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16. アホ王子の高笑い(内心)

 プンスカしているミチカを宥めつつ、残り少ない午前の時間を座学に使う。少人数ゼミの座談会のような感じで、今日の科目は外国語だ。


 ミチカは二か国語――この国の共通語と、一番大きい隣国の言葉であるルクケ語が使えるそうだ。

 プリシラは五か国語――本来のプリシラの設定をそのまま引き継いでいるそうで、エドワードも四か国語を使えるが、プリシラとは同じなのは二か国語だけで、あとは違う言語が入ってる。

 補い合えるように、という設定で学ばせられているせいらしい。

 なんだかんだでやっぱ王族って大変なんだな~、って思う。

 で、そんなことを考えている俺は――自分が使える四か国語というのが何語なのかも皆目見当がつかないわけなんだが。


 言語学の教師がやってくるまでの間に、テキストを開く――テキストというよりは既に本だ。内容どころか文字の形も全然記憶にないのに、これをどうしろと。


「俺、全然読めないんだけど、どうするべき?」


 同じテーブルに着いたプリシラに聞く。


「エドワード様、言語補正入ってないんですか?」

「……よくわかんない。ミチカは?」

「できますよ? 専門的なことはわからないけれど、生活に困らない程度の読み書き会話ならステータスの中の言語補正をオンにすれば――」


 説明されたけど、ミチカにあるらしい言語補正ONの表示が俺のウィンドウにない。

 まさかとは思うが、これって俺は無能だってことだろうか。


 もうがっかり。


「くそ、アホ王子設定か」


 いくらなんでも異世界転生して言語がわからないとかってないだろ――。そう思いながらあちこちタップしていたら、『ログ』の文字に気がついた。今まで一度も開いていないけど、記録簿的なやつだよな。


 トン、とそこに触れて――目を向いた。


「なん、だこれ……」


 そこに並んだ文字。

 一番上が、「スキル『挑発』をラーニングしました。有効化アクティベートしますか? Yes / No」だった。


 その下、「スキル『ディベート』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

 その下、「スキル『仲裁』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

 その下、「スキル『隠ぺい』を再ラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

 その下、「スキル『誘導』を再ラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

 その下、「スキル『説得』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

 それこそ延々続いている……だけどこれって。


「ちょっと、ミチカ、この本――じゃなくていいや、こっちの参考書の方読んで理解しようとしてみて」

「え? 補正を使うんじゃなくて?」

「うん――それも後でやって」


 文法のようなものが書かれた本をミチカが読む。それを俺はじっと見つめる――ログが一段下がった。


「スキル『言語習得』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」


 おお、おおおおお。迷わずYesをタップする。


「じゃ、今度は補正してみて?」


 またログが一段下がった。


「スキル『言語補正』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」


 おおおおお。こっちもYesだ。


「なるほど……」


 呟いた俺を二人が不思議そうに見つめる。


「言語補正できたと思う――ちょっとその本見せて」


 俺の予想通りだった。さっきまではなんのことだかわからなかった記号が文字として意味を成している。

 これは絶対あの自称神様に『学習能力ラーニングアビリティマックスでつけて』って、言ったせいだ。


 やった――!! 


 俺はその場で高笑い付きで小躍りしそうになった。


 勉強超楽しい――!! ってこんなふうに感じたのは転生前も含めて人生初だった。

 勉強すること自体は嫌いなわけじゃなかったけど、こんなにすいすいと何でも入る感じなのは初めてだ。ナマズ髭の言語教師が何やら授業を進める傍らで文法書らしきものを通読したら、教師の話している内容が完璧に理解できた――ついでに教師の間違いも指摘しちゃったりして。


 あの自称神様は『視覚理解及び体験型取り込み式』って言ってた。


 つまり、誰かがやっているところを見たり、知識として読んだりすることでラーニングできる。だけどそのままだと覚えることがあり過ぎだから、アクティベートするかどうか聞かれてたのか。


 『外見に極振りしたアホ王子』というステータスを俺に見せないために、ステータス画面の説明をすっ飛ばした神様のせいでわからなかったけれど、使い方がわかってしまえば『堅実で便利な発想』だと褒められた通り、これ超使える。


