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14. アホ王子は窮地に陥っているらしい

「……考えすぎ、ではないのか?」


 帰りの馬車に揺られるながら聞いた俺の向かいの席には、華やかな衣装に身を包んだプリシラ嬢がにこやかに微笑みながら鎮座している。その隣には例の侍女も。


「いいえ、エドワード様――これからはどこに行くにしても必ずわたくしをお連れになって下さいませ。せっかく仲直りしたのですから♡」

「……」


 これはミチカにごねられそうだ。

 馬車の天井を見上げながら唸る。

 

 婚約の解消と出奔について、快く(でもないか)承諾してくれたプリシラは、「それがあなたの希望なら、できる限り邪魔をしない方向で協力することはできます。わたしの目的はエドワード様と一緒にいることが最優先ですから」と言った後で、「国王様が何と言ったのかはわかりませんが、わたしが承諾したことは伏せておいた方がいいですよ――」と眉を寄せた。

 さらに、「婚約の解消は国を出てから通知して、ギリギリまでは仲のいい振りをすることにしてください」と続ける。


 わけがわからない顔になった俺に、プリシラがしてくれた説明によると。


 エドワードとクリスの頭の中身は大差ない。

 魔術も剣術も年齢を考慮した場合甲乙つけがたい。

 だから、エドワードに汚点があればクリス様を王太子に据えるのは、能力的にはありえる話。


 一つずつ頷きながらそう言って、次でかぶりを振った。


「でも、騒動は結局未然に防がれたんです。確かにエドワード様はミチカさんにたぶらかされちゃったから、今はちょっと心証が悪い感じですけど。それでもエドワード様がアヤトさんになったのは『プリシラとの婚約を解消し、ミチカと婚約する』って台詞を口にする前だったし、王位継承権を剥奪するほどの重大事ではないんです」

「確かに最初は王太子の地位なんて簡単に譲れるもんじゃないって言われたけど、俺が別人だって説明してからの王様はダメだとは――」

「そこです! ダメだとは言わなかった。でも、いいとも言っていないんじゃないですか? まずはわたしとの婚約破棄――そう言われたんでしょう?」


 まあ、そうだね。

 俺はそのまま頷いた。


「国王様もお父様も、わたしがあなたのことを諦めるとは思っていないんです。婚約破棄なんて――あの場で全員に聞こえるように言い渡しでもしない限り、プリシラは絶対に受け入れない。プリシラは――って、わたしになる前のプリシラは、ってことですけど、本当になりふり構わず使えるものはすべて使ってエドワード様に近づく女を潰していく系の怖い女で――あのゲームやったんですよね? アヤトさん」


 自分の前身がやったことだというのにぞっとしたように身体を震わせて、プリシラはわずかに背後を窺った。

 まあね、それでこその悪役令嬢、だもんね?

 そう思いながら頷く。


「ゲームに出て来ない所でもいろいろやってるんです――えげつないところの実行犯はキャリーですけど」


 それで背後を気にしたのか。


「たとえば――エドワード様には側室の話がないでしょう? それって、乙女ゲーだからヒロイン一筋ってことになってるけど、実際はプリシラが彼女を使って阻止していたの。彼女、プリシラの腹心なんですけど、エドワード様との出合い目的の設定お茶会で相手の令嬢のドレスを汚すとか、前日の食べ物に薬を盛るとか――そういうの、得意なんです。ちなみに護衛と暗殺のスキル持ち」


 うそ?

 思わず目を見開いた俺に、プリシラがにっこりと笑った。


「ちなみにわたしも――似たようなスキル持ちです」


 え。


「大丈夫ですよ? Sっ気はありませんから、わたし自身は対象者を捕まえて無理やり、とかそういうことは考えていません――まあ、逃げられれば試してみないこともないですが……」


 笑顔が黒くなっていく……対象者って言ったところでこっちを見たような……気のせいだよね?

 言葉が出ない俺を見て、プリシラは黒い笑みを元通りの普通の笑顔に戻した。


「とにかく、婚約の解消が鍵なんです。能力的に大差ない二人の王子。差があるのは――」

「有能な婚約者きみの存在か」

「はい。筆頭公爵家の令嬢で、頭脳明晰、容姿端麗、あきらかに将来の伴侶として優秀で強力な支えになる――そんな娘が惚れぬいているエドワード様を王太子に据えない理由はありませんよね」

「だからまず『婚約を解消しろ』って言われたのか」

「ええ、そうです。無事解消すること――わたしが婚約解消に同意したとなったら、次は絶対『クリスの妃になるよう説得して欲しい』って言われるはずです。それができれば城から出してやる、って。

 クリス様はまだ婚約者が決まらないでしょう? それってエドワード様の側室の座を狙っている子がけっこういるせいなんだけど、次期王妃に据えるならわたしほど条件にピッタリで、しかも婚家のバックアップが強い子はいない」


 なるほど――え? 


