第八話 力
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広場でもひと際高い位置に立って、叫び声を上げる。
「オラー一イッ!! オラー―ァイッッ!!!」
その場にいる全員が、大竹を見やる。
呆気にとられたように、光る誘導棒を左手で振り回す男へと意識を集中させた。
その中で一人、アニーが「おらい?」と不思議そうにしている。
「広場にいる人は全員その場を動かないように! 身を低くして、飛んでくる破片から身を守ってください! 建物の近くにいる人は広場へ戻ってきてください!」
先ほどまでの喧騒が鳴りやみ、現在では彼の声だけが響いている。
視線の全てが自分に向いているのが分かって、少したじろいだ。
それでも、一度始めたからには、もう後には引き返せない。
「っ! だから! 建物の方にいる人! 早くこっちへ!」
相変わらず誰も動かない。
ぽかんとした表情で、噴水の方を眺めているだけだ。
その表情からは、「こいつは何をしているんだ」とか、「頭がやられてしまったのか」みたいな思いが読み取れた。
そんな状況で、一人の男が沈黙を破った。
「おい、なんだてめぇ。訳の分からんこと言って。バカにしてんのか」
それに続くように、彼らは次々と意見を述べ始める。
「そうよ。浮浪者みたいな見た目して。わたしたちをこれ以上混乱させたいの!?」
「このまま家に残した家族を見殺しにして縮こまってろってのかよ!」
「お前みたいなやつがいるから、こんなことが起きるんだ!」
「変なモン振り回しやがって! 何様だ!」
平静を保てない彼らが、行き場のない動揺とやりきれなさを向けてきた。
全てのヘイトが集まって、それらが攻撃性を伴った怒号へと変わり、まるで大竹が犯人だとでもせんばかりに敵意を示される。
それを聞いて、大竹は――。
「てやんでぇ! やかましい! 死にたくなきゃ俺に従え!」
普段は絶対使わないだろう江戸っ子口調になりながら、売り言葉に買い言葉で怒声を発する。
それを受けて、民衆はさらにヒートアップし、罵詈雑言を浴びせた。
冷静なのはアニーくらいであり、「てやんでい?」と、頭に疑問符を浮かべながら復唱をしている。
噴水の周りは先ほどとは違う様相で密集されていて、やがて彼らの思いも一つになりはじめる。
『か・え・れ! か・え・れ!』
結束した思いがそのコールへと変化して、大竹をさらに追い込もうとする。
アニーが集団を抜けて大竹のところに来ようとするも、背中に阻まれて前に進むことが出来ない。
「なんでわかってくれないんだ……」
不甲斐なかった。ここで折れてしまえば、彼らは再び思い思いの行動をし始めるだろう。
危険な場所に飛び込んで怪我を負う可能性がある。
余震で再び建物が倒壊するかもしれないし、それに巻き込まれる事態だって十分にありうる。
運よく助かっても地震の概要を知らなければ、これからもその脅威に精神を捕われながら暮らすことになる。
とにかく、自分の力のなさを呪った。
もう少しこの世界で地位を築けていれば。彼らを説得できるだけの話術があれば。
このままでは確実に大竹はこき下ろされて、その後がどうなるかはわからない。
ただ、状況が好転しないのは確かだろう。
大竹は眉間に皺を寄せながら、歯をぎりぎり食いしばる。
「俺にもっと力が、こいつらを動かす力があれば……」
助けられるのに。そう考えると、無念でしょうがない。
葛藤が全身の動きを鈍くする。それでも、大竹は呼びかけをやめない。
――力が欲しい。何でもいい。ただ彼らに言うことを聞かせるだけの力が。
誘導棒を強く握りしめる。結果はどうあれ、遂げなければならない。
使命感を糧に、声を振り絞ろうとする。
――その時、急遽、静寂が場を支配した。
誰の声も聞こえない。地鳴りも、風の音すら今は止んでいる。
まるで、時間が止まっているような。
いや、事実時間が止まっていたのかもしれない。周囲の人間はピクリとも動かないし、大竹も身動き一つとれずにいる。
静止した空間で、瞬きすらできない。しかし、一か所だけが滾っている。
それを察する感覚だけが、唯一正常に機能していた。
大竹の心臓が、どくどくと脈打ってその存在を主張している。
強く、大きく、生命力の源であることを示すように。
滾りが、やがて心臓から血管を経由して、左の肩の方に広がってゆく。
その感覚は熱を帯びていて、通り道にある細胞の一つ一つを、溶かし、新しく作り直していくようなものだった。
心臓から肩までの部分がすべて変換されていく。誘導棒を振り回すだけでいっぱいいっぱいだった肩が、かつてないほどに軽く感じられる。
そんな、「活気」の侵略が、今度は肩から指先へと進路を変える。
得体の知れない爽快感が腕と手首を通り過ぎて、やがて掌へと広がる。
そのまま指の一本一本にまで行き届いた。
心臓から伸びていた熱が収束し、一本の回路が完成する。
「力」を送り込むための回路が。
全身全霊が指先へ送られて、強く握っている誘導棒へと注ぎ込まれた。
それを受けて、赤く点滅するだけだった光の色が、さらに強く、眩しく、激しく輝きだす。
そこで、止まっていた時間が再始動した。
先ほどまでの静けさが嘘のように、身の周りには大竹を淘汰しようとする声で満たされている。
「なんだ……今の感じ」
誘導棒は日輪にも等しき光源と化している。
体は先ほどの活力で漲っていて、その心地良さに舌を任せて、もう一度叫んだ。
「何度も言ってるだろうが! 全員、広場から動くな! 静かにしろ!」
勢いに乗せると、これまでの人生で一番の声量が出た。
大竹は内心で、「これでもどうせ駄目だろう」と諦め半分だったが――。
民衆はそれに従って沈黙した。そのまま微動だにしない。
長い地震もいつの間にか収まっていて、潮風の音だけが耳を撫でる。
あれほど喧しかった広場に、本日二度目の静寂が訪れた。