 どの会社に就職することになっても、役に立つ人材であると思われたかったがための言葉だったけど、俺、就職活動中で本当によかった。


 その日、言語教師に「免許皆伝」をもらった俺は意気揚々と昼食の時間を迎えた。


 もちろんテーブルマナーなんてろくに知らないけど、プリシラに教師役をお願いし、間違えた時は指摘してもらった。途中から盗聴防止の魔術具を使って質問もバンバンする。


 最初こそ「エドワード様ってすごいんですね~」って誉めてくれていたミチカが、食事の途中で疑いの顔になって黙りこんだ。

 俺はプリシラと、どんなマナーが下らないと思うかなんて話題で盛り上がる。

 食事の終わりにはそんなプリシラもちょっと驚きの顔になっていた。


 午後はまず、魔術実技の時間だ。

 場所は屋外競技場のような広場で、足もとは土だ。大きな水魔法や土魔法を扱うにはやはり広さが必要になる。


 ゲーム設定だとオールマイティに多様な魔術が使えるエドワードだけど、授業前の俺には何の魔法も使えなかった――ステータス画面の『魔法』をタップすれば表示は出る。

 主魔法に「水魔法ウォーター」「火魔法ファイア」「土魔法アース」「風魔法ウィンド」「雷魔法ライトニング」受動魔法に「回避アヴォイド」「反射リフレクション」「防御ガード」補助魔法に「感知」「強化」「遮断」「結界」……いろいろあるけど全部がグレー表示だ。


 つまり、これらは自分で見て聞いて学んで――つまり覚えろということなのだろう。


 いきなりやれって言われてもできないのはわかっているので、魔術の教師(それっぽい格好をしているのかと期待したんだけど、ごく普通のスーツを着た若い男だった。そしてそこはやっぱり乙女ゲーの世界なのか、優しそうなイケメン。魔法使いっぽくなくてちょっとがっかり)に、基礎からやり直したいから一つずつ説明しながら見せてくれるように頼んだ。

 この男性教師の魔法属性は三つ――水と風と癒し(ヒール)だそう。


 教えられたとおりに繰り返してやって見せると、教師は嬉しそうににっこりと笑った。


「いいですね――とても落ち着いています。エドワード殿下はいつもは風の扱いに苦戦していらっしゃいましたが、今日はとても安定している」


 それはどうも。だって今あなたがやってくれた通りのことを学習ラーニングしてYes選択してそのままやってるだけだからね――。


「ありがとうございます」


 お礼を言った俺の横を抜けて、教師はミチカのところに向かった。


「癒しスキルをお持ちだと聞きました。見せていただいてもいいですか?」

「はいっ!」


 ミチカが元気に返事をして、ちょっとだけ周囲を見回すと広場の隅、壁際に向かう。面白そうだったので俺もついて行った。


「本当は怪我とかに効くんですけど」


 ミチカが足もとに生えている草を踏みつける。

 グリ、グリグリ、グリグリグリ。容赦ないな。


「このくらいでいっかな♪」


 俺の耳には聞き取れない呪文――言葉はともかく、音程は某ゲームの回復魔法の音に酷似していた。

 と、ミチカの手から光が溢れて、さっき踏みつけられた草に雫のように降り注ぐ――踏みつけられて緑の汁を垂らしながら地面に倒れていた草は、すっかり元気にもと通り♪ になっていた。


 おおお。


「素晴らしいですね。どの程度の回復が可能なのですか?」

「う~ん、どこまでできるかって、やったことがないのでわからないんです」


 テヘ、って感じで肩をすくめるミチカに教師が笑顔を向けた。


「もしよろしかったら一度病院や救護院を訪問してみてはどうですか? 魔法の練習にもなりますし、皆喜びます――ヒールを行える魔術師はいつでも重宝しますから」


 次に教師が向かったのはプリシラのところだった。


「本日は何を練習しておいでですか――」


 ちょっと腰が引けた感じで聞いたのはなぜだろう。


「昆虫の使役ですわ」


 ほほほ、と笑う声に、教師が引きつった笑いを返す。


「使役――それはなかなか難しそうな挑戦ですね――どのような昆虫を?」

「今日はそれですの。さ、アーノルド、ご挨拶して」


 そう言ってプリシラが指さした先の地面の上で、二十センチほどの長さのあるムカデが尻尾をあげた。


「ひゃ……」


 と言ったきり絶句したのがミチカ。じりじりとムカデから後退する。


「むむむ……これですか」


 と、まじまじと見つめる教師。


 俺は。

 俺は――ちょっと、さすがにそのサイズは嫌だ。教師の引きつった笑いからするに、彼はプリシラの危険性を知っていたのだろう。


「報復攻撃にはもってこいだと思いません? 夜中にベッドに忍び込ませれば――この大きさなら二週間は腫れると思いますの。うまく調合した毒を運ばせることができれば容易く相手を死に至らしめることも――ほほほほほ」


