じになって――最初は(ここが乙女ゲーの世界だってことで)ものすごく抵抗を感じていた俺だけれど、割と普通に政治経済が回っているのだということがわかってからは、嫌悪感も激減した。


 今の俺はいまいち伸びの悪い剣技の時間を多めに取るようになっている。

 あの自称神様には攻撃力もちゃんとあるって言われたはずなんだけど、どうも微妙。ラーニングした相手以上にはなれない。気を抜けば倒される。乙女ゲーの世界ならじゅうぶん……ではあるのかもしれないけど。


 ミチカとプリシラは一緒にキッチンで過ごす時間が増えている。もともと不味くない(というか普通に美味しい)城の料理に前世を思い出す味が増えてすごく嬉しい。


 卒業した俺やプリシラとは違ってミチカはもう一年学院で過ごせるのだが、「今さらあそこに戻る必要性を感じないので、卒業扱いにしてもらいます」と、戻らないことにしたようだ。まあ、女子については年齢が十六歳をこえると結婚して卒業扱いになる生徒も結構いるし……ミチカもそれでいいらしい。扱いはプリシラには劣るが王太子の婚約者(準)だ。


 こんなふうにあんまりベタベタドロドロしない感じで過ごせるなら乙女ゲーってのも悪くない……なんて思ううちに俺が国内査察に出る日がやって来た。


 三カ月で国全体を回る、結構強硬なスケジュール。予想した通り、転移魔法を使える人間が同行することになっていた。


「後のことはくれぐれもよろしく頼む――プリシラ、ミチカを妹と思ってよく導いてやってくれ。君ならできると信じている。ミチカ、プリシラのことは姉と思ってよく学ぶように――できないことをできるようになれとは言わないから、君の長所が失われないように」

「はい、心得ております。会えない時間が寂しいですがミチカと待っていますので――お気をつけて、エドワード様」

「がんばります! 元気で戻ってきてくださいね!」


 中々の茶番。


 最初は城の中に設置済みの転移陣を使う。術者の負担軽減のためだ。


「では行って来る」


 術を覚え次第戻ってくるからね~、っていう軽い言葉が透けないようにしっかり頷いて俺は旅だった。


 ナントカの扉みたいだな~、ってついつい思う。


 そして。


「はあ!?」


 一週間後の夜中――久しぶりに(っていうほど時間は経っていないな)無事転移魔法を覚えてこっそり城に戻った俺は、思いがけない知らせを受けた。


「三か月後にエドワード様が戻ってきたら即座に即位式と結婚式を取り行うつもりです。――エドワード様が出立した途端に一気に準備が始まったんです!!」


 戻るなりプンスカして報告したのはミチカ。

 プリシラは軽く肩をすくめただけだ。さては知ってたな?


「使える人物認定されたんですから喜んでおけばいいでしょう? どうせわたしたちの予定に変更はないんだし。ですよね?」


 しれっと。


「そう……なんだけど、騙し討ちとかって、いい気持ちがするもんじゃないし……」

「そんなことよりも、もっと気をつけなければならないことがあるんですが」


 プリシラが真顔で言った。けっこう迫力がある。


 自分の結婚式だろうに『そんなこと』かね……いいけど。


 「クリストファー様が動くみたいですよ」


 思いがけない名前に首を傾げる俺。

 なんでここでクリス?


「――ミチカもわたしも王位も結局全部エドワード様のものになりそうなのが気に食わなかったのでは? それに、このところの国王はエドワード様をべた褒めで、クリス様のことは――」


 ああ、そうか。


「……あれだけアホだったのに、お前も兄を見習え、とか言っちゃった?」

「――ご明察です」


 まあ、俺も一度は『王位は(プリシラつきで)お前に譲る』、とか言っちゃったしね。

 そこは悪いことをした――クリスが国王になりたがっていたのかどうかなんて本編には出て来なかったからわからないけど――目の前に(美女つきで)ぶら下げた最高の地位を取り上げた(ように見えるだろうな)。恨まれるのもわかる。


 つまり、動くってのは。


「この査察の間に俺を?」

「はい。こちらで手を打ちましょうか?」


 おいおい、こっちも怖いな。


「んんん、あいつには残ってもらった方がいいんだよ――俺がいなくなった後のこの国の王様だし……」


 あいつは本来エドワードよりマシ――なのにそこが覆ったことによるしわ寄せ、か。

 眉を寄せて考える。

 もうちょっと我慢して欲しい。俺たちがいなくなった後を任せるための人間なんだから消すわけにはいかない。あの国王め、余計なことを――。


「説得でどうにかならないかな。どうせ俺たちはここには残らないんだし――」


 プリシラが呆れ顔になった。


「命を狙われてる、って話をしたのに温いですね、エドワード様は。そういうところはアヤトさんになっても変わってない――」

「俺はあそこまでアホじゃないつもりだけど? ちゃんと自衛はするし」


 プリシラに教わった技もいろいろ使えるようになったしね。

 だろ?

