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懐かしのクラスメイトたち(3)「女庭師、美香」  作者: 石原裕


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第4話 肌寒さに身震いして美香は眼が覚めた 

 肌寒さに身震いして美香は眼が覚めた。慌てて起き上がったが、当然ながら、部屋には誰も居なかった。隣の寝室に行って眠らなきゃあ、と美香は立ち上がったが、その前にキッチンに行った。少しふらついたが、頭が少々痛むだけで、気分はそんなに悪くはなかった。ただ、身体が重くて節々が痛かった。美香は薄暗いキッチンで、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、ボトルのまま水を二口、三口飲んだ。喉を滑り落ちる冷たい水が、この上なく美味かった。

 美香はリビングに戻った。もう何時頃なのか?窓の外は暗かった。

それから、徐に寝室に入って行った美香は、鏡台に向かって、自分の顔を覗き込んだ。少し顔に浮腫みが来ていた。

つまらぬことを言っちゃったな・・・ぼんやりとそう思った。

弟が一人前になったということか?結構なことじゃないか!それなのに、結婚式の日取りがどうの、身内がどうの、と下らないことを言ったものだ、と美香は思った。

 突然、美香は自己嫌悪に襲われた。

二人揃って、姉ちゃん有難う、とでも言ってくれると思っていたんじゃないのか?馬鹿じゃないか、私は・・・。小さい時に親代わりみたいなことをやったと言っても、弟は男である。一人前になればいずれ離れていくものであろう。今日がその日になったのかもしれない。それなら、あんな言い方をしないで黙って祝福してやれば良かったのだ。ひょっとして私は、あの智恵という娘に弟を持って行かれるのが淋しかったのではなかろうか、美香はそう思って、一瞬、はっとした。

「しかし・・・」

美香はふと、独り言を言った。つまらないわねぇ、生きるっていうことは。身体を売ってまでして、あんな嫌やな思いまでして、生きる為に金を稼いで、それが何になると言うのだろう、美香は空しさに胸が塞がる思いがした。

三十一歳か・・・三十一の女がたった一人、取り残されたね、と思った。

誰も居ない淋しい道に、ぽつんと一人で立っている自分の姿が見えた。その姿は此方に背を向けて、途方に暮れているようである。寂しさがひしと身体を締め付けて来て、美香は自分の胸を強く抱いた。そうしないと心のすすり泣きが外に洩れてしまいそうだった。

 

 誰かがピンポーン、ピンポーンと呼び鈴を鳴らしている音がする。

美香ははっと我に帰って立ち上がった。ドアの前まで足音を忍ばせて行って、覗穴から外を覗いた。幼なじみの後藤俊介が立っているのが見えた。ロックを外してドアを開けた美香の眼の前に、大柄の逞しい俊介の姿が在った。

「まあ、俊ちゃん。どうしたの、今頃?」

後藤俊介は、昔、美香の家が在った西陣の下町で一緒に仲良く遊んだ幼なじみで、歳も美香と同い年であった。二人は小学校から高校まで一緒だったが、俊介は卒業後は植木職人であった父親の後を継ぐ為に、造園業の修行に精を出した。美香は小さい時から、いつも弟の勇一を連れていたので、俊介は弟の勇一も可愛がってくれたし、遊びの面倒もよく見てくれた。弟もよく俊介に懐いていた。

昔と少しも変わらない日焼けした浅黒い顔に微笑を湛えて、俊介は立っている。

「いや、その・・・」

俊介は少し口籠もった。

「勇ちゃんから携帯に電話があってね、ちょっと姉貴を覗いてくれないか、と言うものだからさ」

「勇一が?」

あの馬鹿、此方につれなくして気が退けたか、と美香は思ったが、現金なもので、気持は幾分和らいだ。

「それであんた、あんな遠い所からわざわざ見に来てくれたの?そりゃ、済まなかったわねえ。しかし、よく此処が判ったわね」

「うん。勇ちゃんが丁寧に教えてくれたからね」

 俊介は子供の頃から生真面目なところがある男だった。美香がいかがわしいバーから足を抜いて今の店に変わって直ぐ、未だ固定した馴染み客が殆ど付いていない頃に、偶然に俊介が店にやって来たことがある。

「美香ちゃんが今でもこんな仕事を続けているとは知らなかった、早く足を洗わしてやりたいよ」

そう言った俊介も父親の後を継いで独り立ちしたばかりで、毎日の仕事は決して楽ではないようだった。

 それから後も俊介は、出入りの客先を連れて何遍もやって来た。金は全て俊介持ちのようであった。接待費と言っても、個人経営の俊介は、悉く自腹を切っている筈であった。

「お客を連れて店に来てくれるあんたの気持ちは有難いけど、こんな値段の高い店はあんたの来る所じゃないわ、もっと気軽に気さくに飲める店を紹介するから、此処にはもう来ない方が良いよ」

美香が俊介に意見したことも有った。歳は同じでも美香の方がずっと世間を知っていて、考え方も辛酸を舐めた分、現実的であった。しかし、俊介はその後も、時々は店に一人でやって来た。そういう時は、偶には、美香の驕りにしてやることもあった。


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