 って、ほほほなんて笑う場面じゃないだろう。

 さすがに教師の顔からも血の気が引いた――と思ったら。


「冗談ですわよ。ただの幻術ですわ」


 小さく笑ったプリシラが片手を振ると、そこにいたと思ったムカデは忽然と姿を消した。

 ステータス・ウィンドウを呼び出して確認したら、

「スキル『幻覚』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

「スキル『はったり』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

「スキル『勧誘』を再ラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

「スキル『ヒール』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」

 が増えていた。


 そして主魔法のところに「治癒魔法」の項目が増えている。

 とりあえずそのまま放置することにした――あれもこれもできるようになる必要はないだろうし。


 そして、勧誘は『再』ラーニング、となっている。これは魔術教師がミチカを救護院に誘ったことで出たんだと思う――つまりアクティベートしなかったものは再表示する仕組みなのか……過去に戻って探さなくて済むのはありがたいな。


 短いお茶の時間を挟んで、次は剣術だ。

 流石に持ち慣れているのか、剣はそれほど重くなかった。だけど、当然剣での切り合いなどしたことのない俺は、いきなりそんなものを持たせられても途方に暮れるのみ――抜身のレイピアを構えたプリシラの方がよっぽど様になっている。


「先生、剣舞のようなものはありませんか――一つ一つ動きを学べるようなやつ」


 咄嗟に言ってみたら、先生が「建国祭で披露する剣舞ですか――」と笑って「剣舞の練習の時期ではないが、あれには全ての型が組み込まれております。剣そのものの動きを習得するには最適――では、今日はあれを行いましょう」と言ってくれた。


 ほっ


 そして先生が一通り踊って見せてくれるところをじっと見つめる俺――スキル『剣技』をYes。


 なかなかキツイ踊りだ。言語学習時と違ってラーニング対象者の動きが激しいため、目でラーニングが追いつかない部分がある。そういったところは先生に直してもらう。


 あっという間に汗だくになった。

 毎日これをやったら余裕でシックスパックの腹筋も維持できそう。


 ひっくり返ってぜーぜー言っていたら先生に褒められ? た。


「以前より格段に呑み込みが早くなったようですな――それとも美しい御令嬢たちの前では本気を出すということですかな?」


 ん? 言葉に棘があるな。

 そう思ってちょっとステータス・ウィンドウを見たら、「スキル『あてこすり』をラーニングしました。アクティベートしますか? Yes / No」って書いてあった。


 なんで? って思ってたら、「一曲立ち合いを――」と言われた。


 今俺が教えてもらった剣舞は本来は二人で行うもので、相方がいるのだ。

 既にだいぶへばっている感はあるけれど、先生がもう一人のパートをやってくれるのならばそちらも見ておきたい。


 どうにか息を落ちつかせて先生と向き合い、中段に剣の切っ先を据えた。


 再びの剣舞。


 っていうか、速い!

 速い速い!!

 教えてもらった時より三割りくらい速くなった剣舞のスピードに足もとを掬われて、最後までたどり着くことなく地面に転がった俺の喉元に先生はピタリと剣を向けた。


 ほっほっほ、と嬉しそうに笑う。


「善処なさいましたな――やる気と集中力にムラがあるのは困りものですぞ――ひとたび剣を持てばいつ血が流れてもおかしくない。励みなされ」


 軽く睨んでから離れていく。

 プリシラがすす、と側に寄って来た。


「先生のお嬢様、エドワード様にぞっこんなのよ。だけどエドワード様が箸にも棒にもかからないから――」


 棘と『あてこすり』の理由はそれか。

 なるほど、無駄イケメンは大変だ。そしてさすがのラーニングアビリティも本体の能力に対してキャパオーバーなものは御せないってことか? あとで今の速さで剣舞ができるかどうかやってみよう――それとも、さっきのは娘可愛さの父親の執念みたいなものだろうか。

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