「だけど、こいつ(エドワード)の側室狙いってどうして――王弟の正妻の方がいいんじゃないのか?」


 ミチカのことは別として、プリシラが正妃と決まっているなら、どうあがいたって二番目、三番目にしかなれないのに。

 首を傾げた俺にプリシラは冷たい目を向けた。


「……理由が知りたいなら鏡を見て」

「……」


 ああ、はい、そうですか。

 またしてもこいつの見た目か。中身アホなのに。いや、中身は俺か?


「そんなわけで、婚約の解消は当面わたしたちだけの秘密にして、仲良く過ごしましょう」

「え? それはどういう――」

 

 話飛んでないか? しかもそっちの都合がいいように。


「もう、エドワード様の外見ですよ!」

「え? こいつの見た目が何――」


 鏡やなんかを見ない限り俺の目にエドワードが映るわけじゃないから、普通に自分自身アヤトの感覚でいるせいでどうにも実感がわかない。

 つまりエドワードの見た目が極上だとプリシラとの婚約解消は内緒にした方がいいってことだよな。なんで――。


「エドワード様とクリス様を比較した場合、技能的に大差ないのはそうなんですけど、容姿を加点したら間違いなくエドワード様が勝っています。婿に欲しいという他国からの申し出もずいぶんあって、外国を周遊中に一目惚れされたなんていうのはざらでした。中にはかなりの大国のお姫様だっていたはずです。それを全て断れたのは、エドワード様が長子ということもありますが、わたしとの婚約が随分早い時期に決まっていたからで――あの、わたしのお父様って、この国の政治的にはすごく重要なポジションにいるし、とっても怖い人らしいんですけど、娘にはかなり甘いんです――で、わたしたちの婚約が調ったのは小さい頃のプリシラがお城のお茶会でエドワード様に一目惚れして、絶対にエドワード様と結婚するって言い張ったからで――」


 ちょっとためらいながらの説明は頷けた。王家側からの申し入れではなく、公爵家側からの申し出による婚約だったらしい。しかもその後はあらゆる手を使って他の令嬢との出会いを潰していた、って言われたし。


 この人がやったことじゃないから俺は気にしないけど。


「で?」

「さっきも言いましたけど、ミチカさんのことはともかく、美貌の王太子と頭脳明晰といわれる筆頭公爵家の令嬢ですよ? 断罪イベントがお流れになった今、婚約破棄が整ったとしてもあの国王が簡単に手放してくれるとは思えません」

「だって俺中身別人だって話、国王にしたよ? あいつだってそこは理解した感じで――」

「だからますますなんですよ。エドワード様はミチカさんにたぶらかされて周りの意見を一切聞かなくなってしまいましたけど、アヤトさんは違います。この国についての知識も薄いとくれば、傀儡にピッタリじゃないですか」


 え。


「それに、エドワード様の美貌に惹かれる他国の姫もいるって言いましたよね?――国王がエドワード様を国外に出すなら、そういった国のどこかに婿入りさせたいはずです。この国のことをほとんど知らないアヤトさんなら、情報を持ち出される危険もないし――」


 えええ。


「ミチカさんと一緒に国を出させたと見せて、途中で事故を装ってミチカさんを引き離して殺害、エドワード様のことは助け出したフリで一度王城に連れ戻すか、そのまま他国に婿入りさせる――それが一番ありそうです」


 なんか、ピンクのパヤパヤ乙女ゲーの舞台が急にドロドロしたサスペンス劇場に……。

 急展開に頭を抱えた俺をしり目にプリシラは続けた。


「今はアヤトさんの行動を見極めているところでしょうね。うまい具合に思惑に乗ってくれる人物かどうか。で、どうにもできなそうだとなったら――」

「――なったら?」


 恐る恐る聞いた俺の目の前で、暗殺スキル持ちの令嬢は握った拳の親指を立てて首元に持って行き、すっと横に引いてみせた。


「むしろ邪魔、です」


 俺、のんびり系の暇ゲーに転生させられたんじゃなかったっけ?

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