 教師役をしてくれたんだから、俺にできることはわかっているはずだ。

 プリシラが困り顔になる。


「まあ……とりあえずクリス様のことはわたしが説得してみますね。ミチカは彼には近づけないし」

「ありがとう、プリシラ。助かるよ」

「エドワード様のためですもの。攻略はダメでも仲良くなるのはいいって言いましたよね? がんばります♡」


 一週間離れていたせいか、このごろでは珍しくそんな台詞が出た。


「あ、ズルはダメですよ――わたしもちゃんと自分に出来ることを――お料理の腕を磨いておきますから♡」


 はは、うんうん。♡ はいらないけど、ミチカは随分素直になったな……いや、そういうところは前からか? いい妹だ。


「必要ならプリシラに調合してもらった毒入りのクッキーとかも準備できるから、いつでも言ってくださいね!」

「あれ、いいでしょう? 発酵バターと合わせると無味無臭。時間で消えるから死体の体内に残らないし――完璧よね」


 うんうん――うん? なんか、コンビ組ませたらまずいやつらを仲間にしたかな……ま、仲良くやってるようだしいいか。


「転移魔法はもうちょっと練習したいけど、早めに脱出計画を実行できるように、各自行先の希望を調整しよう――」

「それはもちろんエドワード様と一緒にいられるところ!!」

「ですね!!」


 ミチカの迷いのない言葉にプリシラが同意した。


「……行先の希望を言って欲しいんだけど?」

「エドワード様と一緒ならどこでも♡ だって、ここってそのための世界だし?」


 ミチカ……まだ乙女ゲー気分が抜けないのか。だとしたらそういう希望も出るかもしれないけど、俺が求めているのはそういうんじゃなくて。


「じゃあ、南の島がいいわ!!」

「いいですね~のんびり楽しんで~バリとかタヒチとかみたいな♪ 海外、行ってみたいです」


 今度はプリシラの言葉にミチカが同意した。だけど……なんか違う。


「……旅行じゃなくて」

「いいじゃないですか。どうせしばらくは落ち着かないだろうし――追手のかからないような遠い国でバカンス♪ 一緒にビーチで遊びましょう!」

「うんうん、エドワード様にオイル塗ってもらえたら最高♡ 社畜時代の疲れを癒して、美味しいものを食べて……温泉とかもいいですね~」


 盛り上がってるけど……だいぶ違う。

 それにその疲れって、残ってんの? さらに言えば、転生した後で癒すもんなの? 


 眉が寄った俺の顔を見ながら二人がまた楽しそうに相談する。


「まあいいや、相談しといて……俺の希望は探検とかできるところ。あんまり長時間留守にするとバレそうだからそろそろ、戻るね」

「は~い。次もこのくらいの時間になりますか?」

「うん。休んだとみせかけてからになるから――遅くて悪いけど。あ、明日は来れない――今日は着いてそのまま視察したせいで休むのが遅かったから解散になったけど、明日は歓迎の宴が遅くまでありそうだ」


 あくまでも目的は国内の査察。


「時間なんて――でも、向こうで素敵な女の人によろめかないでくださいね?」


 プリシラに釘を刺された。


「忙しくてそんな暇ない。三カ月で回るんだぞ?」

「そっか~大変なんですね。査察、がんばって下さい!」


 あっさり信じたミチカに手を振られて城を後にする。


 査察先、さっき後にした地方の領主の館の一室に転移した。

 一応周囲の気配を探って特に変わりがないことを確認してから簡素な上下に着替え、ベッドに寝転ぶ。


 俺の着替えに手伝いがいらないことは一週間でようやく定着した感じだ。


 美女によろめくかどうかは別として、「お手伝いを……」ってお決まりの台詞とともに待ち構えていた女性たちの手伝いは、即座に断った。

 みんな消沈しているように見えたけど、着替えや食事の世話っていうのは捨て身の暗殺にはもってこいのチャンスだとプリシラに言われている。国内査察とはいえアホだアホだと思われていたエドワード、亡き者にしようと考えるやつがいないとは言い切れない。簡単には任せられないのだ。


 それにこれがさ、俺がエドワードの見た目じゃなくて、ハゲでデブで脂ぎってるオヤジだったら絶対嫌がるだろ? 

 そう思うとなんか――複雑な気持ちになるんだよね。

 たとえもとの俺――二十二歳の(内面は)好青年――だとしても、あの外見だったとしたら、わざわざ着替えを手伝いたいって言ってくるような人はいなかったんじゃないか。


 内面好青年かどうかって問題は置いておいて?


 今の俺はこの見た目なんだし、そんなことを考えてもしかたないってことはわかる。だけど、せっかくのやり直しだっていうのに――外見でちやほやされた経験がないせいか、どうも卑屈になってしまう。


 天井を見上げて大きく息を吐いた。


 あれかな。就職活動がうまく行かないままでここに来ちゃったこともあるかも。大量の不採用通知の後でのちやほやだから、結局は外見そこかよ、みたいな。


 ミチカとプリシラのことも。


 俺の内面もわからないのに、外側がエドワードだからってだけで、それでいい、みたいなのはやっぱり……贅沢だとは思うけど。

 いつか、この顔を利用して、モテまくって遊びまくればいいじゃん? みたいな方向に持って行けるようになるのだろうか……「アヤ兄には無理じゃん?」って声がするような。


 内面はあくまでも小市民、そして見た目は平均以下というもの烏滸がましい鬼瓦系だった俺としては――今の自分の外見に慣れるのは馬の背中に慣れる以上に難しいらしい。

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